第12話 旅立ちに向けて①
マクガソンは、化石の発掘現場にいた。
今日は、頭蓋骨を掘り起こしている。
ドラゴンの頭は、人間を丸呑みできるような大きな口がついている。
ロープで縛られた頭部が、岸壁からゆっくりと外される。
頭蓋骨が、地面に降ろされると周囲に迅速に櫓が組まれていく。
クリーニングをしやすくするための足場だ。
マクガソンは、作業のための櫓を登って頭頂部を見つめる。
大きさを見て太古の生きていた頃の姿を想像する。
とても強く雄雄しい姿をしていたのだろう。
額に穴が空いているのに気づいた。
戦いによってできた傷かと思ったが、どうも違うようだ。
よく観察して見ると眼孔だというのがわかった。
邪竜には第三の目があったようだ。
珍しい身体特徴を持っていることに感心していると、眼孔に赤い光が灯る。
何事かと、目を皿のようにして見つめる。
何もない暗い穴だと思っていたものに、赤い瞳が現れる。
不気味な瞳は、あちらこちらを見た後、マクガソンを睨みつけた。
マクガソンは、ビックリして目をさます。
寝汗をかいて気持ちが悪いと感じた。
胸に手を当てると、早鐘のような動悸をしている。
今の夢は、ドラグソードの製作を始めてから、たびたび見るようになったものだ。
夢での出来事は、過去におこったことに近い内容だ。
邪竜の頭蓋骨は発掘したし、額に眼孔はあった。
しかし、第三の目に睨まれることはなかった。
だからといって、額の眼孔には何もなかったのかというと、そんなことはない。
干からびた目玉が、確かにあった。
両目は腐り落ちて無くなっていたのに、第三の目だけはミイラ化して残っていたのだ。
これを見た時、マクガソンは背筋に薄ら寒いものを感じた。
しかし、これを材料にすれば、強力な魔道具を作れると思った。
そのため、心の底から湧き上がる不吉な予感を無視して錬金術の材料にした。
出来上がった魔道具を【森羅万象の瞳】と名付けて組み込んだ。
その結果、スフィアポッドの内部は、全方位の視覚を得ることができた。
不安な気持ちは拭えなかったが、結果的にはよかったと思っている。
感傷に浸っていると、複数の足音が慌てて近づいて来るのを感じる。
「じいちゃん!」
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、エバンスだ。
その後を、残りの家族が続いて入って来る。
愛する家族に囲まれたマクガソンは、自分が自室のベッドに寝ていたことに気づいた。
ひょっとして、あの襲撃は夢だったのではないかと一瞬思う。
しかし、体が手当てされているのを見て、現実だったのだと理解する。
それと同時に、自分が怪我をして気を失っていたことを知る。
そのため、ドラグソードが戦っていた姿を見ることができなかった。
「どうなったのだ!」
ドラグソードの初戦闘を見ることができなかったことを、マクガソンは不覚に思う。
だから、大声で誰とはなしに尋ねる。
「へへん。モンスターなら、オレが倒したぜ!」
それに対してエバンスが自慢げに答える。
「おおっ! そうかそうか。もっと詳しく教えておくれ」
ドヤ顔をするエバンスを見てマクガソンは、ウザイとは思わず喜んで続きを聞きたがる。
調子に乗ったエバンスは、身振り手振りを交えて大げさに説明する。
マクガソンは、それを聞きながら紙に何かを書き込んでいく。
今後の課題を洗い出して次へ活かすためだ。
マギウスコロッサスの製作を、ドラグソードだけで終わらそうと思っている関係者はいないだろう。
当然、第二、第三の機体を作りたいと思っているはずだ。
マクガソンが、溢れるアイデアをメモしていると、新しい客が訪れる。
目つきの鋭い見目麗しい訪問者は、実力ある宮廷魔術師のシスティアだ。
彼女は、この地を訪れた時のトゲトゲしい雰囲気がなくなり爽やかな笑みを浮かべている。
「一昨日の夜は、すごかったな」
マギウスコロッサスの存在に半信半疑だったが、今や掌を返したかのように心酔している。
身近で見た戦いが、よっぽど衝撃的だったのだろう。
マクガソンの肩を叩きながら、己が見た光景を熱烈に語り出す。
システィアの話も、マクガソンには大事な資料だ。
質問しながらメモをとっていく。
話を聞いているうちにマクガソンは、自分が丸一日眠っていたことに気がついた。
戦いが終わり、ドラグソードを倉庫に置いた後、ダンバルが勝利の宴を開こうとした。
しかし、ジェイコブと自警団の人間は、マクガソンを心配して救助に向かっていた。
ケガをして気を失っているマクガソンを見て、さすがのダンバルも宴会をしようとは思わなかった。
