第9話 ドラグソード 初陣
洞窟の奥から、赤い光が揺らめく。
光は地響きと共に出口に近づいてくる。
地響きをあげていたものが、洞窟から出てきた。
少し身をかがめた小走りで。
全身が黒ずくめで、フルフェイスの兜を被り胸甲を身につけた巨人が。
満面の星空の下、マギウスコロッサス ドラグソードは初めて外の空気に触れた。
外に出たエバンスは、ここまでの乗り心地と操作性を振り返る。
工房の中は、所狭しと物が置いてあったので、本来の広さより狭く感じた。
そのため、人や機材を踏まないように注意深く進んだ。
スフィアポッドの中からは、360度あらゆる方角の光景を見ることができたので、足元もしっかり見ることができた。
機体への意志の伝達もスムーズにおこなえたので、何かを踏み潰すことはなかった。
ここまで歩いての乗り心地も悪くはないと思った。
座っているイスの質が良いのもあるが、大した振動は感じなかった。
ドラグソードの背が、洞窟よりやや高かったため、屈んで歩くことになった。
そのような状態になったとしても、スフィアポッドは地面に対して水平になるようにできているので、体が傾くことはなかった。
ならば後は、真っ直ぐ戦場に向かうノミだが、町は今避難の真っ最中である。
このまま町を突っ切れば、避難している人を驚かせて混乱させてしまう。
これから町を救うために出撃するのに、そんなことになったら本末転倒だ。
何とか人のいない所を進んで行きたいが、夜闇に包まれた今の状況では難しいだろう。
そのように考えるエバンスのためか、外を映す光景に変化が現れ始める。
地面のあちらこちらに、赤い光が灯り始めたのだ。
何が起こったのか不思議に思うと、【竜の導き】から情報が伝えられる。
「そうか、あれは生きている人間を、示しているんだ!」
理解したエバンスは、早速ドラグソード操って人気の無い道筋を走らせた。
強固な外壁が見えてきた。
安全のために遠回りをしたが、巨人の歩幅なら大した遅れにはならなかったようだ。
この辺りなら、すでに住民も避難していると思い、広い通りに出て全力で走ることにする。
思ったとおりメインストリートには、人っ子一人いない。
これで全力で走れる。
正面を見据えて、さらに加速をしようとしたところで、赤い光が灯っているのに気づいた、
命あるものを示す、赤い光だ。
工房に行くのに手間取って時間を取られているうちに、外壁が破られたようだ。
無数の赤い光が、こちらに向かってくる。
ラージアントの大群だ。
こちらに気づいて襲ってくる。
エバンスは、速度を緩めず思いっきり突っ込む。
ラージアントの群れが目前まで迫ったところで、バルディッシュを振り上げる。
下段から上段への掬い上げるような攻撃で、何体かのラージアントが叩き斬られながら宙を舞う。
一度では立ち止まらず、連続で切りつけながら前へと進む。
夢中で連続斬りをしていると、一際大きなアリ型モンスターが見えてくる。
ラージアントジェネラルだ。
バルディッシュを振り上げるドラグソードが近ずくが気づかない。
ジェイコブ達と戦っているからだ。
ジェネラルは、ソルジャーの群れと共にジェイコブ達を取り囲んでいる。
どちらも強敵となるモンスターだが、ジェイコブの神剣と、システィアの魔法のおかげで蹂躙されずにすんでいた。。
だが、それもいつまで続くかわからない。
ジェネラルは、すでに一度システィアの魔法を受けている。
無傷ということはないが、致命の一撃とまではいかなかった。
もう一撃当てることができれば倒せるかもしれないが、それまでに敵の連携攻撃を凌げるかはわからない。
そのような状況でドラグソードは現れ、ジェネラルの脳天にバルディッシュを振り下ろす。
ガキーン
金属同士がぶつかり合うような、激しい衝撃音。
耳をつんざく轟音が鳴り響いた後には、頭をかち割られたジェネラルアントの姿があった。
しかし、まだ死んでいない。
頭をひしゃげさせたジェネラルは、強靭な生命力を見せて鉤爪で切り裂こうとする。
だが、その動きのは、先ほどまでの獰猛さは無く、ぎこちなくてかすかに震えていた。
ここで追撃をかければ、すぐにでも倒せるのは一目瞭然だ。
だが、ドラグソードは動かない。
いや、動けないでいた。
なぜなら、スフィアポッドの中でエバンスは、ひっくり返っていたからだ。
ドラグソードの座席には、操縦者を固定するための機能がついていなかった。
