第5話 夜の襲撃者

 全ての命が眠りについたかのように、世界は暗闇に包まれている。

 明かりは欠けた月と満天の星空だけだ。

 その中を、不自然に地面が盛り上がる。

 最初は小さくゆっくりと、やがて大きく激しくなっていく。

 ある程度大きくなったところで、爆ぜるように撒き散らされる。

 巻き上げられた土砂の煙が治ると、そこには異形の軍団が姿を現わす。

 怪しくも巨体を誇る軍団は、足並みを揃えて一定の方向へと進んで行く。

 その動きは、まるで統率された軍隊を思わせるものがある。

 怪しい集団はある程度進んだ所で一斉に止まる。

 どうやら、目的の場所についたようだ。

「クククククッ」

 闇に潜んで行軍する集団の中から、不気味な笑い声が聞こえてくる。

 星明かりに照らされて見える軍団の兵士の姿は、カブトムシにカマキリ、それとアリ達といった虫ばかり。

 とても不気味な笑い声をあげる者がいるようには見えない。

「辺境の鉱山町のくせに、なかなか物々しいじゃないか」

 再び聞こえる人の声。

 声の主はどこにいるのかと探してみると、軍団の先頭にいる甲虫から聞こえてくる。

「簡単なおつかいで終わると思っていたが、なかなかどうして楽しませてくれる」

 なおも聞こえる謎の声は、初めは感心し、続いてオモチャを見つけた子供のように楽しそうになる。

「まあ、何があっても、この妖蟲のムルザ様の敵ではないがな」

 最後は、勝利を確信した自信満々の声。

 これらの独り言を、先頭にいる三本角のカブトムシがおこなっているのかというと、そうではない。

 実は、カブトムシの上に男が一人立っている。

 その男は、細身の体に土気色をした肌をしている。

 目は虚ろに見開かれ、だらしなく開いた口からは、蛇のように長い舌がのびて鎌首をもたげている。

 この男の名は妖蟲のムルザ。

 魔王軍四天王の一人、死霊王の配下の魔族だ。

 ムルザは、死霊王の名を受けて、東の果ての辺境にある町までわざわざ来ていた。

 死霊王からの命令は、王都から王妃達一行が疎開するために離れると知ったので可能なら捕まえろというもの。

 生け捕りが無理なら死体でも構わないとのことだ。

 死霊王が、何のためにこのような命令をしたのか理由はわからないし、知りたいとも思えない。

 ただ、思う存分暴れることができれば、それでいいと思っている。

 魔王の尖兵たる魔族にとって最も大事なことは、戦って強さを示すことだ。

 そのため、死霊王の命令を受けたムルザは、最初はつまらない任務だと思った。

 最前線ではなく、戦わずに逃げる臆病者の相手をするのだから。

 だが、敵地に潜入しているうちに考えが変わってくる。

 どうせなら、目的地に着いてから襲ってやろうと。

 相手が逃げおおせたと思って安心しているところを襲撃してやったほうが、より絶望して楽しめるのではないだろうか。

 嗜虐心が湧き上がったムルザは、王女一行を見つけても、すぐには襲撃せずに後をつけ続けた。

 そして、東の果てにあるアンチブンの町に入ったのを知る。

 もはや、これ以上の逃げ場は無いと思い、今宵の襲撃を決めたのだ。

 これから、血と殺戮の宴を始めようとしたところで、ムルザは驚くべきものを目にする。

 それは、辺境にある、呑気な田舎町だと思っていたものが、堅牢な外壁を備えた要塞だったということだ。

 しかも、防備は高くて堅牢な壁があるだけでは無い。

 正門の両隣には、重厚なアイアンゴーレムが待機している。

 アイアンゴーレムは、二体だけだったが、ストーンゴーレムが左右に二体づつ、さらに追加で配置されている。

 見るからに、難攻不落といった感じだ。

 並みの相手なら戦意を喪失していただろう。

 アンチブンの町が、これほど防備を固めたのは、マクガソンが町長を務めるようになってからだ。

 自分が、町長になっても魔王との戦いが終わる気配はなかった。

 そのため、ドラグソードの秘密を守るためと、いつ戦火が、この地まで及ぶことがあっても慌てないようにするためだ。

 まさか、王族が疎開しに来ることになるとは思っていなかったが。

 予想外の出来事に出会ったムルザは、表情は虚ろなままだが声は楽しそうだ。

「惰弱な人族が、何をしたところで無駄だということを教えてやろう!」

 ムルザは、頭は動かさず舌だけ動かして進軍を命じる。

「さあ、蹂躙を開始しろ!」

 巨大な昆虫の軍団が、砂煙と地響きをあげて突撃する。


