第14話 旅立ち

 七日の月日が経った。

 マクガソンと、ダンバルが率いる職人達は、見事に仕事をやり遂げた。

 次の日の朝には、旅立ちの支度が出来上がっていた。

 背中に神剣を履いたエバンスは、櫓に固定されたドラグソードの前にいる。

 隣にはシスティアが立っている。

 彼女は、マクガソンの手伝いをしていたが、疲れた顔などしていなかった。

 むしろ、希望に満ちた顔をしている。

 二人の後ろには、マクガソンと家族が、王女一行と共に晴れ舞台を見にきている。

「本当に、行くんだな。システィア?」

 機体に乗り込む前に、エバンスが聞いてくる。

 敬語はやめるように言われているので、畏まった言い方はしていない。

 それでも、どこかに恐れ多いという気持ちは残っている。

「当然だ。私は国王からの勅命を受けている」

 システィアは、ドラグソードに乗って共に戦うことに、強い使命感を持って賛同する。

 その証拠と言わんばかりに、真っ先に櫓へと歩き出す。

「ボクも連れて行ってください。叔母上!」

 階段の手すりに、手をかけたところで、後ろから声がかかる。

 一体誰の声かと振り向いてみると、ディアマンテ王子が顔を紅潮させて叫んでいた。

「ボクもドラグソードに乗って戦いたい!」

 少年の表情には、決死の覚悟を見ることができた。

 側で聞いていたパトリシアは、青い顔になってディアマンテを抱きしめる。

「お願い。そんなこと言わないで。あなたは、まだ戦う必要なんてないのよ!」

 システィアは、ディアマンテの元に近づいてから、目線を合わせる。

 ディアマンテに向ける眼差しには、相手が子供だからという侮りはない。

「それは、できない」

 その上で断る。

 システィアが、毅然とした態度で断るのを見たパトリシアは、ホッと一安心した顔になる。

「ボクが子供だから?」

 だが、ディアマンテの顔は、とても不満があるものへと変わる。

 ディアマンテは、まだ10才の子供だが、一国の王子でもある。

 国に危機が訪れているのを知って、自分にも何かできないかと思っていた。

 国王である父の側にいて仕事を手伝いたいと思っていたが、疎開することになってしまった。

 この時ディアマンテは、自分の無力さを嫌が応にも自覚することになった。

 密かに劣等感抱いていたところでドラグソードという秘密兵器を知り、続けて大活躍したことも知った。

 話を聞いてディアマンテは、自分がドラグソードに乗り込んで魔王を倒しに行くのだと勝手に思い込んでいた。

 だが、現実は違った。

 これから旅立つ人間は自分ではないことを知って、ディアマンテはやるせない気持ちになる。

「そうだ、ディアマンテ。君はまだ子供だ」

 ディアマンテに聞かれたシスティアは、ごまかすことなくキッパリ答える。

 下手なごまかしや言い訳は、余計に傷つけると思って。

「だから、戦うのは私たちに任せておけ!」

 胸を叩いて勇ましい姿を見せる。

「なに、魔王なんてすぐに倒して平和を取り戻して見せるさ!」

 最後に希望に満ちた笑顔を見せてから、再びドラグソードへと向かう。

 システィアの背中を見送るディアマンテの表情には、憧憬の思いが強く表れている。

「待たせたしまったな」

 櫓の前で待っていてくれたエバンスに、システィアは感謝の思いを抱きながら謝罪する。

「そうでもないさ」

 エバンスは、特に気にした様子も見せずに、一緒に階段を登って行く。

 システィアのような美人と並んで歩くことには、まだ照れた思いはあるが、二人でドラグソードの前に立つ。