マクガソンは、試運転は歩かせる程度のことしかしていない。
そのため、激しい動きをした時の、操縦者への負荷がわかっていなかった。
馬車に乗った経験から、移動すれば揺れるということはわかっていた。
なので、振動に関しては対策していた。
しかし、慣性というものを理解していなかったため、急停止した時に座席から転がり落ちてしまった。
「いてて」
エバンスは、腰を押さえて立ち上がる。
幸い頭をぶつけることはなかったようだ。
体が一回転して、背中から落ちるにとどまった。
コアにぶつからなかったのが不幸中の幸いだったが、そこまで考える余裕は、今のエバンスにはなかった。
気を失いそうになったが、気合いで持ちこたえる。
戦闘はまだ続いているのだ。
気合いを入れ直して、再び座席に座る。
正面には、頭の潰れたジェネラルが、死にそうだが一死報いようと爪を伸ばしている。
周りのソルジャー達も、標的をジェイコブ達からドラグソードへと移している。
エバンスは、グロテスクになったジェネラルなど意に介することなく、ドラグソードを再び操縦し始める。
頭にめり込んでいたバルディッシュを引っこ抜くと、そのままジェネラルの首を落とす。
生命力を表す赤い光が、ジェネラルから消えていく。
残心していたエバンスは、相手はもう動かないと確信し、続けてソルジャーを蹴散らす。
人間だったら苦戦する相手も、大きさの違うドラグソードなら苦もなく殲滅していく。
だが、ムルザの従えるモンスターは、これだけではない。
ウインドマンティスが風の刃を放ち、ハウリングクリケットが破壊音波をぶつけてくる。
三方向からの激しい攻撃を、ドラグソードは身を捻って間一髪でかわす。
勢いそのままに、立ち止まることなくウインドマンティスへと駆け寄っていく。
ウインドマンティスが、再びカマを振り上げる。
そのまま振り下ろして風の刃を放とうとするが、ドラグソードが必殺の間合いに入る方が、はるかに速い。
ザシュ
壁の上にいたウィンドマンティスだったが、ドラグソードの身長と跳躍、バルディッシュの間合いの長さが相まって刃が届く。
ジェネラルアントほどの抵抗感もなく、ウインドマンティスの体は両断された。
切り飛ばされたウィンドマンティスの体が地面に落ちると同時に、ドラグソードも着地する。
衝撃に襲われるが、今度は転げ落ちることはなかった。
慣性と衝撃に備えて手足を踏ん張らせていたのだ。
くると分かっていれば備えることができる。
体に高い負荷がかかるが、今はランナーズハイで気にならない。
血に飢えた獣のような顔で笑うエバンスは、次の獲物を探し求める。
狙う相手は当然、ウィンドマンティスとともに攻撃してきたハウリングクリッケットだけだ。
ハウリングクリケットは、召喚されてからずっと動かずにいた。
積極的に動くより、迎え撃つ方が有利だと分かっているかのようだ。
ドラグソードがバルディッシュを構えて前に出る。
威嚇の羽音を鳴らす二体のハウリングクリケット。
壁の外側にいるハウリングクリケットに近ずくルートは限定されている。
門を通るか、開けられた穴を通るか、それとも壁を登るかだ。
どのルートを通っても、途中で音波攻撃を浴びせられてしまう。
エバンスは、目の前のモンスターに関しては何も知らない。
だが、目に見えない得体の知れない攻撃をしてくる敵だというのは、先ほどの攻防で理解した。
最初の攻撃を避けられたのは、運が良かったからだとしか言いようがなかった。
威嚇音を発し続ける相手を見て、どう攻めるかしばらく考える。
「めんどくせぇ!」
考えても答えの出なかったエバンスは、当たって砕けろの精神になり、正面から突撃する。
バカ正直にドラグソードが突っ込んで来たので、ハウリングクリケットは容赦なく音波攻撃を炸裂させる。
がむしゃらに突き進むエバンスは、左腕のスモールシールドを前面に出す。
敵の攻撃を防ぐには頼りなく見える小盾に、音の凶器がぶつかる。
ドラグソードの動きが止まる。
音の圧力に捕まったのだ。
ドラグソードの姿がぶれて見え始める。
破壊音波により、体が振動しているのだ。
このままだと、先のストーンゴーレムのように全身に亀裂が入り、やがて崩れてしまうだろう。
側で見ていた誰もが、ドラグソードが破壊されてしまい人類が敗北するのを予想してしまう。
だが、そうはならなかった。
左腕のスモールシールドが発行して、魔力障壁が展開される。
