第11話 掃討戦

 大型のモンスターを倒すことができた。

 襲撃の首謀者と思われる相手は倒したはずなので、これ以上強敵が出ることは無いだろう。

 しかし、戦いは、まだ終わってはいない。

 足元にはラージアントの群れが、今だに大量に蠢いている。

 こいつらを全滅させなければ、戦いは終わったことにはならない。

 今、大量に湧いているのは、ラージアントの中でも一番弱いワーカーという階級の種だ。

 ドラグソードなら敵では無いが、一般人だと苦戦する強さだ。

 数が多いので、強敵と連携されると、難易度が上がって煩わしくなる。

 エバンスは、シミターを鞘に収めてラージアントを踏みつける。

 武器を使わず踏みつけているのは、単純にリーチ問題だ。

 シミターを使ってラージアントを斬りつけようと思うと、一々屈まなければならない。

 屈んだ姿勢を長時間とるのは、例えドラグソードに乗っていたとしても辛いと思うので踏みつけるのだ。

 相手が弱いので単純作業が、延々と続くことになる。

 なので、逃げる分には追わないようにしているのだが、どういうわけかこちらに向かってくる。

 指令を出していたと思われる相手は倒したはずなのに、なぜだろうかと頭を捻る。

 イリュージョンモスの毒鱗粉のせいかもしれないが、ドラグソードの中にいたエバンスには何の影響も及ぼさなかったので、そこまで思いつくことはなかった。

 考えても仕方がないと思ったエバンスは、作業に没頭する。

 しかし、すぐに飽きがきて、別のことを考え始める。

 せめてバルディッシュがあったらなと。

 初期装備のバルディッシュは、ポールウェポンなので、屈まなくても足元の敵を倒すことができる。

 ハンマービートルの戦いで失ってしまい、今頃スクラップになっているかもしれない。

 詮なきことでぼやいていると【竜の導き】から新たな情報が送られる。

 戦闘中は興奮して気にならなかったが、落ち着いて改めて体感すると、どうにも驚いてしまう。

 動揺する心を落ち着かせて、送られてきた情報を整理する。

 内容を理解すると、凄いという気持ちがした後に、もっと早く知りたかったという残念な気持ちになった。

 それでも開示された情報を有効に活用する。

「フレイムアロー」

 呪文を唱えて、ドラグソードの手を突き出させると、そこから炎の矢が打ち出された。

 炎の矢は、着弾したラージアントを四散させる。

【竜の導き】からもたらされた情報は、ドラグソードを操縦しながら魔法が使えるというものだ。

 これを知って最初に喜んだのは、戦術の幅が広がるということと、凄くカッコいいと思ったからだ。

 残念に思ったのは、もっと早く知っていれば、先程の戦いはもっと楽だったのにという思いからだ。

 エバンスが首につけている【竜の導き】は、ドラグソードを動かすための鍵であり教本でもある。

 ただし、すべての機能を、最初から操縦者に教えるようにはできていない。

 未熟な人間に全てを教えても混乱して頭がパンクしてしまう。

 そのため、安全装置として操縦する人間の熟練度に応じて情報が開示されるようにできている。

 エバンスは魔法戦士として育てられたので、当然魔法が使える。

 試しに初級の魔法を撃ってみて驚いた。

 明らかに威力が上がっている。

 生身の状態で同じ術を使っても、壁に焦げ目ができる程度だし、人間を吹き飛ばすことはあっても肉片にはできなかった。

 ドラグソードは、魔力で動いているが、操縦者の魔力だけで動いているわけではない。

 大気中の魔力を吸収して貯蔵するマナプールがあり、ここの魔力も消費している。

 操縦者が魔法を使うと、マナプールの魔力も加算される。

 そのため、魔法の威力が上がるのだ。

 また、盾の魔力障壁を展開するのにも、ここの魔力が使われている。


 エバンスは、もう一度同じ魔法を使う。

 やはり、通常よりも威力の高い魔法が放たれる。

 理屈はわからないが、ドラグソードには魔法の威力をあげる効果があることは、本能的に理解した。

 ならば、自分が使える魔法のうち、一番状況に合ったものは何かと考える。

 しばし考えた後、結論の出たエバンスは、早速魔法を行使する。

「フレイムタン」

 エバンスが使用したのは、数秒間火炎放射を行う術だ。

 生身でやれば、射程は2〜3メートルぐらいで、魔力の続く限り放ち続けることができる。

 しかし、消耗が激しいので10秒もてばいいほうだろう。

 そんな術をドラグソードで使えばどうなるか?