 お互いの顔を見合わせてから、同時に合言葉を叫んだ。

「「竜の導きよ道を示せ!」」

 合言葉と共に開かれたスフィアポッドの入り口からは、最初の時のような不気味さは感じない。

 逆に、未来と希望に満ちあふれているように感じる。

 スフィアポッドの内部は、最初に乗り込んだ時より変化がある。

 それは、座席にU字型の金属棒がついたことだ。

 席に着いた二人は、手をのばして金属棒を下ろす。

 すると、操縦者の体を見事に座席に固定させる。

 これは、初陣を戦い抜いたエバンスの話を聞いて、ダンバルが取り付けたものだ。

 とてもうまくできており、試運転で激しい動きをいくらしても、二人揃って座席から転げ落ちることはなかった。

 もっとも、作った本人であるダンバルからすると、時間がない中で作ったため即席で不満が残る品になったようだ。

 自分の固定具の調子が良いことを確認したエバンスは、コアに手を触れて起動を開始する。

 スフィアポッドに、全周囲の映像が映し出されると共に、ドラグソードの拘束が外されていく。

 全ての拘束が外されるのを確認したエバンスは、ドラグソードに自機の右側にある物を握らせる。

 そこには本来、初陣でも使ったバルディッシュがあったが、今は違う。

 今あるのは、青い小鳥の紋章のある旗のついた長竿がある。

 これは、ラピタス王国の国旗だ。

 初代国王が、青い小鳥に導かれて永住の地を見つけたという物語を元に作られている。

 これは、国王がドラグソードが完成していることを願ってシスティアに渡した物だ。

 ドラグソードを、王都まで運ぶのに無用なトラブルを起こさないようにするための物だ。

 元々あったバルディッシュの方は、クズ鉄になっており作り直さねばならない状態だ。

 しかし、時間がないので諦めて国旗を持たせることにした。

 そのため、今のドラグソードの武器は、大腿部のファングシミターだけかというと、そんなことはない。

 代わりになる物として、背中に大剣を装備している。

 矢印を逆さにしたような、返しがついているようにも見える大剣の名は【テイルソード】。

 名前のとうり邪竜の尻尾から作られた。

 邪竜の尻尾の先端は、剣を思わせる形をしていた。

 マクガソンは形状を一目見て、剣に加工することを思いついた。

 また、【竜の剣計画】という名称は、尻尾の形状にちなんでつけられた。

 機体名の【ドラグソード】も、同じ由来からきている。

 テイルソードに鞘はない。

 背中にC字型の腕がついており、ここが開閉することで抜き放つことができるのだ。

 ムルザの襲撃の時は、まだ未完成だったが、システィアの協力で完成させることができた。

 また、変化は武器だけではない。

 腰の周りにもマユのような物が、左右に二つづつ。合計四つついている。

 これは、マナプールの増槽だ。

 ドラグソードは、歩いているだけでは大した魔力は消費しない。

 やろうと思えば一日中歩き続けることも可能だ。

 しかし、戦闘になると急激に消耗する。

 今の状態だと20分ぐらい動けばいい方だろうか。

 魔法も変容した戦い方をしていけば、1分で魔力が切れるかもしれない。

 そのためにも、魔力を溜め込む容量を増やしたのだ。

 マクガソンの考えでは、これで40分以上の戦闘ができるのではないかと思っている。

 また、増槽はカラになった時、切り離すことができるようになっている。

 これにより、いくらから身軽になることができる。

 

