第8話 ドラグソード 出撃

 システィアとジェイコブが外壁に向かっていた頃、エバンスは王妃達を連れてドラグソードのある工房へと向かっていた。

 一行は急いでいるが、歩みは遅かった。

 なぜなら、町の中は人でごった返していたからだ。

 外壁から角笛が聞こえたら鉱山へ避難する。

 マクガソンが町長だった時に築き上げた体制だ。

 そのため、我先にと避難所へ向かう人の波で、進むに進めなかった。

 自警団の人間が出て来て交通整理をしようとするが、うまくいってないようだ。

「おう、ボウズじゃないか」

 悪戦苦闘しながら進んでいるエバンスの後ろから、声をかける人物が現れる。

 場所は、宿屋兼、町一番の酒場もやっている【鉄獅子亭】だ。

 呼び止めた男は、町中なのにヘルメットを被っている。

 片手に酒ビンを持ち、無精ヒゲをはやしている。

 背はエバンスより低く、体格はとてもガッチリしている。

「親方!」

 彼のことを、エバンスはよく知っていた。

 名前はダンバル。

 鍛治工房の親方をしている。

 物心ついた頃には、よく家に来ていた。

 家に訪れては、マクガソンと何やら議論しているところをよく見ていた。

 そういう日は、必ず夕飯を食べて泊まりこむ。

 そういった関係で、エバンスと妹のアンナは、よく可愛がってもらった。

 ダンバルは、人族ではなくドワーフである。

 ギガンテス帝国の、さらに南にあるドワーフの国からきた遍歴職人だ。

 エバンスが生まれるずっと前から、アンチブンの町にたどり着いて定住している。

「どうした。何かあったか?」

 緊急事態なのに、のんびりしている姿に呆れてしまう。

「あれが聞こえないの? 敵襲だよ!」

 エバンスに言われてダンバルは、初めて襲撃を知らせる角笛に気づいた。

「だったら、お前こんなところで何をしているんだ?」

「オレはじいちゃんに頼まれて、お客さんを避難場所に連れて行くんだよ」

 それに付け加えて、ドラグソードを出撃させるように言われている。

 しかし、ダンバルがどの程度知っているのかわからないので黙っておく。

 なぜなら、ドラグソードは、この地で作られた秘密兵器なのだから。

「ふむ。なるほど」

 話を聞いたダンバルは、エバンスの首元にある【竜の導き】を見て、何やら納得した顔になる。

「よし、ボウズ。こっちに来い!」

 ダンバルは、今まで呑んだくれていた酒場へと、エバンスに来るように促す。

 言われたエバンスは、どうするべきか悩んでしまう。

 酒ビンを持っているダンバルが、とてもシラフには見えないからだ。

 いくらドワーフが、人族より酒が強い種族だとしても、酔っ払いには絡まれたくはない。

 それでも、祖父の友人の誘いは無下には断るわけにはいかない。

 エバンスが心の中で葛藤していると、後ろから肩をたたかれる。

 どうしたことかと振り向くと、母親のエミリーが側にいた。

「あの人は大丈夫よ」

 エミリーに諭されるように言われて決意する。

 きっとダンバルも、マクガソンとの付き合いが長いから【竜の剣計画】にも関わっているだろうと当たりをつける。

 決断したエバンスは、迷いなく【鉄獅子亭】へと入って行く。

 しかし、入って早々後悔する。

【鉄獅子亭】の中は、10人以上の屈強そうな男達が酔い潰れていた。

「おまえら、おきろ! 仕事だ!」

 ダンバルは、死屍累々となっている男達を、乱暴に起こして行く。

「まったく。最近若い連中は、だらしねぇ」

 拳を使って起こされた男達が、頭をさすりながら立ち上がる。

 顔色を見ると、酔いも吹き飛んだようだ。

「なに、アレが出来上がった記念に金と休みをもらえたから、飲んでいただけだ」

 なにがあったのか詰問して来そうな眼差しを向けられたダンバルだが、悪びれることもなく答える。

 ダンバルの答えに呆れ顔になるエバンスだったが、言葉に含まれた意味に気づいてハッとなる。

 エバンスの表情の変化を見てダンバルは満足した顔になり、首にある【竜の導き】を迷いなく指さす。

「そいつをつけているってことは、出すんだろ?」

 疑問ではなく、確認する顔で尋ねるダンバル。

 力強くうなずいたエバンスは、ダンバルもまた【竜の剣計画】に関わっていることを確信する。

「お前ら、例の道を使って工房に行くぞ!」

 子供に見せられない酔っ払いは、すでに全員頼もしい職人になっていた。

 ダンバルの拳骨は、とても良い酔い覚ましになったようだ。

「店主。アレを使わせてもらうぜ!」

 不敵な笑みを浮かべて店主の許可をもらったダンバルは、我が物顔で店の奥へと進んで行く。

