第6話 アンチブンの攻防①

 ムルザの操る妖蟲軍団が、怒涛の進撃を開始する。

 軍勢の先頭は、ムルザの乗る三本角のカブトムシ。トライホーンビートルだ。

 左右には、大人の倍の大きさがあるジャイアントマンティス。

 歩兵のように地面を覆い尽くすほどいるのは、大人の背丈と同じくらいの全長を持つラージアントだ。


 ブオー


 寝た子を起こすほどの地響きを立てて進んでいるので、当然見張りに気づかれる。

 襲撃を知らせる角笛が鳴り響き、すぐさま臨戦体制となる。

 門を守るそれぞれのゴーレムも、両腕を広げて身構える。

 こちらを迎え討たんとする町の守備を見ても、ムルザに恐れや焦りの感情は見られない。

 逆に、喜んでぶつかり合おうとしている。

 自分の率いる軍勢の力に、絶対の自信があるようだ。


 ヒュン ヒュン ヒュン


 進軍して距離が半分まで詰まったところで、何かが飛んでくる。

気にも止めることなく進み続けると、飛翔物は早駆けする蟲に次々と突き刺さっていく。

 何が起こったのかと余所見をしていると、風切り音が迫ってくる。


 ドス


 隙をついたのか、それとも偶然なのか、飛んできた物はムルザの体に突き刺さった。

「うおっ!」

 呻き声を上げて体がよろける。

 このまま落馬ならぬ落蟲するのかと思われたが、なんとか踏みとどまる。

「なんだってんだ!?」

 虚ろな表情は変わらずに、長くのびた舌だけが何があったのかと己の腹に向いている。

 ムルザの腹には矢が刺さっている。

 それも、ロングボウから放たれる物よりも、長くて太い物が。

 ムルザの舌が、外壁の上を向く。

 夜の帳でわからなかったが、バリスタが並んでいる。

 黒鉄の盾がついたバリスタが、がむしゃらに矢を放ち続けている。

 ムルザの腹に刺さったのは、バリスタの矢のようだ。

 普通なら死んでいるはずなのだが、答えた様子もなくしっかりとした足腰で立っている。

 ムルザの舌も、相変わらず壁の上を見ている。

 すると、矢弾以外のものが、打ち出されていることに気づく。

 黒い塊のような物が、壁の向こう側から飛ばし続けられている。

 実は、外壁の内側にはカタパルトが設置されており、投石を繰り返していた。

 マクガソンが、町長勤めていた時に設置された備えは、敵の先制を凌いだ。

 これなら門に激突しても、一撃で壊されることはないだろう。

 軍勢の中で一番足の速いジャイアントマンティスが、門の前にたどり着く。

 以外と体が細いのと、暗がりのために矢弾も投石も当たらずかわしている。

 ジャイアントマンティスが、門を切り裂こうと両腕のカマを振り上げる。

 このまま門をみじん切りにしようかというところで、アイアンゴーレムに阻まれる。

 屈強な戦士でも一瞬で輪切りにできるカマも、全身鋼鉄のゴーレムには通じない。

 二体目のジャイアントマンティスも、同様にアイアンゴーレムと取っ組み合いを始めている。

 続いて、ラージアントの大群がやってくるが、途中の射撃で数を減らされているか、弱らされている。

 外壁までたどり着いた個体もいるが、無傷のものはおらず、矢が刺さったり体がデコボコになっている。

 そこをストーンゴーレムが暴れまわって追い討ちをかける。

 初戦は、マクガソンの下準備が功を奏し有利に働いている。

 魔術師を増やす暇はなかったが、ゴーレムの使い手を増やすことはできた。

 今、攻めている敵も、ゴーレムと相性が良さそうなので犠牲も出ずに戦えている。

 だが、油断はできない。

 アイアンゴーレムを傷つけられないジャイアントマンティスが、殴り飛ばされ体が変なふうに曲がったとしてもだ。

 ラージアントは、絨毯を敷き詰めたようにまだまだたくさんいる。

 トライホーンビートルも、バリスタの矢が刺さりハリネズミのようになっても、進むのをやめなかった。

 バリスタとカタパルトの弾も無限ではないので、いつかはなくなる。

 その前に敵を撃退できるか、それとも力尽きるかのチキンレースは、まだ始まったばかりだ。


 思ったほどの勢いのないままに、トライホーンビートルが門にぶつかった。

 激しい衝突音がして門が歪んで、外壁が大いに揺れる。

 壁の上にいる人間が転倒するがけが人はいないし、下に落ちたものもいない。

 門に激突したトライホーンビートルは、門を突き破ることができずに足を止めている。