 坑道から出たドラグソードは、町の真ん中を突っ切って正門を目指す。

 出撃した時は、暗くて危なかったから遠回りしたが、今は明るいので最短距離を進むことができる。

 大通りの左右には、どこで聞いたのか野次馬が詰めかけており、一目でいいから勇姿を見ようとしている。

 そのため、ドラグソードが森を抜けて姿を現した時、群衆が一気に沸き立った。

 大勢の熱意に当たられたエバンスは、一瞬ひるんでしまったが、すぐに気をとり直して進ませる。

「なあ、システィア…」

 群衆の飛び出しに気をつけながらエバンスは尋ねる。

「王子のことは、あれでよかったのか?」

「わからないわ」

 システィアは、最前線のことや密命のことで頭がいっぱいだったため、周りのことに注意を向けることができなかった。

 そのため、甥っ子が悩んでいることに気づけなかったことは悔やまれる。

 それゆえに、下手なことは言わずに、きっぱりと断ることにした。

 このことが、少年の心にとって吉と出るか凶と出るかは、今はまだわからない。

 ディアマンテに悪い影響が出ないことを祈るばかりだ。

 声援とともに歩いているうちに正門が見えてきた。

 正門は、自分達を送り出すために、大きく開け放たれている。

 エバンスは、今まで町の外に出る機会はなかった。

 行商人や、冒険者から話を聞く程度のことしか、外のことを知らない。

 それゆえ、初めて町の外に出ることに不安が無いと言ったら嘘になる。

 しかし、それよりも未知のものに出会えることに対する希望と好奇心の方が優っていた。

「それよりも、エバンス。あなたはいいのかしら?」

 正門をくぐる前に、今度はシスティアが尋ねる。

「ここを出れば、もう後戻りはできないのよ」

 これから行うのは、魔王軍との死闘だ。

 とちらかが倒れるまで続く泥試合になるかもしれない。

 たとえドラグソードがあっても、絶対に生きて帰れる保証はどこにも無いのだ。

 エバンスには、システィアのように命を懸ける義理も義務もない。

 そのため、システィアは最後の意思の確認をする。

「大丈夫だ!」

 それに対するエバンスの答えは、強い意志のこもったものだ。

「オレは、じいちゃんや皆んなが作ってくれたドラグソードを信じている」

 強がりではないエバンスの答えにシスティアは、安堵と頼もしさを感じた。

 システィアが納得してくれたと思ったエバンスは、ドラグソードを進ませ正門を通り抜ける。

 だが、すぐに足を止めてしまう。

 目の前に止まっている馬車に、視線が釘付けになってしまったからだ。

 止まっているのは、二台の馬車。

 一つは、どこにでもありそうな四輪の荷車がついているが、もう一台は違う。

 車輪が八つもついた幅も倍ある、見たことが無いほど大きな荷車を二頭の馬で引く馬車だ。

 異様に大きな馬車があるが、足を止めたのは、この馬車が理由では無い。

 馬車の前で立っている人間が誰なのかわかってしまい驚いて足を止めたのだ。

 見間違いかもと思って、もう一度目を凝らしてよく見てみる。

 間違いなくよく知る人物だ。

「ダンバル!?」

 そういえば工房にいなかったなと思い、話を聞くために降りることにする。

 ドラグソードに膝をつかせて装甲を開く。

 専用の櫓がないと降りるのに苦労するのかと思うが、そんなことはなかった。

 縄バシゴが取り付けられているので楽におりられる。

 これも、櫓がない状態での乗り降りが不便なのを見て取り付けられたものだ。

 機体が、櫓に固定されていないと判断されると、縄バシゴが降りるようにできている。

 おかげで、二人とも危なげなく機体から降りることができた。

「何をしているんだダンバル!」

 降りてきたエバンスは開口一番に聞いてみる。

 工房長のダンバルが、こんな晴れやかな日に工房にいないのはおかしい。

「おう、ようやっときたか」

 それに対してダンバルは、ここにいるのが当然のように出迎える。

 しかも、ここにいるのは、ダンバルだけではなく弟子の職人達も馬車に乗っている。

「それじゃ、行くとするか」

 エバンス達が驚いていることなど気にもとめず、ダンバルは馬車に乗って出発しようとする。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 何も言わずに馬車を出そうとするダンバルを、エバンスは慌てて止める。