仕方がないので、昨日一日は外に散らばったモンスターの死体をかたずけることにした。
防衛用のゴーレムは全滅したので、工房のゴーレムを使うことにする。
そこまで話を聞いたところで、新しい客が訪れる。
「よう、マクガソン。元気か?」
やってきたのは、ドワーフで工房長でもあるダンバルだ。
ダンバルは見舞いの品に、酒ビンを持ってやってきた。
トレードマークにしているのか、ダンバルは家の中でもヘルメットを被っている。
エバンスの記憶の中でも、ダンバルがヘルメットを脱いでいるところを見たことがない。
「あるがとう」
マクガソンは、見舞いの品を受け取り傍に置く。
「それで、これからどうするんだ?」
ダンバルに今後の展望を聞かれて、マクガソンは考え込む。
町のことは町長のジェイコブがやってくれるので、自分はドラグソードに注力すればいいだろう。
そう思い、頭の中でやるべきことを整理していく。
「もちろん。これからすぐに王都に行くのだろう」
横で聞いていたシスティアが、希望に満ちた笑顔で言う。
彼女の目的は、ドラグソードを持ち帰り国を、人類を救うことにある。
だが、メモを見つめるマクガソンは違う結論を出す。
「システィア様。10日、いや7日ほど待っていただけませんか」
「どういうことだ?」
ついに始まる大反撃に、システィアは心踊らせていた。
しかし、マクガソンに気勢を削がれることを言われて不満な顔になる。
それに対してマクガソンは、丁寧に説明していく。
まずは、修理と整備。
激しい戦いをしたなら、次の戦いに備えて整備するのは当然だ。
それと、使い勝手を聞いてからの改修も必要だ。
歩かせる程度の試運転しかしなかったマクガソンと、ぶっつけ本番で戦闘したエバンスとでは感想は異なる。
今回聞いた話を元に改良をするための計画を立てるつもりだ。
そして最後に、ドラグソードには、まだ完成させていない装備がある。
できれば、それを完成させてから操縦者である孫のエバンスを送り出したいと思っている。
「なるほど。そいうことなら仕方がないな」
話を聞いたシスティアは、すんなりと納得する。
ひょっとしたら怒って無茶なことを言うかもしれないと思っていたので、システィアの態度に安堵する。
「私で協力できることがあるならば、協力しよう」
続けて協力の申し出をしてくれたことは、とても心強い。
ドラグソードの開発が忙しく、弟子をとって育成するところまで手が回らなかった。
せいぜい身内を鍛えるのが関の山だ。
だから、実力のある魔術師が加わることで時間の短縮と、質の向上が見込めるだろう。
頭の中の計画を一新したマクガソンは、伝えようと思っていたことを思い出したので、ジェイコブに側に来てもらう。
「ジェイコブよ、エバンスに神剣を渡しておこうと思う」
マクガソンの言葉に、ジェイコブは我が子をじっと見つめる。
エバンスは、初めて聞く言葉に戸惑いを見せているが、それ以上に好奇心を刺激された顔をしている。
神剣を託すに当たってジェイコブは、エバンスをふさわしい人間に育てることができたかを、回想する。
自分は、厳しくも愛情こめて息子を育てたと思っている。
剣の腕は、まだ荒削りだが、これから経験をつんでいくことで向上していくだろう。
性格の方は、町長の息子ということでガキ大将ぽいところはあるが、虎の威を借る狐にはなっていないはずだ。
親の目から見ても、いい親分といった感じだと思う。
「わかった」
そこまで思い耽ったジェイコブは、提案を受け入れて神剣を持ってくる。
ジェイコブが渡された時と同様に白い布にくるまれた物を、エバンスは受け取った。
話を聞いたエバンスは、期待を込めて覆いを取り払う。
出てきたくすんだ黄金の剣を見て息を呑む。
光り輝きはしないが、文字のように見える不思議な模様のある刀身は、誰の目にも神秘的に見える。
全ての老若男女が見惚れている中、マクガソンは神剣についての話をする。
話終わった後に、エバンスの方をチラリと見る。
恍惚とした表情で、神剣を見入っている。
恐らく聞こえていないのかもしれない。
若者の好奇心の方向性にため息が出てしまう。
「なんでい、鞘がないじゃないか!」
真っ先に神剣の魅了から覚めたダンバルが、大仰に言う。
それにより、誰もが夢から覚めたような顔になる。
「貸しな。オレが鞘を作ってやる」
返事を待たずにダンバルは、ひったくるようにして神剣を持って行ってしまう。
いつの間にか神剣が手元から無くなっていたエバンスは、慌ててダンバルを追いかけようとする。