 方向転換ができない状態なので、後はゴーレムに殴り飛ばされるだけの的でしかなかった。

 トライホーンビートルは、もうダメだと思ったムルザは急いで跳び下りる。

 ラージアントの上に着地したが、その姿には先ほどまでの勇壮さや威厳といったものは感じられなかった。

「クククククッ」

 緒戦で苦戦するムルザだったが、口から漏れる笑い声は、ヤケクソや気が触れた物ではない。

 素直に感心し賞賛しているように聞こえる。

「認めるしかないですね。たかが小国の辺境にある田舎だと思って侮っていたことを」

 ムルザの言葉に、悔しさや負け惜しみといった感情は感じられない。

 どちらかというと、思わぬ強敵に出会えたことを喜んでいるようだ。

 腹にバリスタの矢が刺さっていることなど忘れているかのように。

「では、お見せしよう。人族の拠点をいくつも潰してきた、私の真の精鋭を!」

 そう言うと、ムルザは長く伸ばしていた舌を引っ込める。

 すると、虚ろだった表情に人間らしい感情が戻り、ふてぶてしい顔になる。

「いでよ! ラージアントソルジャー。ラージアントジェネラル」

 呪文を唱えて召喚魔法を発動させる。

 戦線の後方に赤く禍々しい魔法陣が現れ、新たなモンスターが呼び出される。

 出てきたのは、名前のとおりアリ型だが、今までのものより大きさも勇ましさも違う。

 今まで相手をしていたラージアントは、ワーカーという最弱の種だ。

 新手で出てきたのは、一目でわかるとおりワーカーの上位種だ。

 ソルジャーは、ワーカーより一回り大きい。

 ジェネラルは、ソルジャーの倍は大きい。

 顎の方も立派になり、なんでも噛み砕いてしまいそうだ。

 数の方は、ソルジャーが20匹にジェネラルが一匹。

 どちらも二本足で立ちあがり、鋭い爪を見せつけて迫ってくる。

 一番弱いとされるワーカーでも、一般人よりは強いとされている。

 それよりも強い敵が現れたのだ、守る側は絶望に押しつぶされそうになっている。

「これだけではないぞ!」

 本気を出したムルザは、さらなる凶悪なモンスターを召喚する。

 次に出てきたのは、大型のバッタ型のモンスターが二匹づつ。

 一方は、しっかりした太さがあり、自身の体長よりはるかに長い触覚を持っている。

 もう一方は、丸い頭に天に突き出した透きとおった羽を持っている。

「行け!ラストホッパー。ハウリングクリケット」

 ムルザの掛け声に合わせてラストホッパーが飛びかかる。

 狙う相手はアイアンゴーレムだ。

 自身に迫り来るモンスターを察知したゴーレムは、太くて長い腕を振りかぶる。

 それに対して、ラストホッパーは、異常に長い触角を振り回す。

 剛腕と触角がぶつかり合う。

 触角が殴り飛ばされたかと思ったが、そうはならなかった。

 ラストホッパーは、ゴーレムの腕に触角を絡ませている。

 ゴーレムは、そのまま触角が絡まったまま力まかせに引き寄せようとするが、動きがぎこちないものへと変わっていき叶わなくなる。

 何がおこったのかと見てみると、黒鉄に輝くゴーレムの腕が、触角が巻きついたところから赤茶けたものへと変化していく。

 そのまま、頭のてっぺんから爪先まで変色したゴーレムは動かなくなった。

 もう一体のアイアンゴーレムも、ラストホッパーと戦った結果、同じような状態になって動かなくなる。

 赤茶けて動かなくなったゴーレムは、バランスを崩して倒れこむ。

 アイアンゴーレムは、倒れた衝撃で陶器のように壊れてしまった。

 ラストホッパーは、アイアンゴーレムが崩れ去ると同時に、喜び勇むように飛び跳ねて倒した相手に押しかかった。

 ムルザが呼び出したラストホッパーは、金属を錆びさせる能力を持っている。

 ラストホッパーに攻撃した武器や、された装備で金属製のものは、すぐ錆びだらけになって使い物にならなくなる。

 ラストホッパーは、錆びた金属が大好物で、戦闘が終わった後それらをよく食べている。

 アイアンゴーレムのみならず、戦士にとっても天敵と言えるモンスターだ。

 黒鉄で作られたゴーレムは敗れたが、町の守りにはまだストーンゴーレムが四体いる。

 岩なら、ラストホッパーの能力の範囲外のはずだ。

 しかし、ストーンゴーレムに挑むのはラストホッパーではない。

 同時に呼び出された、別のモンスター。ラージアントのソルジャーとジェネラル。そして、ハウリングクリケットだ

 ソルジャーは数でゴーレムを圧倒し、ジェネラルは組みつき取っ組み合いをしている。

