第13話 旅立ちに向けて②
「これからよろしく頼む」
システィアに肩を叩かれてエバンスは、正気に戻る。
「え、でもシスティア様は…」
「システィアでいいぞ。これから共に戦うのだ、敬語はいらぬ」
頭が混乱しているエバンスは、困った顔でジェイコブとマクガソンの方を見る。
父親であるジェイコブは、反対する素振りは見せてはいない。
戦場で共に戦ってみて信頼できる人間だと思ったからだ。
町長ではあるが、戦士でもあるので、自分の背中を預けられかが判断の基準になってしまう。
祖父であるマクガソンは、ヒゲをしごきながら考え込んでいる。
副操縦席には自分が座るつもりだったが、このケガでは無理だろう。
そう思いシスティアを見る。
彼女は、王の妹だが王族として特別扱いをされることを望んではいない。
むしろ、宮廷魔術師として戦場に立つことを強く望んでいる。
本当なら、王妃一行の護衛として辺境の地にきたのは不本意だったはずだ。
そのため、建て前のような密命を与えられたのだろう。
彼女が請け負った密命は、ドラグソードを持ち帰ることで果たされる。
だから、自分が副操縦席に座ることにこだわっているのだろう。
マクガソンは、先日の戦いの様子を思い出す。
観戦は途中からだったが、システィアの魔術の腕前はなかなかのものだったと思っている。
宮廷魔術師としての序列が高いのもうなずける。
魔術師としては血気盛んなところは気になるが、経験を重ねていくうちに落ち着くかもしれない。
人柄と実力を共に考慮してドラグソードとエバンスのことを任せてもいいかもしれないと思った。
そのように思い至ったマクガソンは、居住まいを正して向き直る。
「エバンスと、ドラグソードのことを、よろしくお願いします」
「ええ、わかったわ」
マクガソンとジェイコブは揃って礼をとる。
頼まれたシスティアは、熱い握手を交わして二人の思いに応える。
目の前の出来事についていけなくなってきたエバンスは茫然自失となってしまう。
そんなエバンスの様子に気づいたシスティアは、いたずらを思いついたような笑みを浮かべる。
「ひょっとしてエバンスは、私が一緒に行くことを反対しているのかな?」
「別にそんなわけじゃ…。でも、システィアはお姫様だし…。う〜ん」
頭が混乱しているせいで、エバンスはしどろもどろな言葉が出てしまう。
「フッ。お姫様が戦場に立ってはいけないと誰が決めたんだ」
自信に満ちた言葉で言われたエバンスは、返す言葉が見つからずに黙り込んでしまう。
だが、表情の方は、はぐらかされて釈然としないと思っている様子だ。
「何を騒いでやがる」
そこでダンバルが、再び部屋に戻ってくる。
「あっ! ダンバル」
ちょうどいいと思ったエバンスは、システィアのことを話してみる。
「本人が乗りたいってんなら、いいじゃないか」
ダンバルは、職人のためか物作りにはうるさいが、それ以外のことには大らかだ。
道具を使うのに必要なのは、血筋や地位などではなく、使う人間の技量だと思っている。
なので、システィアのことも、使いこなせなければ引き摺り下ろせばいいと思っている。
「そんなことよりできたぞ」
だから、早々に話題を移して、持っていた物を投げ渡す。
エバンスは、不意打ちするかのように放たれた物を慌てて受け止める。
全身で抱きしめるようにして受け取った物を、改めてじっくりと見る。
その瞬間エバンスは、喜びに満ちた顔になる。
手にしているのは神剣だ。
先ほど鞘を作るために席を外していたダンバルだったが、わずかな時間で作り上げたようだ。
「あり合わせの材料で作ったから、大したものはできなかったがな」
ダンバルは、こう言っているが、飾り気のない質素な鞘は、なかなかできが良い。
エバンスも、先ほどまでのわだかまりを忘れてしまうくらいには、気に入っていた。
そのまま上機嫌で背中に履く。
経験不足のためか、歴戦の勇士には見えないが様にはなっている。
「浮かれているとこを悪いんだが、ドラグソードを工房へ移動させてくれ」
工房長であるダンバルとしては、早く機体を整備したいと思っている。
それには、今置いてある倉庫より、製作をおこなった工房の方が本格的にできる。
「ドラグソードを動かすのなら私も行くぞ」
ダンバルの話を聞いていたシスティアは、浮かれた気分になってエバンスの手をひっぱり、ドラグソードのある倉庫へと向かう。
工房へ移動させるだけなら、エバンス一人でも充分できる。
しかし、好奇心を刺激されたシスティアは、衝動が抑えきれずにいた。
「ダンバル。あなたには感謝している」