 射程は10メートル以上あり、効果時間も十分以上ある。

 これだけあれば、目の前の群体を殲滅させるのには充分だ。

 数が減り、散り散りになっていくラージアントを見つめるエバンス。

 ドラグソードに残存する魔力も残り少なくなってきた。

 それでも、逃げたラージアントが戻ってこないか、しばらく見張り続ける。

 その足元には、黒焦げになったり、踏み潰されたりもしたモンスターの死体で一杯だ。

 ただし、その中にはモンスター以外の死体が一つだけある。

 バルディッシュを叩きつけられたムルザの死体だ。

 エバンスに存在を知られることなく死んだ男の口から舌が伸びていた。

 どう見ても死体のはずなのに、舌だけ伸びて動き続けている。

 それはまるで、体の一部などではなく、独立した生き物のようだった。

 いや、独立していた。

 不気味な舌は、人間の体の倍以上伸びたかと思うと、口から抜け出ていってしまった。

 そのまま、蛇のように体をくねらせて進み、ドラグソードの元までやってくる。

 ドラグソードの中にいるエバンスは、不気味な生き物が機体のすぐそばまで来ているのに気づいていない。

 対象が小さすぎるためだ。

 動く舌は、ドラグソードのそばまで来てどうするのかというと、トグロを巻いて力を溜めてから跳躍して足首に巻きつく。

 黒一色に、くすんだ白い線が入ると目立つが、動く舌は変色して周りに馴染んで溶け込んだ色になる。

 当然、これらの出来事にエバンスは、まったく気づくことなく見張りを続ける。

 やがて、これ以上の襲撃はないと判断したエバンスは、ドラグソードを帰還させる。

 怪しい存在が貼り付いていることなど知らずに。


 戦いに勝利して凱旋するドラグソードを、システィアは陶酔した顔で出迎える。

 初めに話を聞いた時には、半信半疑の眉唾物の怪しい話だったが、今なら自信を持って言える。

 これこそ人類を救う救世主だと。

「どうやら終わったみたいだな」

 感動しているシスティアとは対照的に、ノンビリとした声が後ろからしてくる。

 工房長のダンバルだ。

 職人として座して待つことができずに、様子を見に来たのだ。

 ダンバルの目から見ても今回の活躍は、初めてにしては良くできたほうだといったところだろうか。

 若さゆえの荒削りなところは見えたが、そこは熟練度をあげていけば解決してくれるだろう。

 ダンバルは、手に持っている松明を振ってドラグソードへと合図を送る。

 合図を見たエバンスは、誘導に従って倉庫の中へと入って行く。

 鉱石などを置いておく倉庫の一つだが、中は整理されていて広い空間がある。

 整備用に急いで片付けたようだ。

 そのまま中央に立たせるエバンス。

 櫓までは用意できなかったようなので、片膝をついた姿勢で待機させる。

 胸部装甲が開き、続けてスフィアポッドも開かれる。

 出て来たエバンスの顔は、疲れてはいるが充実したものになっている。

 このままでは降りにくいのでハシゴがかけられた。

 集まって来た人達が、歓声をあげて出迎える。

 誰もがエバンスを、祝福する顔をしている。

 その中で、一番興奮しているように見えるのはシスティアだ。

「すごいじゃないか!」

 勢いのままに駆け込んで来たシスティアは、エバンスに抱きついて喜びを顕にする。

「正直、最初は胡散臭いと思っていたが、なかなかやるじゃないか!」

「あ、当たり前だ! こいつはじいちゃん達が作ったんだからな!」

 都会の洗練された美貌を持つシスティアに抱きつかれて、エバンスの鼓動は早くなる。

 照れていることを隠すために、横を向いて鼻をかいてしまう。

「よくやったな」

 今度は後から、力強く頭を撫でられる。

 振り向くと父親のジェイコブが立っていた。

 町長ではなく父親として頭を撫でるジェイコブの顔には、息子を誇りに思う気持ちが現れている。

 褒められたエバンスも、顔を紅潮させて喜びに打ち震えていた。

 その場にいる誰もが歓喜と祝福に沸き立つ中、不穏な動きをするものがいた。

 ドラグソードの足首に絡みついていた紐状の物体がゆっくりと動き出す。

 今は黒い紐のようなものは、遠目から見ればヘビのように見える。

 しかし、近ずいてよく見ると、体表に鱗はなくツルリとしている。

 先端にはヘビのような頭はなく、先細りした形は、まるでミミズのようだ。

「よし。今夜はオレのおごりだ!」

 ダンバルが祝宴を上げることを宣言する。

 皆が歓声をあげて、先頭に立って酒場へと向かうダンバルについて行く。

 その中には、当然エバンスとシスティアの姿がある。

 誰もが浮かれていて、ドラグソードに注目していない。

 その間にもミミズは、ゆっくりと確実に、スフィアポッドへと向かって近づいていく。

 倉庫から続々と人が出て行き、やがて最後の一人も出て行った。

 もはや誰もいなくなり、暗闇と静寂が倉庫の中を支配する。

 誰にも見咎めらることのなくなったミミズは、大胆に素早く動いてスフィアポッドへと潜り込む。