 店主は、一瞬驚いた顔になるが、すぐにため息をついて諦めた顔で見送る。

 ダンバルに続いて、職人達も素通りされる。

 エバンス達は、この様子を呆気にとられた顔で見ている。

「おう、速くこっち来いや」

 呆然と見送ってしまったところで、ダンバルの怒鳴り声が響く。

 正気に戻ったエバンスは、慌てて後を追う。

 追いかけてたどり着いたのは、店の地下倉庫。

 ダンバルは、一番奥をガサゴソと弄っている。

「確かここいらへんに…。よし、あったぞ!」

 倉庫の物資を掻き分けて出て来たのは、一枚の扉。

 それなりの広さのある地下倉庫に、何のために扉があるのか分からなかった。

 氷室でもあるのかなと思い始めたところでダンバルが扉を開ける。

 中は予想に反して一本道が続いているだけだ。

 狐につままれた顔になりながらも、これは何かと尋ねてみる。

「フッ。こんなこともあろうかと思って作っておいた工房までの抜け道だ!」

 イタズラの成功した子供のような顔をして、とんでも無い事を言うダンバル。

 話によるとダンバルは、【鉄獅子亭】の酒が気に入って常宿にしていた。

 ある日、ダンバルの飲みっぷりを見ていた先代の店主が言ってきた。

『自分は、町一番の大酒飲みと言われている。一度同じ大酒飲みとされているドワーフと飲み比べがしたい』と。

 もちろんダンバルは、心地よく引き受けた。

 いくら大酒飲みと言われても、人族がドワーフに勝てるわけないと思って。

 事実勝った。

 先代は、なかなかの酒飲みだったが、ダンバルの方が一枚上手だった。

 この時、負けた方は勝った方の頼みを一つ聞くという賭けをした。

 勝ったダンバルは、酒の飲み放題を頼むようなことはせず、この地下道を作らせてもらうことにした。

 思っていたのとは違う頼みだったが、先代店主は渋々ながら了承した。

 ただし、事前に様々な条件がつけられた。

 店のお金と人手は絶対出さない。

 他の客の迷惑にはならないといったことだ。

 条件を飲んだダンバルは、一人でコツコツと、時には工房の弟子に手伝わせながら作り続けた。

 おかげで完成まで10年以上かかってしまった。

「どうだ、すごいだろう!」

 ここまでの話をダンバルは、地下通路の道中で豪快に笑いながら話した。

 愉快な顔をしているダンバルに反して、エバンスは呆れた顔をしていた。

 なぜ、祖父に内緒にして地下道を作ったのか、まったく理解できなかったからだ。

「ガハハハ。そんなものは決まっているだろ!」

 エバンスの疑問にダンバルは、悪びれることもなく当然のように答える。

「そのほうが、かっこいいからだ」

 返ってきたのは、予想外にとんでもない答えであり、空いた口が塞がらない答えだった。

「おっ。出口だな」

 エバンスが呆気にとられているうちに出口についたようだが、正面は行き止まりにしか見えない。

 しかし、暗がりでよく見えなかったが、灯りで照らされるとハシゴがあるのがわかる。

 どうやらここから上に登るようだ。

「むっ。クソッ!」

 ハシゴを登ったダンバルが、上の戸を開けようとするが開かない。


 ガコ ガコ ドゴン


 苛立ちに任せて何度か叩いていると、すごい音がしてから開いた。

「まったく。上に物をのせるなって言ったのによ!」

 ダンバルは愚痴をこぼしながら戸をくぐる。

 その後、何かを動かす音が聞こえてくる。

「いいぞ。上がって来い」

 ダンバルの言葉にハシゴを登る。

 出てきたのは、こぢんまりとした部屋の中。

 周りには、木箱や中身の詰まった麻袋なんかが、たくさん置いてある。

 どうやら出口の上に、これらが置かれていたようだ。

 ダンバルがドワーフで、人族より力があったから開けられたのだろう。

 急ぎ足で部屋から出ると、そこは森の中。

 どうやら、ひっそりと佇む山小屋の中にいたようだ。

 夜の森は、方角もわからず危険だが、ダンバルは構わず進んで行く。

 ついて行って大丈夫なのかと心配になるが、杞憂に終わるくらいすぐに森を抜けることができた。

 目の前には、ゴーレムの番人が立っている洞窟の入り口があるので、目的の場所にたどり着いたのがわかる。

「見ろ、あれが工房の入り口だ!」

 入り口を指さすダンバルは、イタズラに成功した悪ガキのように笑った。


 洞窟に入った一同は、再び長い距離を歩くことになる。

 王妃とディアマンテ王子は気丈な顔でついてきているが、アンナとジュリアは限界なのか職人たちに背負ってもらっていた。

 そのためか、目的地に着いた一行は疲れ果ててしまったが、そこにある物を見て絶句してしまう。

 洞窟の最奥に立つ黒鉄の巨人は、見る者に畏怖の念を抱かせるのに十分な迫力がある。