二人に続いて部屋を出ようとするダンバルに、マクガソンは礼の言葉をかける。
「なんでい。藪から棒に」
マクガソンの言葉にダンバルは、足を止めて照れた顔になる。
ダンバルがアンチブンの町に訪れたのは、【竜の剣計画】が始まって10年ぐらい経過した頃だ。
当時のマクガソンは、研究に行き詰まっていた。
化石の加工が上手くいかなかったからだ。
そこにフラリとドワーフの遍歴職人が訪れたというのを知り、居ても立っても居られなくなり、突撃した。
最初は不躾で意味不明なことを言うマクガソンにダンバルは、苛立ちと不信感を感じた。
しかし、必死な態度にほだされて、話を聞くことにした。
すると、竜の化石を加工すると言う話に、職人として興味を持った。
それから、なし崩し的に例の坑道に案内されて、竜の化石を見せてもらった。
腕利きの職人を自負するダンバルは、好奇心を刺激されて【竜の剣計画】に参加させてもらった。
それからダンバルは、ドワーフの技術の全てを惜しむことなく投入し続けた。
そのおかげでドラグソードは、このタイミングで完成させることができたのだと、マクガソンは思っている。
もし、ダンバルがアンチブンの地を訪れていなかったら、自分が生きているうちに完成しなかったかもしれない。
そうなれば、今回の襲撃も防げず、町は蹂躙されていたかもしれなかった。
そう思えばこそ、感謝の念にたえない。
「マクガソンよ」
深く頭を下げるマクガソンを見て、罪悪感にかられた顔になったダンバルがつぶやく。
「オレは一度、故郷に帰ろうかと思っている」
思わぬ告白に、マクガソンは驚いた顔になる。
「随分と急だな」
「今すぐと言うわけじゃない。魔王とやらがいなくなってからだ」
肩をすくめるダンバルに、マクガソンは理由を尋ねる。
「なに、大したことじゃない」
聞かれたダンバルは、気恥ずかしい顔をしながらもポツリポツリと話し始める。
「オレの生まれ故郷は、国の中でもかなり辺鄙な所にあるんだがな。昔から語り継がれている話にあるんだよ」
故郷を懐かしんでいる口ぶりのマクガソンだったが、口調がガラリと変わる。
年寄りのような口調から、好奇心に溢れたワンパク小僧のようなものへと。
「神剣を持った戦士が、世界に災いをもたらす怪物を倒すおとぎ話がな!」
意外な言葉にマクガソンは、雷に打たれたような衝撃をうける。
マクガソンの驚いた顔を見たダンバルは、いたずらが成功した悪ガキのような顔をして話を続ける。
それによると、ダンバルが住んでいた南の果ての地には、全てを焼き尽くさんばかりに怒り狂った憤怒の巨人なるものがいたと言う。
憤怒の巨人は、怒りのままに破壊の限りをつくしながら北へと進んでいた。
そこを、待ち構えていた神の戦士によって討ち倒されたと言うのだ。
暴食の邪竜の話を聞いたダンバルには、閃くものがあった。
もしかしたら故郷のおとぎ話は真実で、アンチブンと同じように巨人の化石が出てくるのではないかと。
だからこそ、この地でマギウスコロッサスを作るための知識を見つけてから故郷に帰ろうと思った。
いつか自分も憤怒の巨人の化石を掘り出し、それを材料にしてマギウスコロッサスを作るために。
「そうか…」
興奮して目を爛々とさせてダンバルは、語り終えた。
最後まで話を聞いていたマクガソンは、感慨のこもった声を漏らす。
「ダンバルには、これからもマギウスコロッサスを作るのを手伝ってもらいたかったんだがな」
「もう、次の機体を作る算段か?」
呆れた言い方をしているが、やる気の漲った態度をダンバルはしている。
「当てはあるのか?」
マギウスコロッサスは、中に人が入って動かすと言う構造上、どうしても10メートル以上の大きさのモンスターを素材にしなければならない。
今まで鉱山周辺の森で狩をしていたが、素材にできるほどの大型モンスターには出会えなかった。
「うむ、問題ない」
マクガソンには心当たりがあった。
それは、今回ドラグソードが倒したモンスターの内の一つ。ハンマービートルだ。
対象をじかに見たわけではないのでなんとも言えないが、エバンスの話が誇張ではなければ、素材としての条件は満たしているはずだ。
「そうなると、後は魔結晶か」
質の良い魔結晶を手に入れるには、時間がかかる。
錬金術で加工して短縮できるが、質が劣るので納得できるものが手に入らない。
それをどう克服すれば良いのか。
「時間加速倉庫を使う」
「あれをか!」
マクガソンは、マギウスコロッサスの研究開発の途中で、必要になるだろうと思って研究していたものがある。
それが、中に入れたものの時間を加速させることができる時間加速倉庫だ。