 それと同時に、胸部装甲が閉じられる。

 ミミズは、気にすることなく周りを見渡す。

 のっぺらぼうで何も見えていないようだが、それでも何かが見えている動きをしている。

「ククククク。驚いたな。まさか人族が、このような物を作っていようとは」

 ミミズがしゃべる。ムルザの声で。

 実は、妖蟲のムルザとは、バルディッシュで切られた人間のことではない。

 人間の体から出ていたヘビのように長い舌が本体だ。

 ムルザは、寄生虫の魔族であるため、人間の体は乗っ取って自由に動かせる依り代でしかない。

 依り代がいくら傷ついても、ムルザにはいかなる痛痒もないのだ。

 ズタボロになったら、新しい依り代に乗り換えればいいのだから。

 魔族というのが、全員ムルザのような寄生虫かというと、そうではない。

 むしろ、ムルザのほうが、魔族として珍しい存在だ。

 魔族とは、モンスターが進化して、ある程度の知能を得た個体のことをいう。

 どんなに奇天烈な姿をしていても人に近いか、それ以上の知能さえ持っていれば魔族を名乗れるのだ。

 その中でもムルザは、世にも珍しい寄生虫のモンスターから進化した魔族である。

「これさえ持ち帰ることができれば、私の栄誉も不動のものとなる」

 ムルザとて強欲な魔族の端くれ。

 いつまでも、四天王の配下の座に甘んじているつもりはなかった。

 そのため、ラージアントをうまく誘導して、ドラグソードが自分のすぐ近くに来るようにした。

 後は、チャンスを伺って内部に侵入することに成功した。

 座席の上でとぐろを巻くムルザは、手柄を立てて得られる栄光を想像してほくそ笑む。

 だが、そのためには、実際にドラグソードを持ち帰らなければならない。

 できなければ、絵に描いた餅でしかない。

 ムルザは、スフィアポッドの中を見回して動かすためのヒントを探す。

 最初に目に入ったのは、今は足元に収まっているマギウスコアだ。

 魔道具は、持ち主が魔力を流して動かすものだ。

 それは、どんな形や大きさをした物でも同じだ。

 ドラグソードも、大きくても魔道具であることには変わりない。

 だから、ムルザはコアに巻きついて魔力を流すことにする。

 大型のモンスターを召喚する魔法を連発して消耗しているが、魔道具を動かすことができるくらいの魔力は残っていると思っている。

 ムルザは、人族の魔術師より、はるかに高い魔力を持っていることを自負している。

 しかし、ムルザは知らなかった。

 ドラグソードを動かすには【竜の導き】という鍵となる魔道具が必要だということを。

 マクガソンは、誰でも安易に動かせるのは危険だと思っていたことを。

 そのため、いくら魔力を流し込んでも、まったく動こうとしないことにいらだちを感じ始めた。

「おのれ、どうなっているのだ! ひょっとしてこいつは壊れているのか?」

 不満を言いながらも魔力を流し続ける。

 おのれの栄華栄達がそこにあると信じて。

 半ばヤケクソになって。

 ドラグソードは、【竜の導き】を装備した人間が動かすことを前提に作られている。

 そのため、今回のような事態は、マクガソンにとってはまったく想定外の出来事だ。

 なので、何がおこるのかまったくわからない。

 ムルザにとって永遠とも言える時間、魔力を注入し続けた。

 その結果、何かを突き破る感触があった。

 これを吉兆と捉えたムルザは、突破した先に魔力をさらに注ぎ込んだ。

「グッ!?」

 何かに掴まれた。

 マギウスコアの奥にいる何かに。

 驚くとともに不吉なものを感じたムルザは、魔力を注ぐのをやめようとするが、出来なかった。

 掴んだ手を離さないからだ。

 それどころか、強い力で引っ張り続けて食い散らかせれていく。

 恐怖を感じたムルザは、すぐさま離れようとしたが離れられない。

 いつの間にか強力な接着剤を使われたかのように、体が張り付いて動かないのだ。

 いくら激しく抵抗しても、体は動かず魔力は貪られる。

 このまま、魔力を吸い尽くされると、今度は魂を引き摺り込もうとしてくる。

 ムルザも、持てる力の全てを使って抵抗するが、無駄だった。

 相手は、容赦なく無慈悲に貪り続ける。

 たまらず悲鳴をあげるが、聞く者は誰もいない。

 外は完全に無人だ。

 助けてくれる人間は、どこにもいない。

 やがて、全てを貪り吸い付くされたムルザの体は塵となって崩れた。

 妖蟲のムルザは、誰にも存在を知られことなく死んでいった


 それは、ムルザの魂をすすった後、忌々しい封印が解けていることを知った。

 しかし、復活するには、まだまだ力が足りていないことを知る。

 さらには、自分の体が変化していることにも気づいた。

 変化した体に順応するのには、時間がかかるだろう。

 仕方がないので眠り続けることにする。

 その際、偶然開いた穴は塞がないことにした。

 外の様子を知るためにも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る