半球状の赤く透き通った壁が、破壊音波から身を守る。
ザッ ザッ
ドラグソードが、一歩前に出る。
攻撃は防げても圧力は残っている。
強烈な、後ろへと押しもどそうとする力に抗いながらドラグソードは全身する。
細長い手足をした機体は、一見すると華奢に見えるが、ジェネラルアントの頭をかち割るぐらいの力はある。
見た目以上の力を出すためにエバンスは、強く握った操縦桿から魔力を流す。
ドラグソードは、機体に流す魔力量によって膂力を高めることができる。
腕と足が少し膨らんだドラグソードは、前進する力が上がり外壁を越えようとする。
しかし、ハウリングクリケットは二体いる。
壁を超えれば、もう一体の個体が側面から破壊音波をぶつけてくるだろう。
ドラグソードの魔力障壁は、これ以上広げることはできない。
だから、エバンスは、やりたくなかったことをあえてやる。
後一歩で壁を超えるというところで、身を沈めて一瞬溜める。
力を溜めた脚で大地を蹴って前に出る。
それと同時に、側面からの音波攻撃が浴びせられる。
だから、二歩目は前に進まず跳躍した。
地面に足跡がつくくらいに飛び上がり、空中で身を翻してハウリングクリケットの背後に着地する。
同時に落下の勢いを乗せた一撃をお見舞いする。
ジェネラルアントのような硬い体をしていないハウリングクリケットは、充分な威力の乗った斬撃を浴びて破裂したかのようになって絶命した。
「クッ!」
スフィアポッドの中のエバンスは、苦悶の表情を浮かべながら踏ん張っている。
スフィアポッドの中は、地面に対して水平になるようにできている。
なので、空中一回転してもシェイクされることはないと思って賭けに出た。
賭けには、半分は勝った。
身を捻っても、座席から転げ落ちることはなかったのだから。
問題は着地だった。
着地した時の衝撃が和らぐように心がけたが、うまくいかずに激しい衝撃に見舞われた。
ものすごい力で踏ん張ったので、再び転げ落ちることはなかった。
舌を噛みそうになったが、大丈夫だ。
しかし、無事を安堵する余裕はない。
強敵は、もう一匹残っている
しかし、二匹目のハウリングクリケットは、まだこちらを見失っている。
エバンスは、衝撃でおこった目眩から根性で立ち直り、ドラグソードを走らせる。
ザシュ
ハウリングクリケットが、再び破壊音波を放つ暇を与えずにバルディッシュで斬りつける。
見事一撃で撃破することができた。
こうなれば、後はラージアントのワーカーのみ。
敷き詰められた絨毯のように沢山いるが、ドラグソードの敵ではない。
その証拠に、バルディッシュの一振りで、十匹以上が宙に舞いながら両断されて行く。
数が多すぎて取り逃がすことはあるが、壁の内側にはジェイコブたちがいるから問題はないだろう。
祖父が負傷して生死不明の状態になっていることには気づいていないが、ジェイコブ達のことを信じて掃討戦を行う。
ドラグソードの初陣で、心身共に疲れているが、ここで気を抜くことはできない。
戦闘での高揚感が解けたら泥のように眠ってしまう気がするからだ。
だから、気を引き締めてバルディッシュを振るう。
ワーカーアントを流れ作業のように屠っていると、【竜の導き】が警告をするかのように何かを感知したのを知らせてくる。
【竜の導きが】が示す方向に向きを変えると、生命力を表す赤い灯火の一つが、異様に大きな輝きを放っているのが見えた。
何事かと訝しんでいると、【竜の導き】から情報が流れ込んでくる。
魔力の急激な上昇を感知したと。
それを知ったエバンスは、何者かが魔法を使おうとしているのだと理解する。
反応のある場所を凝視する。
人と思われる存在が、ラージアントの上に乗っているように見える。
これはどう見ても、今回の襲撃の首謀者だろうとエバンスは思った。
だとすれば、このまま魔法を使わせるのはまずいと思い、バルディッシュを振りかぶってダッシュする。
間合いに入った途端に、バルディッシュを振り下ろして一刀両断する。
標的は、ラージアントより小さいが確かな手応えを感じた。
だが、踏み込みが一瞬遅かった。
謎の首謀者に刃が届くのが数秒遅れたために、敵対的な術を発動させてしまう。
空中に二つと、地面に一つの魔法陣が浮き上がる。
禍々しく赤く光る魔法陣から、置き土産とも言えるモンスターが出現した。
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