 襲撃を知らせる角笛が鳴り響いた。

 アンチブンに住む多くの住民が、腹に響く重低音で目を覚ます。

 その中には当然、町の長老であるマクガソンも含まれる。

 目が覚めてから、急いで身支度をすませたマクガソンは、家中の者が集まっているであろう居間へと向かう。

「義父さん!」

 居間に入ると、完全武装したジェイコブが出迎える。

 いるのはジェイコブだけではなく、予想通り家にいる全ての人間だ。

 マクガソンは、皆の様子をじっくりと眺める。

 ジェイコブは、町長らしくどっしりと身構えている。

 エミリーは、不安そうに自分に抱きついているアンナを優しく撫でている。

 彼女の表情は、母親らしい強さと慈愛に満ちている。

 あいている手には、魔術師の杖を握っていることから闘志もうかがえる。

「じいちゃん。オレも戦うぜ!」

 この中で一番闘志を燃やしているのは、孫のエバンスだろう。

 エバンスは、ジェイコブ同様に戦士の出で立ちとなっている。

 ジェイコブの装備は、革鎧を身にまとい背には大剣をさしている。

 一方エバンスは、体の装備は同じだが、手にしているのはショートソードとスモールシールドだ。

 親子であっても、戦い方に違いがあるのが見て取れる。

 興奮して盾を持つ手を振り回すエバンス。

 そんなエバンスに負けず劣らない闘志を燃やしている者がいる。

 王妹のシスティアだ。

 彼女は、最前線に行くことができなかったことに負い目を感じている。

 本来なら自分は、王族として義務を果たさなければいけないはずだと思っている。

 兄でもある王からの命令を軽んじる気はないが、希望通りにいかないことにもどかしさを感じてしまう。

 そのためか、敵襲を知ったシスティアの表情は、湖面のように静かでありながら、猛禽類のような鋭い目をしている。

 内に熱い思いを秘めたシスティアに対して、王妃のパトリシアは不安をつのらせた青い顔をしている。

 システィアに比べて気の弱いパトリシアは、娘のジュリアを抱きしめながら、強がって気丈な態度をとろうとする。

「だいじょうぶです。母上はボクが守ります!」

 母の不安を感じ取ったディアマンテは、強い意思のこもった目でパトリシアを見つめている。

 パトリシアは、息子にこのようなことを言わせてしまったことを恥じると同時に、たくましく育ってくれたことを嬉しく思った。

「状況は?」

 家族の誰もが気後れしていないことを、頼もしく思いながらマクガソンは尋ねる。

「外壁の前に、多数の大型の虫型モンスターが現れました!」

 ジェイコブが、伝令から聞いた話を伝える。

「オレは、これから外壁へと向かいます。義父さんは、どうしますか?」

「うむ。私もすぐに行こう!」

 話を聞いたマクガソンは決断する。

 町長の座を退いてからの、久しぶりの実戦だ。年甲斐もなく興奮しているのを実感している。

 しかし、長老として町のみんなに信頼されている以上、戦場の熱気に簡単に流されないようにしないといけない。

「納屋に行って、【ベアード】を取りに行ってから向かう。先にいけ!」

【ベアード】は、マクガソンがクマ型モンスターの骨格から作ったゴーレムだ。

 自分の新理論で初めて完成させた物で、今でも現役で使っている。

「ジェイコブ殿。私も行きます!」

 現場に行こうとするジェイコブを、システィアが呼び止める。

 ジェイコブは、振り向いてシスティアの目を見る。

 無骨な戦士であるジェイコブは、議論はしない。

 ただ、相手の目を見て判断するのみ。

 システィアは、王妃と子供達の護衛として同行している。

 だから、本来ならパトリシアらの側にいなければならない。

 しかし、敵が来たと知れば、くすぶっていた闘志が一気に燃え上がる。

 今のシスティアは、噴火前の火山と同じだ。

 下手に押さえつけると爆発しかねない。

 目をこらせば、闘志で陽炎が立ちのぼっているかのように見える。

 ジェイコブは、パトリシアを見る。

 先ほどまで不安にさいなまれた青い顔をしていたが、息子の励ましの言葉で顔色が良くなった。

 続けてマクガソンを見る。

 ジェイコブに視線を向けられたマクガソンは、静かにうなずく。

 娘婿であるジェイコブは、家族として長年暮らしてきた間柄だ。

 だから、これで充分伝わった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ジェイコブは、システィアの申し入れを受け入れて、手を差し出す。