しかし、その前にマクガソンは、エバンスを呼び止めて近くに招き寄せる。
神剣を取り戻したいと思っているエバンスは、聞く耳を持たずに抗議の声をあげようとするが、マクガソンは手で制す。
代わりというわけではないだろうが、マクガソンは鍵を手渡す。
「私の机の鍵だ。中にある物を持ってきてくれ」
不承不承な顔をしたエバンスは、尊敬する祖父の頼みゆえに言われた通りに机に向かう。
机に鍵付きの引き出しは一つしかなかったので、どこを開ければいいのかすぐにわかった。
ガチャリと音がして鍵が開く。
大した物は入っていないと思って開けたためか、中の物を見て大きく目を見開いて驚いた。
それから、恐る恐ると行った仕草で中の物を取り出して見る。
出てきたのは、赤い宝玉のはまった金のチョーカー。【竜の導き】だ。
目の前にある物を見てエバンスは、思わず自分の首元に触れてしまう。
確かに、そこには【竜の導き】がある。
そうなると、これは予備という事になる。
なぜ、今の段階で予備があるのを明かすのか。エバンスは首を捻ってしまう。
こいうのは、自分の持っている【竜の導き】が壊れた時なんかに、伝えるのではないだろうかと思った。
「エバンスよ。ドラグソードには座席が二つある事に気づいていたか?」
そう言われてエバンスは、スフィアポッドの中の様子を思い出す。
確かにエバンスの座っていた席の後ろに、一段高い位置に座席はあった。
戦いに夢中になっていた時は気にならなかったが、今にして思えば不思議だ。
なぜなら、ドラグソードは、エバンス一人でも充分に操縦することができたからだ。
一人でも支障なく動かせるのに、なぜ座席が二つ必要なのか、エバンスには理解できなかった。
頭を悩ませるエバンスに、マクガソンは丁寧に答える。
マギウスコロッサスは魔道具であるため、動かすには操縦者の魔力が必要になる。
しかし、あれだけの大きさの物を動かすには、それ相応の魔力が必要だ。
一般人の倍の魔力を持っている魔法使いなら問題なく動かせるが、運動神経がなくて扱いきれない。
戦士の運動神経なら扱えるが、魔力がない。
それを解決する方法を、マクガソンは複数用意した。
まず、操縦者を、剣と魔法の両方が使える魔法戦士にすること。
次に、大気中の魔力を吸収して貯蔵するマナプールを作った。
最後に、戦士と魔法使いの二人乗りにすること。
ドラグソードが複座式になっているのは、三番目の方式を組み込んでいるからだ。
魔力を供給する人間と、操縦する人間を別にすることで効率よく動かすことができるのではないかと思っている。
他にも、ドラグソードは、搭乗した状態から魔法を放つことができる。
それを、後部座席の魔法使いが行うことで戦略の幅を広げられると思ったのだ。
そのために必要になるのが、【竜の導き】だ。
マギウスコロッサスは、ゴーレムの派生なので、送信と受信の魔道具が必要になる。
受信側は、スフィアポッド全体が担っている。
送信は、コアの端材で作られた【竜の導き】で行われている。
【竜の導き】を装備した人間が、操縦桿を握って魔法を使うことで、ドラグソードは魔法を放つことができる。
また、複座式には別の利点がある。
主座席の人間が、なんらかの理由で操縦できなくなった時に、代わりに操縦をするのだ。
「ドラグソードは、副座席に魔術師が乗ることで完璧になる」
最後に、そう締めくくられてエバンスは困った顔になる。
後部座席には、誰が座るのがふさわしいのかわからないからだ。
普通に考えるならマクガソンだろうが、今はケガをしているので無理はさせたくなかった。
他に魔術師として、母親のエミリーがいるが、母子で乗るのは心情的に勘弁したい。
そうなると、他に誰がいるのか悩んでしまう。
「その役目、私が請け負おう」
勇まし声で名乗りをあげる者がいた。
誰だろうと声のした方へと目を向けると、システィアがいる。
システィアは、自信に満ちた顔で告げた後、力強い足取りでエバンスに近づく。
「えっ! システィア様!?」
思わぬ人物の発言に驚くエバンス。
そんなことなど気にもとめずにシスティアは、エバンスの持つ【竜の導き】を手に取る。
周りが呆気にとられている中で、迷うことなく自分の首に装備する。
「どうだ、似合うか?」
艶のあるポーズをとるシスティア。
その場にいる誰もが、システィアに見惚れてしまう。
やはり宝飾品は、女性が身につけたほうがいいものだと感心してしまった。
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