通常、保管施設に施す魔法の効果は時間経過を遅らせるものにするだろう。
できるだけ長く良質な状態で保存するために。
そういった世の中の流れに反して時間加速倉庫は作られた。
質の良い魔結晶を、従来より早く手に入れるための新しい方法として。
すでに実験段階まで完成しており、今までより一割から二割の時間短縮には成功している。
出来上がった魔結晶も、天然物と比べても遜色ないものが出来上がっている。
マギウスコロッサスの開発を優先させているので遅れがちだが、王都の優秀な宮廷魔術師であるシスティアが手伝ってくれれば、一気に捗るだろう。
楽観的だと言われるかもしれないが、マクガソンは希望は見えたと思っている。
「それじゃオレは、ヒヨッコどもの様子でも見てくるか」
時間加速倉庫を使う上での打ち合わせを終えたダンバルは、今度こそ部屋を出ることにする。
エバンスの手を引きながらシスティアは、ドラグソードの元に駆けていた。
よほどドラグソードに乗れるのが嬉しいようだ。
あれから動かしていないドラグソードは、倉庫の真ん中で片膝をついて待機している。
システィアは、ドラグソードの前に立つ。
しばらく見つめていたが、当然何もおこらない。
「どうすればいいのだ?」
期待したとおりにならないことにがっかりした顔になったシスティアは、エバンスに尋ねる。
システィアと、ずっと手を繋ぎながら走っていたエバンスは、いつも以上に動悸が早くなっていた。
顔が紅潮しているのを気づかれないように、息を整える。
平静になれたと思ったエバンスは、システィアの方を見る。
むくれた顔も可愛いと思ってしまった。
一瞬見惚れてしまったが、すぐに正気に戻って合言葉を教える。
「竜の導きよ道を示せ!」
元気と気合を込めてシスティアは叫ぶ。
正しい合言葉の証として、胸部装甲とスフィアポッドが開いて、内部の操縦席を顕にする。
整備用の櫓がないので、このままでは中に入ることはできないだろう。
そう思い、エバンスは、自分が降りる時に設置されたハシゴを探して見る。
目的の物は、割と近くに置いてあったので、すぐ見つけることができた。
そのまま持って行こうと思い、ハシゴの元まで近づいて行く。
ハシゴを掴んで持って行こうと思い振り向くと、とんでもない光景が目に入った。
何とシスティアが、猿のような身のこなしで、ドラグソードの体を駆け上がっていく。
「エバンス。さあ、早く!」
お姫様らしからぬ行動をとるシスティアに、エバンスは呆気にとられるが、感心もする。
宮廷魔術師の上位の人間なら、これくらいはできるのだと思った。
エバンスの認識は間違いで、単にシスティアが幼少の頃からお転婆で、周りを振り回していただけだ。
だが、誤った認識を修正する人間は、ここにはいない。
エバンスも、システィアに倣ってハシゴを使わず駆け上がる。
先に登ったシスティアの方が、素早く可憐に登っていたような気がする。
中に入ると、システィアがすでに後部座席で待機している。
一段高い位置に座っているところを見ているだけで、高貴な人間という雰囲気が出てくるのはなぜだろうか。
しかし、好奇心で目を輝かせている姿は、王女というよりもガキ大将という言葉がぴったりに見える。
「さあ、早く動かしてくれ!」
目を輝かせて催促してくるので、エバンスも着席する。
スフィアポッドのハッチが閉じられ、中が薄暗くなる。
妙齢の女性と、暗くて狭い場所に二人きりでいる。
それだけで、緊張感だけでなく背徳感が心の中を占有していく。
不埒な考えがよぎったが、すぐに頭から追い出す。
操縦に集中するためにも、目の前に浮かび上がってきたマギウスコアに手を触れ、いつも以上の気合いと共に魔力を注ぎ込んだ。
そこに何者かが入ってきた。
今度は二人だ。
常に飢えを感じているそれは、新たな贄を喰らおうと手ぐすね引いて待ち構える。
コアに手を触れ魔力を注ぐ。
待っていた瞬間が訪れ、貪り尽くそうと手を伸ばし掴み取ろうとするが、防がれる。
防いだのは贄ではない。
神剣だ。
この身を滅ぼし、魂を封じた憎っくき神剣が贄を守っている。
これが心臓に突き刺さり魂を封じなければ、例え肉体を滅ぼされても復活することができた。
彼らは、不滅の存在なのだから。
ならばと、後ろにいる贄に手を伸ばしたいが、コアから離れた相手に干渉することができるほどの力は、まだない。
たったあれだけの距離なのに。
仕方なく、それは眠りにつく。
封印は解けたのだ。
機会は、またくるはずだと思って。
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