 昼間に一度見ていたエバンスも、それは同じだ。

 平伏したくなるような不気味さを感じているが、早く乗りこなしたいという高揚感もある。

 むしろ、今は気味が悪いという感情よりも、好奇心と高揚感のほうが上回っていた。

「おう、ボサッとしてないでささっと乗り込め!」

 神秘の異形に、うっかり見惚れていたら、ダンバルに怒鳴られてしまった。

 気を取り直したエバンスは、急いで櫓を駆け上がった。

 息を乱しながらドラグソードの前に立つ。

 だが、それだけでは入り口は開かれない。

 どうやって乗り込めばいいのか思い出す。

 まずは、チョーカーの宝玉に触れて見た。

 その後は、呪文のようなものを唱えていたはずだが、何を言っていたかまでは思い出せない。

 あの時は、ドラグソードに見惚れていたし、長話も聞き流していた。

 さらには、マクガソンの声も小さかったような気がする。

 そのため、あの時の合言葉が、どうしても思い出せない。

「『竜の導きよ、道を示せ』だ!」

 眉間にシワを寄せていると、横からいらついた声がしてきた。

 驚いて顔を向けると、ダンバルがいた。

「いいから、とっとと唱えろ!」

「あっ、はい」

 ドラグソードの前で考え込んでいる姿に見かねたようだ。

 ダンバルは、工房主なので胸部装甲の開閉システムも携わっていた。

 だから、合言葉も知っていた。

 無事に合言葉を知ることができたエバンスは、仕切り直すためにも深呼吸する。

 気分を落ち着かせてから、改めてドラグソードを見る。

 鋭い眼差しを向けるだけで、気分が高揚してきたので、溢れる想いのままに合言葉を叫んだ。

「竜の導きよ、道を示せ!」

 宝玉が輝き、昼に見た時のように扉は開かれる。

 入り口の先は暗闇になっており、物語にある迷宮を思い出す。

 しかし、今のエバンスは、迷いも怯えも見せることなく中へと滑りこむ。

 エバンスが中に入るとともに、明かりが灯る。

 それにより、自分が球状の空間にいることに気づくとともに、【竜の導き】から情報が流れ込む。

 自分の頭に、直接情報が流れ込んでくる感覚に目眩を感じたが、すぐに慣れて内部を見回す。

 まずは、自分がいる操縦席のある空間が、【スフィアポッド】という名称なのがわかった。

 目の前には、座席が前後に二つある。

 後部座席は一段高い位置に作られている。

 エバンスが座るのは、前の座席だ。

 座席に座ると、足元から何かが浮かび上がってくる。

 中央に魔術文字の書かれた金の円盤。

 上下には、血のように赤い円錐状の物体が取り付けられている。

 これは、ドラグソードの心臓と言うべき物。

 邪竜の魔結晶を加工して作られた、ゴーレムコアならぬマギウスコアだ。

 エバンスは、人の頭ほどの大きさのあるマギウスコアに触れて、魔力をなしこむ。

 ドラグソードの心臓に火が灯る。

 それにより外見にも変化が現れる。

 兜のスリットから赤い光が溢れ出す。

 スフィアポッドの中も同時に変化が現れる。

 球状の壁面の全周囲に外の光景が映し出される。

「よし、拘束をはずすぞ!」

 起動をしたのを確認したダンバルが、大声をあげる。

 職人たちは、櫓に取り付いて掛け声に合わせてハンドルを回し、レバーを操作していく。

 ドラグソードの拘束が、下半身から順に外されていく。

 その間にエバンスは、武装の確認をしていく。

 左腕には、スモールシールドが固定されている。

 大腿部には、シミターが一本づつ装備されている。

 拘束が解除されたことを確認したエバンスは、操縦桿を握って右腕を動かす。

 右腕が、櫓に取り付けられた物を握る。

 ドラグソードが握ったのは、三日月型の刃のついた戦斧、バルディッシュだ。

 これが、ドラグソードのメインウエポンになる。

 今ある武器を装備させたエバンスは、足踏板ゆっくりと踏み込ませて歩かせる。

 操縦席の周りの設備は、どうすれば操縦者の意思が機体に伝わるのかを考察した成果だ。

 マクガソンの計算が正しければ、これが一番操縦しやすいことになる。

「すごい。すごいですよ母上!」

 ドラグソードが動き出すのを見てディアマンテ王子は、男の子らしくはしゃぎ回る。

「あれが希望?」

 パトリシア王妃は、システィアの言葉を思い出す。

 あれが彼女の言う希望なのだろうか?

 確かにゆっくりと歩き出す黒鉄の巨人には、頼もしさを感じる。

 それと同時に、魂を寒からしめる畏怖の気持ちも抱かせた。

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