「なんでい。急いでいるんじゃなかったのか?」

 足止めされたダンバルは、とても不満のある顔をしている。

 それでもエバンスは、怯まず話を聞こうとする。

「なんでい。言ってなかったか?」

 話を聞かれたダンバルは、キョトンとした顔になる。

「オレも、お前達について行くことにしたんだ」

 答えを聞いた二人は、顔を見合せてからさらに驚く

「えっ! どうして?」

「バカ野郎! オレがいなかったら、誰がこいつの整備と修理をするんだ!」

 思わず間抜けな顔で質問すると、ダンバルに怒鳴られてしまう。

 大声で萎縮してしまうが、言われてなるほどと納得してしまう。

 マギウスコロッサスは、ゴーレムの派生だが未知の兵器でもある。

 そうなると、製作に携わった人間以外は、ズブの素人しかいないということになる。

 王都がどれだけ発展しているかは知らないが、アンチブンを出たらまともな整備はできないかもしれない。

 いくらドラグソードが邪竜の化石から作られているとはいっても、永遠不滅の存在ではないのだから。

「ありがとう。ダンバル」

 訳を聞いたエバンスは、素直に感謝の気持ちを伝える。

 続けて、一緒についていく職人達にも。

 流石に、ダンバル一人で整備と修理をするのは無理があるので、工房の職人の半分がついてきてくれることになった。

 残った半分の職人達は、町に残ってマクガソンと一緒に新たなるマギウスコロッサスの製作を始める。

「ヘッ。いいってことよ」

 ダンバルは、照れた顔になって後ろを向く。

 それを見ていてシスティアは、意地悪な顔になる。

「あら、私が一緒に行くと言った時とは、随分態度が違うじゃない」

「えっと、そのごめん」

 いきなりすねた態度を見せられたエバンスは、どうしたらいいのか分からず、困った顔で謝る。

「そうね、道中の操作は、私にやらせてくれるのなら許してあげるわ」

 首を傾げてウィンクするシスティアに、エバンスは見惚れてしまいながらも頷いてしまう。

 それを見ていたダンバルは、肩をすくめてため息をつく。

「そ、それよりも、こっちの馬車はなんだい?」

 ダンバルに呆れた顔をされたエバンスは、話題を変えてもう一台の馬車を見る。

「おっと。こいつはな…」

 聞かれたダンバルは、態度を一変させて上機嫌になって答える。

「こんなこともあろうかと作っておいた折りたたみ式移動櫓だ!」

 自慢げに言われてもピンとこない二人は、ダンバルに質問してみる。

 ダンバルが言うには、戦場で野営することになっても充分な整備ができるように作ったそうだ。

 この馬車には、あちこちにレバーやハンドルがあるのが見て取れる。

 これらを操作することで、荷車は櫓へと変形する。

 説明を聞いた二人は感心する。

 確かに、いつでも城や砦で整備できるとは限らない。

 変形するところを実際に見て見たいが、これから旅立つ身なので、それは我慢する。

「そうだ、お前らに渡しておく物がある」

 今度こそ出発しようとしたところで何かを思い出したダンバルが、荷車から取り出した物を二人に渡す。

 二人が手にしているのは、一振りの剣。

 ドラグソードの腿にあるのと同じ、シミターだ。

「ファングシミターを作った時のあまりで作った物だ。何かの役にたつかもしれねぇ」

 二人揃って渡された剣を抜いてみる。

 魔法戦士のエバンスは、白銀の刀身に見入っている。

 戦士なだけに、この剣の良さが充分にわかるようだ。

 システィアは魔術師だが、それでもこの剣の良さは伝わったようだ。

「ほら、いつまでも呆けてやがる。さっさと行くぞ」

 二人とも気に入ってくれたみたいだが、このままだといつまでも見惚れているかもしれないのでケツを叩くことにする。

 正気に戻った二人は、剣を鞘に納めてドラグソードに乗りこむ。

「おそろいだな」

 ハシゴに手をかけたところで、システィアが笑顔で言ってくる。

「う、うん。そうだな」

 意識はしていなかったが、改めて言われると照れてしまう。

 顔を赤くしながらハシゴを登るエバンスを、システィアは微笑ましく眺める。

 座席に座ったエバンスは、火照った顔をさすって落ち着こうとする。

 その横を、システィアが何食わぬ顔で通り過ぎる。

 こちらをちらりと見る横顔は、何だか自分をからかっているように思えてくる。

 しかし、そう言ったことは些事だと思い、すぐに起動を開始する。

「操作権移譲」

 エバンスは、約束通りシスティアに操作権を渡す。

「操作権取得」

 操作権を渡されたシスティアは、希望への第一歩を踏み出した。

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