第四編 納得いかない

「納得いかないんスけど、店長」

「あん? なにが?」


 厨房のテーブルに頬杖をつきながら言った俺に、喫茶店〝甘色あまいろ〟の一色いっしき小春こはる店長がこちらを振り返った。


「『なにが?』じゃないっスよ、久世くせですよ久世! なんで昨日の夜面接に来たばっかのヤツが、翌日俺と同じエプロン着けて働いてんですか!」


 俺がビシッ、と指差した先にいるのはもちろん、イケメン後輩バイト野郎の久世真太郎しんたろうだ。今の俺と同じく制服の上に深緑色のエプロンを装着し、伝票ホルダーを片手にフロア業務に勤しむ彼に、店長は「『なんで』って言われても」と開き直るように言う。


「真面目そうだしイケメンだし、頭良さそうだしイケメンだし、しかも背が高くてイケメンなんだぞ? 雇わない理由がないだろ」

「イケメンなら誰でもいいんですか!?」

「んなわけないだろ。そもそも雇用する上で『イケメンであること』が条件になるなら、小野っちが今ここにいることに説明がつかないじゃないか」

「た、たしかに……ん? いや『たしかに』じゃねえよ。さりげないと見せかけてほぼド直球に『お前はイケメンじゃねえ』って言わないでください」


 自分はイケメンだ、なんて勘違いが出来る容姿でない自覚はあるが、それでも他人から断言されると普通に傷付く。まったく、男心というものが分かっていない店長である。そこは嘘でも「小野っちだってイケメンだぜ?」くらい言ってほしいものだ。


「そんなだからイイ歳して彼氏の一人も出来ないんスよ」

「ん? 今なんか言った?」

「イッテマセン」


 俺が高速で首を横に振ると、笑顔で拳を握り固めていた独身店長は攻撃態勢を解いた。そして今度は少しだけ真面目なトーンで話し始める。


「実際、急な採用だったことは認めるけどな。でももうじき大学生バイトの子が二人も辞めちゃうから、早く後釜を見つけておきたかったんだよ。仕事を教えるにも時間がかかるし、人手不足になってから雇ったんじゃ小野っちたちもしんどいだろ?」

「それはまあ……分かりますけど」

「それにほら、見てみろよ小野っち。彼、さっき教えたばっかなのにもう接客に慣れ始めてるぜ。大したもんだと思わないか?」

「……まあ、ハイ」


 店長の言葉に渋々頷いて返す。バイトを始めたばかりの頃失敗ばかりだった俺としては、あの男がいとも容易く接客業務をこなしている事実にも腹が立つのだが、それが狭量な考えだという自覚はあった。

「小野っちも追い抜かれないように頑張れよ~?」とニヤニヤ笑い掛けてくる店長から顔をそむける。別に、あんなハイスペック野郎と張り合うつもりなんてないのだ。

 ……少なくとも、仕事アルバイトに関しては。


「すみません一色いっしき店長、注文いいですか?」

「おー、よしきた久世ちゃん! ホラホラ、小野っちもサボってないでバリバリ働け! なんか知んないけど、今日はお客さん多いんだからさ!」


 注文伝票を手に厨房へ入ってきた久世と入れ替わりの形でホールへ叩き出される俺。舌打ちをしながら見回せば、たしかに平日にしては珍しいくらいの客入りだった。流石に全席満席とまではいかずとも、テーブル席のうち半分くらいは埋まっている。


「(それに、やけに学生客が多いな……いや待て、というかコレってまさか)」


 改めて見れば、今いる客の大半はうちの高校の制服を着用していた。そしてなにやらそわそわと、先ほど久世が入っていった厨房のほうを確認している。

 あー、なるほど。そういうことですか。


「(こいつら全員、久世目当てで来た女子ってわけか)」


 道理で、久世がホールに出ている間はあんなに忙しそうだったのに、俺が出てきた途端声を掛けられなくなるわけだ。久世目当てで店に来たのに、モブ店員になんて接客されたくない、と。

 耳をませてみれば、「久世くん、やっぱり格好良かったね!」「エプロン超似合ってる!」「久世くんにこっちのドリンクも頼んじゃおっかな~」などと話す声がそこかしこから聞こえた。すげえな、イケメンがいると経済まで加速するのか。うちの喫茶店、学生には結構しんどい価格設定だと思うのだが……キャバクラに行くオヤジの心理に近いものを感じる。


「(やっぱり俺は厨房うしろでサボっててもいいんじゃねえか? 久世アイツに接客してほしい客しかいねえんだし)」


 しかもあの男を立たせておけば店ももうかる。久世は接客業務の練習になるし、俺はのんびりダラダラできる。みんなが幸せになれるじゃないか。

 俺が割と本気で店長に提言しようかと悩んでいたその時だった。


「――お会計、まだかしら」

「!」


 掛けられた声にハッとして顔を上げると、入店口横のレジ前に一人の女性客が立っている。いつも七番テーブルに座っている常連さんだ。店内で唯一の久世目当てではないお客様に、俺は「お、お待たせしました!」と慌てて駆け寄る。


「えーっと、お会計、四八〇〇円になります。カードで宜しかったでしょうか?」

「……ええ」


 差し出されたクレジットカードを受け取り、レジスターの操作を進めながらチラリと常連客の顔色を窺ってみる。

 といっても、このお客さんはいつもサングラスとマスクを着けているため、表情などはほとんど観察できない。見たところ俺と然程さほど変わらない年齢トシだと思うのだが、身に纏っている高価たかそうな衣服や物静かな雰囲気が格の違いを感じさせる。どこか良家いいところのお嬢様なのだろうか。


「(そういえばこの人、今日は随分早く帰るんだな……いつもはもっと長居するのに)」


 店長やアルバイトから密かに「七番さん」と呼ばれているこの人は、いつも決まったテーブルで読書にふけっている印象だ。最初にまとめて注文を済ませ、閉店時間ギリギリまで座っていることも珍しくない。よほどこの店を気に入ってくれているのだろうか。その割に、休日に来店したところは見たことがないけど。

 するとそこで、手前のテーブル席から明るい笑い声が響いた。久世目当てとはいえ、年頃の学生客が喫茶店に集まっているのだから騒がしくもなるだろう。……爆笑しながら手を叩くのはどうかと思うが。


「…………」


〝七番さん〟がサングラス越しの視線を彼女らへ向けた。……もしかして周りがうるさいせいで、読書に集中できなかったということか?


「す、すみません、騒がしくて……こちら、カードと領収書のお返しです」

「…………」

「あ、ありがとうございましたー……」


 結局無言のまま帰っていった〝七番さん〟を見送り、思わず「ふう」と息をつく。なんだか妙に緊張してしまった。別に文句を言われたわけでもないのに。

「でも常連客は大事にするべきだしなあ」などと考えながら、歩き去っていく〝七番さん〟をぼんやりと目だけで追っていき――


「(!)」


 その途中で気付いた。外から店内を覗き込んでいる、二人の女子高生の存在に。


「(桃華ももか金山かねやま!? な、なんでここに……!)」


 まさかと思い、金山の隣でどこかを一心に見つめている桃華の視線を辿る。その先に立っていたのはもはや当然というべきか、あのイケメン野郎だった。

 つまり桃華も他の女の子たちと同様、アルバイトをする久世の姿を一目見ようとわざわざやって来たわけだ。


「……やっぱ、納得いかねえよ」


 ぼそりと呟く。

 なんでそんなに、あの男のことを好きになってしまったんだよ。

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