 ハウリングクリケットは、その場を動かず、羽をこすり合わせ始める。

 相手をしていたゴーレムは、これを隙と見て襲いかかるが、やがて進めなくなる。

 まるで見えない壁があるかのように。

 相手は動かず、羽から音を出しているだけなのに。

 実は、この羽音がくせ者だった。

 羽から出ている音は、最初は秋の風物詩といった感じだったが、次第に甲高く耳障りなものへと変わって行く。

 ハウリングクリケットは、不快な演奏をストーンゴーレムにぶつけてきたのだ。

 まさに、音が圧力となって襲いかかってきていた。

 そのため、懸命に近づこうともがき続けるが、全く進むことができない。

 いかつい巨体が、ジタバタする姿はコミカルに見えるが、操っている方は焦っている。

 さらに魔力を込めて出力をあげようとするが、モンスターの放つ騒音で、うまく精神を集中できない。

 しばらくすると、もがき続けるゴーレムの体が、ブレて見え始める。

 ゴーレムの体が振動しているのだ。

 しかも、変化はそれだけではない。

 ゴーレムの体のあちらこちらに、無数のヒビが入り始める。

 最初は小さなものだったが、やがて全身に広がり大きな亀裂になる。

 そのまま体が断裂したゴーレムは、瓦礫となってあっけなく崩れ去る。

 ハウリングクリケットの放つ騒音は、聴覚を刺激して意識の集中を乱すだけのものではない。

 超音波を放って振動破壊を行うものだ。

 ムルザは、この二体のモンスターを使っていくつもの砦を攻め落とした。

 ラストホッパーで武器と防具を劣化させて、ハウリングクリケットで頑丈な壁を破壊する。

 その後、モンスターの大群を雪崩れ込ませるのだ。

 これによって敵は、充分な反撃ができずに蹂躙されてしまう。

 今回、始めから必勝パターンを使わなかったのは、完全に相手を舐めていたからだ。

 事前の情報収集も怠っていたため、予想外の反撃にあってしまった。

 だが、ムルザは緒戦で苦戦したことなど後悔してはいない。

 むしろ、思わぬ苦戦をしたことを楽しんでいた。

 なぜなら、魔族は総じて戦いを好む性質を持っているからだ。


 町の外を守る六体のゴーレムのうち四体が倒された。

 残り二体は、ラージアントのソルジャーの群れと、ジェネラルにそれぞれ抑えられている。

 二体とも敵に押されているので、倒されるのは時間の問題かもしれない。

 ゴーレムが抑えれているすきに、大量にいるラージアントのワーカーたちが壁を登り始める。

 バリスタで応戦したくても、完全に死角に入っていて攻撃できない。

 壁の上の通路で、もうすぐ白兵戦が始まる。

 もうすぐ始まる乱戦に備えて、各々が武器を抜いて身構える。

 だが、守備隊隊員たちの気勢がそがれる。

 ムルザが、ラストホッパーに命令し、鞭のようにしなって伸びる触覚で攻撃させたのだ。

 外壁上のバリスタが、一斉に薙ぎ払われる。

 頑丈な盾がついていても関係ない。

 いや、なまじ鉄の盾がついていたから、ラストホッパーに狙われたのかもしれない。

「よし、ハウリングクロケットよ。門を壊せ」

 うっとうしい射撃武器がなくなったので、ムルザが新たな命令を下す。

 命令されたハウリングクリケットは、両方とも門へと向き直り羽をこすり合わせる。

 最初は涼やかな音が響くが、やがて耳を塞ぎたくなるような不協和音に変わる。

 それが、合図になったかのように門が振動し、やがて亀裂が入る。

 亀裂は毛細血管のように、全体を覆った後に門を爆散させた。

 それと同時に、残り二体のゴーレムも、ソルジャーとジェネラルに倒された。

 侵攻を邪魔するものは、もういない。

 口を開けた正門へと、ラージアントが殺到していく。

 正面には、トライホーンビートルの死体が道を塞いでいる状態だが、苦もなく乗り越えていく。

 人間だったら、時間稼ぎの障害物になったが、相手が虫なら大した意味がなかった。

 このまま町の中へと侵入するかと思われたが、壊れた門から轟音とともに閃光が放たれた。

 閃光の進路上にいたラージアントは、すべて黒焦げにされながら吹き飛んでいく。

 何がおこったのかと、正門だった場所の先を見る。

 門の向こうには、決死の覚悟で杖を構えたシスティアと、ジェイコブをはじめとする屈強な戦士たちの姿があった。

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