第二編 恋敵現る
ここまでのあらすじ。
一〇年間好きだった幼馴染みに好きな人が出来たらしい。
「はあ~~~~~~~~~~……」
人生最大最長のため息を吐き出し、人生最低最悪の気分に心を支配されながら、俺は放課後の廊下を歩く。すれ違う生徒や教師が何事かと振り返ってヒソヒソやっている声が聞こえたが、今は人目を
それくらいショックだったのだ。これまで恋愛とは無縁だとばかり思っていたあの子に――
「(俺の勘違いとか、
昨晩一睡も出来なかった影響か、いまひとつ回転のよくない頭でぼんやり考える。それは、既に何十往復と繰り返した現実逃避。
会話内容を聞き違えただけかもしれない。好きな人が出来たのは桃華ではなく、別の誰かかもしれない。そんな思考を何十回、何百回と繰り返し、そして――
『
『……うん。そう、だね』
――頬を染めて首肯する幼馴染みの記憶が、淡い可能性を跡形もなく消し去ってしまう。
これは勘違いでも取り違いでもない。桃華には本当に好きな男が出来てしまったのだと教えてくる。
「(しかも、久世真太郎っつったら……)」
基本的に学校内の
定期試験の成績は学年最上位常連、運動神経も抜群。背が高くて人当たりがよく、いつもたくさんの友人に囲まれているクラスの中心人物。しかも所属している演劇部では一年生ながら主役に
「(はあ~~~っ……なんだそりゃ、漫画のキャラかよ)」
頭のなかで情報を整理し終えた俺は、「やってらんねえ」とばかりに本日無限回目のため息を吐き出す。
いや、本当になんなんだ、そのモテスペックの塊みたいな男は? どれかひとつでも持っていれば〝勝ち組〟に分類されるであろう要素をあれもこれもと詰め込みやがって。「天は
「(桃華も桃華だ……よりにもよって、そんなハイスペックイケメンに惚れなくたっていいだろうに)」
我ながらなんとも身勝手な主張だが、この時ばかりはそう思わずにはいられなかった。
だってそうだろう。もし相手が〝どこにでもいるようなモブ男〟だったなら多少の
「(……そういや、今日もバイトだったっけ)」
憂鬱だった。幼馴染みの初恋を知ってしまったあの喫茶店は、もはや俺の
「(あーあ……なんかもう、嫌になっちまったな)」
心が苦しい。胸が痛い。
〝失恋〟というのは、これほど
「……知っちまう前に、告白くらいしときゃよかったなあ」
遅すぎる後悔の呟きに、自分自身を嘲笑う。
俺にそんな勇気があれば、一〇年も片想いなどしてこなかったさ。
★
「
「あいー」
その日の夜、俺の勤務先である喫茶店〝
いつも以上に時間の流れが遅いアルバイトタイムがようやく終わりを迎えようとしていた頃に、その男は現れた。
「――ごめんください」
「はい? あ、すみません。今日はもう閉店の時間なんで……」
「いえ、すみません。そうじゃなくて」
首を横に振った男に、店舗正面の窓ガラスを拭いていた俺は不思議に思って手を止めた。
それは時折現れる、〝閉店時間直前に入店しようとしてくる面倒な客〟――などではない。
「そちらに掲示されている、アルバイト募集のチラシを見て来たんです」
「バイト募集のチラシ?」
俺はそう繰り返し、今まさに雑巾がけをしていた窓に貼りつけてある手書き広告へ目を向けた。
「新規アルバイト募集! 明るくアットホームな職場です!」という地雷臭満載の一文と、店長が五秒で考案して一分で描き上げたヘタクソなイラスト。初見時の俺が「コレ見て応募してくる奴はおそらくバカだから不採用にすべき」と主張して店長と喧嘩になった、曰く付きの求人広告である。
「(つまりこの男はバカなのか……っていやいや、そんなことより!?)」
俺の脳裏に、ショックで聞き流していたギャル幼馴染みの言葉がリフレインした。
『久世真太郎――あんたの惚れた男が、この店で働こうとしてるんだよ?』
――〝
「(ま……まさか、コイツは……!)」
「はじめまして。初春高校一年一組、久世真太郎と申します。少しだけ、店長さんとお話をさせていただいても宜しいでしょうか?」
そう言って微笑んでみせた〝恋敵〟に、俺は言葉を返すことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます