第10話 初勝利

「なんだあれは!」

 ドラグソードの登場にムルザは、目玉が飛び出るほどに驚いた。

 疾風のように現れて、瞬く間に自慢のモンスターを倒してしまった。

 今は、残ったラージアントの掃討をおこなっている。

 このままだと、彼が率いてきた軍団は、遠からず全滅するだろう。

 しかし、ムルザにとってはモンスターが全滅する事は、大した痛手はない。

 時間があればいくらでも呼び出すことができるからだ。

 それよりも憂慮するべきことが、目の前にあった。

「巨人が、人族に協力しているのか!?」

 ムルザは、ドラグソードをゴーレムの一種ではなく、巨人ではないかと思った。

 ドラグソードの細長い手足をした体型は、一般的にイメージされているゴーレムとはかけ離れている。

 皆が思うゴーレムの体型は、胴長短足で太くて長い腕をした物だろう。

 事実、正門と外壁を守っていたゴーレムは、この体型をしていた。

 だから、星明かりの中では、全身が黒くてフルフェイスの兜と胸甲をつけた姿は、確かに巨人だと錯覚してしまうだろう。

 しかも、腰の部分が背骨しか無いのにも気づいていない。

「一体どうやって巨人なんか手懐けたんだ!」

 ムルザは、戦いの最中にも関わらず思案を始めてしまう。

 思えば、この町は最初見たときから何かおかしかった。

 辺境にある鉱山の町なのに、やたらと防備がしっかりしていた。

 王族が疎開してきたから、緊急の避難場所としての役割もあるのかと思ったが、違和感があった。

「まさか、巨人を手なずけるエサがあるのか?」

 考えを巡らせたムルザは、それが一番しっくりくる答えだと思った。

 死霊王は、魔王軍と巨人の国とは不可侵条約を結んでいると言っていた。

 それにも関わらず巨人が人族の味方をしている。

 だとしたら、あの巨人を従える特別なアイテムか何かがあり、それを守るために堅牢な守りを築いたのだろう。

 自分が納得できる答えを得たムルザは、この状況に対応できるモンスターを呼び出す。

「イリュージョンモス。ハンマービートル!」

 召喚魔法を発動させると同時にドラグソードが、ムルザの方に顔を向ける。

 存在に気づかれたことを考慮する暇もなく、ドラグソードはムルザへと駆け出して行く。

 慌ててラージアントに命令して壁にする。

 だが、何の障害にもならずに接近を許してしまう。

 そのままバルディッシュが振り下ろされてムルザの体は袈裟懸けにされた。

 しかし、発動した魔法は無効化される事はなく、モンスターは彼方から呼び寄せられる。

 上空に浮かぶ二つの魔法陣からは、邪眼を思わせる目玉模様のある羽を持つ、赤くケバケバしい蛾が。

 地面にある魔法陣から現れたのは、ドラグソードと背丈が同じくらいに見えるが、体格は違うモンスター。

 このモンスターは、大猿を思わせる立ち姿をした逞しい体をしている。

 甲殻をまとった虫型で、両腕は鉄槌を思わせるほどに太い。

 複眼のある顔には、何でも噛みちぎれそうなハサミのような口がある。

 ムルザが、最後に呼び出した二種類のモンスター。

 空を飛ぶ蛾のモンスターの名はイリュージョンモス。

 幻覚作用のある鱗粉を撒き散らして状態異常をおこす能力を持っている。

 もう一体の、大猿のような姿勢をした巨大な甲虫の名はハンマービートル。

 ハンマーのように見える二の腕を振るって力任せに何でも破壊してしまう。

 高い膂力による殴りつけは凄まじく、一撃で強固な砦を破壊できると言われている。

 ムルザが、この二体を呼んだのは、巨人だと思い込んでいるドラグソードを捕らえるためだ。

 人間に与しているとはいえ、巨人族と魔王軍は不可侵条約を結んでいる。

 今、戦っている相手を殺してしまって、後で問題が起こってはマズイ。

 できるだけ、生かして捕らえることを考えねばならない。

 そのため、ムルザが考えた作戦は、イリュージョンモスの毒鱗粉で混乱させた後、ハンマービートルの膂力で押さえつけるというものだ。

 ハンマービートルに、耐性付与の魔法をかけることで暴走を抑えて指示通りに動かすつもりだったが、肝心のムルザが両断されてしまった。

 指示を出す者がいなくなった状況で、この二種類のモンスターはどう行動するのだろうか。


 イリュージョンモスが、ドラグソードの頭上を舞っている。

 予定通り毒鱗粉をばら撒く。

 ドラグソードが生物だったら、ここで毒に侵されて激しくもがいていただろう。

 しかし、ドラグソードはゴーレムの一種だ。

 状態異常の影響は受けない。

 だが、中にいるエバンスはどうだろうか?

 ドラグソードを作ったのは、魔術師でありながら錬金術師でもあるマクガソンだ。

 彼は、ドラグソードが、あらゆる環境で活動できるように設計していた。

 その中には当然、毒ガスが蔓延する状況も想定している。

 スフィアポッド内のエバンスの影響は、何かキラキラした物が舞っているなと思っているだけだ。

 マクガソンの想定通り、毒鱗粉に害されている様子はない。

 それに比べて、周りのモンスターは、ことごとく狂乱状態に陥っていく。

 凶暴性の増したラージアントが噛み付いてくる。

 じっとしていれば、たちまちのうちに全身にたかられるので、バルディッシュを振るい駆け回る。

 ラージアント相手に無双をしている中、ハンマービートルが両腕を振り上げて襲いかかる。

 猛烈な勢いで殴りかかるハンマービートルを、ドラグソードは間一髪でかわす。

 すれ違いざまにバルディッシュを振るい、攻撃を命中させる。


 ガキン


 金属同士がぶつかり合うような音がしてバルディッシュの刃が弾かれる。

 生身の人間が振るっていたのなら、手が痺れてバルディッシュを落としていたかもしれない。

 それほどまでに耳に響く音がした。

 操縦桿を握っていたエバンスも、衝撃が伝わったと錯覚してしまう。

 そのため、危うくバルディッシュを落としてしまいそうになる。

 落とさずに済んでホッとするが、それが隙となりハンマービートルがお返しの攻撃をしてくる。

 風が唸る鉄拳をドラグソードは、体を仰け反らせてかわす。

 そのまま身を翻して背後に回り込み、バルディッシュを背中に二度三度と連続で打ち込む。

 再び響く金属を叩くような耳が痛くなる音。

 今度も硬い外殻に弾かれる。

 ならばと、ジェネラルアントの時のように首筋を狙って刃を振るうが、やはり弾かれてしまう。

 何故だと疑問に思う暇もなくハンマービートルが、振り向きながら裏拳を放つ。

 動揺していたエバンスは反応が遅れて回避が間に合わない。

 しかし、バルディッシュの柄を滑り込ます事はできた。

 何とか右の裏拳を防ぐことはできたが、衝撃を受け止めきれずに殴り飛ばされてしまう。

 人間だったら10メートルぐらいの距離は転がされただろうか。

 エバンスは、何とか踏ん張って座席から放り出されないようにしたが、手足が限界に近づいてきている。

 ドラグソードは今、地面に大の字で倒れこんでいる。

 そこにすかさずラージアントが群がり、一斉に噛みつき始める。

 ハンマービートルも、後の始末をラージアントに任せる気はなく、止めを刺すために勢いよく近ずいてくる。

 ドラグソードを見下ろすことができる距離まで近づいたハンマービートルは両手を握りしめて頭上に掲げる。

 目眩を起こしていたエバンスだったが、群がるアリの隙間から、ハンマービートルが止めを刺そうとするのが見えたので、緊急回避を試みる。


 ズドン


 ハンマービートルの振り下ろした鉄拳が、土砂を巻き上げ衝撃波を放つ。

 その威力は、近くにいたラージアントが、軒並み吹き飛ぶほどだ。

 土煙が晴れると、陥没した地面がある。

 それだけで、今の一撃がどれほどの剛腕で行われたのかを物語っている。

 しかし、そこにはドラグソードの姿はない。

 ハンマービートルは、獲物を仕留めそこなったことに気づいてキョロキョロする。

 そこに風切り音とともに迫る物がある。


 ガキン


 金属同士がぶつかり合うような音が再びして、ハンマービートルの頭が下を向く。

 ドラグソードによる斬撃だ。

 魔力を注入して膂力を高めての一撃だったが、頭をかち割るまでには至らない。

「クソッ! さっきはかち割れたのに、なんでだ!」

 頭の装甲に必殺の一撃を弾かれたことにエバンスは悪態をつく。

 同じ武器を使って、同じように魔力を注いで力を高めたのにジェネラルアントの時と同じようにいかないことに、エバンスは苛立ちを覚える。

 ジェネラルアントとハンマービートル。二体とも硬い甲殻に覆われたモンスターだから、ジェネラルアントが倒せてハンマービートルが倒せないのはおかしいと思うかもしれない。

 だが、この二体との戦いには明確な違いがあることに、エバンスは気づいていない。

 違いとは何か、それはジェネラルアントは、すでにシスティアとの戦いでダメージを蓄積していたことだ。

 エバンスは、システィアが【ライトニングボルト】の魔法を放っているところを見てはいない。

 ドラグソードで駆けつけた時には、ソルジャーアントの群れに囲まれて苦戦しているように見えた。

 だから、ジェネラルアントが弱っていることに気づかなかった。

 それに対してハンマービートルはどうか。

 こちらは、呼び出されてすぐの戦闘だったので、元気一杯の状態だ。

 保有する魔力も消耗せずに万全の状態で、ドラグソードと対戦している。

 魔力を消費して能力を向上させるのは、ドラグソードの専売ではない。

 むしろ、モンスターが本能的に行っていることだ。

 バルディッシュの一撃が決まらないのも、甲殻の硬さだけでなく魔力によって防御力をあげているからだ。

 まだ、戦闘経験の浅いエバンスには、理解することができなかった。

「えい! クソッ!」

 一度の斬撃では倒せないので、躍起になって何度もバルディッシュをハンマービートルに叩き込む。

 だが、効いているようには見えない。

 虫型は、こういった反応が薄いのが困りものだ。

 何度目かの攻撃でバルディッシュが動かなくなる。

 どうしたことかと、目を皿のようにしてよく見ると。

 バルディッシュの肉厚の刃が、ハンマービートルの強靭な顎に挟まれていた。

「クソッタレめ!」

 エバンスは、力まかせに腕を振るい拘束を解こうとする。

 しかし、ビクともしない。


 ビシ


 顔を真っ赤にして奮闘している間に、バルディッシュから嫌な音がする。

 顎の力で、バルディッシュに亀裂が入ったのだ。

 このままでは、バルディッシュの刃が砕かれると思ったエバンスは、ドラグソードにさらなる力を込めさせる。

 だが、その前にハンマービートルの左手がバルディッシュの柄を掴む。

 ヤバイと思ったが一歩遅かった。

 ハンマービートルは、バルディッシュを噛み砕いた後、掴んでいた柄を引き寄せる。

 手を離す暇もなく引き寄せられたドラグソードに向かって、右の鉄拳が放たれる。


 ズガン


 激しく重い激突音。

 ハンマービートルの右腕は、ドラグソードの顔面へとのびている。

 衝撃で突き飛ばされるドラグソード。

 今度は、こちらの頭部がひしゃげたかと言うと、そんなことはない。

 ドラグソードの顔は、赤く光る左手のスモールシールドに守られている。

 エバンスは、本能的な操作で顔面の前に盾を差し込むことができた。

 咄嗟に魔力を通して防御力をあげたので、盾にへこみはない。

 エバンスは、このまま殴られた衝撃を利用して距離をとる。

 着地して一息入れようと思ったところで、背中から衝撃がきた。

 予期せぬ攻撃を受けたドラグソードは、受け身も取れずに地面に突っぷしてしまう。

 この攻撃で踏ん張ることができなくなったエバンスは、操縦席から転げ落ちる。

「イテテ」

 ぶつけた鼻を押さえて急いで座席に戻る。

 その折、何が起きたのかと見上げて見ると、高く飛んでいた何かが宙返りしながら、こちらに迫ってくるのが見えた。

 何だかわからないがヤバイと思ったエバンスは、転がりながら移動してから立ち上がる。

 急降下してきた物体は、今しがたまでドラグソードがいた場所の、地面スレスレで急上昇する。

 あのまま不用意に立ち上がっていたら、また突撃を食らっていただろう。

 二度目の攻撃がかわされた飛行体は、旋回してこちらに迫ってくる。

 エバンスは、ドラグソードを跳躍させて距離をとる。

 ハンマービートルと、飛行体のどちらからも。

 飛行体の正体を見定めるためにも、ハンマービートルが側にいたのではままならない。

 幸い、二つの敵の速度には差がある。

 飛行体の方が、先にこちらに近づく。

 これならじっくり観察できる。

 移動し続けるのを忘れずに、後ろから迫る敵を意識してギリギリでかわす。

 すれ違いざまに、相手の正体を確かめる。

 何ものかとわかった瞬間に、背後にまた衝撃がくる。

 ハンマービートルとは、充分距離が離れている。

 どこかにもう一体隠れていたのかというと、そうではない。

 正体が分かったから言える。

 最初から二体いた。

 ただ、直列に並んでいただけだ。

 それが暗がりのせいで一体にしか見えなかっただけだ。

 エバンスが見定めた相手の正体は、大きな蛾だ。

 ハンマービートルと共に呼び出されたイリュージョンモスが、襲撃者の正体だ。

 今まで上空で毒鱗粉を撒いていたイリュージョンモスだったが、効果が無いようだったので戦術を変えたのだ。

 不意の攻撃を二度食らったが、ダメージは大したことはない。

 だが、煩わしい。

 極度の緊張を強いられる戦闘において、イリュージョンモスの存在は大変な脅威になる。

 連携して牽制し、ハンマービートルの必殺の一撃を誘導されるかもしれない。

 そうなれば、いくらドラグソードでも全壊は免れないだろう。

 焦りが出てくるが、エバンスは深呼吸する。

 ピンチの時ほど落ち着くことの大切さを、父であるジェイコブから教えられていたからだ。

 まず、エバンスが確認すべきは武器の有無だ。

 バルディッシュは、刃が砕かれた後、その辺に放り出された。

 回収は無理だろう。

 だからといってステゴロになるかと言えば、そんなことはない。

 ドラグソードの大腿部には、予備の武器としてシミターが一振りづつ装備されている。

 まずは、それを抜く。

 ドラグソードは二刀流の構えをとる。

 一見すると落ち着いているように見えるが、内心では不安になっている。

 バルディッシュの重い一撃を弾いた相手に、それよりも軽いシミターの攻撃が通じるのかという思いがある。

 だが、迷っている暇はない。ドラグソードを作った祖父と職人達を信じて覚悟を決める。

 こちらに一直線に向かってくるハンマービートルに対してエバンスは、側面に回り込むような動きをする。

 ハンマービートルは、それに対応するかのように体を旋回している。

 エバンスの意識は、目の前のハンマービートルだけでなく後ろから迫り来るものにも向いている。

 正面のハンマービートルと、後方のイリュージョンモス両方の距離を測りながら徐々に正面の敵に近ずく。

 後ろから来るイリュージョンモスが充分近ずいたと感じた瞬間、ドラグソードを加速させる。

 ハンマービートルは、一瞬反応が遅れたが拳を振り上げる。

 目一杯引き絞られた弓のようになったところで、ドラグソードが目の前に踏み込む。

 背後には、二匹のイリュージョンモスが、羽の模様がはっきり見えるくらいにまで近づいている。

 低い姿勢で駆けていたドラグソードは、押さえつけられたバネのように飛び上がり、竜巻きのように体を旋回させる。

 星の明かりの中で、二振りのシミターが幻想的にきらめく。

 空中で一回転してドラグソードは着地する。

 遅れてハンマービートルの拳が、空振りして大地を叩いて振動させる。

 着地の衝撃で、座席から跳ね飛ばされないよう踏ん張っていたエバンスは、いち早く態勢を整える。

 振り向いて、ハンマービートルへと剣を構える。

 シミターを振り抜いた瞬間に、手応えはあった気がする。

 だが、硬いものを切ったという感触はなかった。

 バターか、チーズを切ったような手応えだった。

 ひょっとしたら、ハンマービートルには空振りして、イリュージョンモスしか切りつけていないかもと不安になる。

 だとしたらカッコ悪いと思い始めたところで結果が出た。

 今まで飛び続けていた二匹のイリュージョンモスが、体を両断されて墜落する。

 続いて、拳を振り下ろしていたハンマービートルの首が落ちた。

 そのまま、糸の切れた操り人形のように倒れこむ。

 ダメ元だったが、狙い通りに三体のモンスターを一気に仕留めることができた。

 思ったより呆気ない結果に終わったことにエバンスは、残心も忘れて呆然となる。

 エバンスにとって、両手にあるシミターは予備兵装程度にしか思っていなかった。

 それが、これほどの切れ味を誇るとは、間抜けな顔になるくらい驚いていた。

 重いバルディッシュで叩き斬ることが出来なかったのに、それより軽いシミターでなぜ硬い甲殻を持つ相手を切り裂けたのか。

 それには、もちろん理由がある。

 バルディッシュは、この地で取れた良質の鋼を鍛えて作られたものだが、シミターは違う。

 ドラグソードの装備するシミターは、邪竜の牙でできている。

【ファングシミター】と名付けられた双剣は、マクガソンの錬金術と、ダンバルの鍛治の技で作られた、まさに至高の一品だった。

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