「ありがとう」

 自分の思いを受け入れてもらえたシスティアは、闘争心をむき出しにした笑顔で、力強く握手する。

「オバ上。ご武運を祈っています」

 ディアマンテが、勝利を信じて送りだす。

 幼い少年の顔には、システィアに期待する気持ちと、戦場に立つことのできない己の不甲斐なさを嘆く気持ちが入り混じっていた。

「フッ。私はまだ18だ。叔母ではなく、お姉さんと呼んでくれ」

 最後に軽口を叩いてから、ジェイコブと共に戦場へと向かう。

「オレも行くぜ!オヤジ」

 当然のごとくエバンスも、ついて行こうするがマクガソンに止められる。

「何すんだよ!じいちゃん」

 肩を掴まれて出鼻をくじかれたエバンスは、マクガソンに猛烈な抗議をする。

「お前には、やってもらうことがある」

 だが、続く言葉に興味を示す。

「やってもらうことは二つだ」

 そう言って告げられた最初の言葉は、王妃達を工房のある洞窟へと避難させることだ。

 これにはエバンスは、がっかりしてしまう。

 王妃をエスコートする役目は重要だが、システィアと同じように戦場に出たいという思いは強くある。

 エバンスも、年頃の少年らしく英雄物語を読んで夢想する。

 自分も、物語のような勇者になれると根拠もなく信じている。

「お前は、その後ドラグソードを出撃させろ」

 不満を感じていたためか、続く言葉を聞いて何を言っているのかわからず茫然自失となる。

「ええっ!?」

 言葉の意味を理解したエバンスは、大いに驚いた後、一転して嬉しい悲鳴をあげる。

「よっしゃ! だったらさっさと案内して、すぐに駆けつけるぜ!」

 喜びの感情を爆発させたエバンスは、何も考えないで走り出そうとする。

「まてい!」

 王妃達を置いて駆け出そうとするのを、マクガソンは慌てて止める。

「慌てるでない。話はまだ終わってない!」

 怒られてバツが悪い顔になるエバンス。

 情けない顔をしているエバンスを見て、眠そうな顔をしていたジュリアはキャッキャと笑い出す。

 パトリシアも、思わずつられてしまう。

 久方振りに母が笑うのを見て、ディアマンテはホッとする。

 心の余裕が戻ってきたようだ。

 和やかな雰囲気にはなったが、マクガソンは不安な顔でため息をつく。

 それでも、考えは変わらないようで、ローブの襟をめくってチョーカーをさらす。

 赤い宝石を中央につけた金のチョーカーは、王妃の目を釘付けにするほど美しい。

「これを持って行け」

 チョーカーを外したマクガソンは、エバンスに渡す。

「これは?」

 女性の羨望の眼差しとともにチョーカーを渡されたエバンスは、戸惑った顔になる。

「それは【竜の導き】という。ドラグソードを動かすための鍵であり、お前を教え導くものだ」

 マクガソンに仰々しいことを言われて胡乱な表情になるエバンス。

 しかし、昨日工房でドラグソードのハッチを開くのに、首元をいじっていたのを思い出す。

 チョーカーは好みに合わないが、必要ならばと取り付ける。

「ウン?」 

 普段つけていない物をつけると、何だか違和感してむず痒く感じる。

 しかし、これもドラグソードに乗るためだと、自分を納得させる。

「今度こそ、工房に行きましょう。」

 王妃達のことを、忘れることなくしっかりと誘導する。

 先頭はエバンス。

 真ん中に王妃と子供達。

 殿は、アンナの手を繋いだエミリーだ。

 エミリーは、マクガソンの娘なだけあって、魔術師としての修行もしている。

 これなら、滅多なことでは遅れは取らないだろう。

 皆んなを見送ったマクガソンは、一抹の不安を抱えながら納屋へと向かう。

 今のドラグソードは、整備ようの櫓に固定されている。

 素人がいきなり外すのは無理だろう。

 目端のきく人間が、先行しているのを祈るばかりだ。

 そうでなければ、整備よう櫓を引きちぎらなければならない。

 櫓は、丈夫に作ってあるから、相当苦労することになるだろう。

 今さら考えてもどうしょうもないことは頭から取り払い、マクガソンは納屋の戸を開ける。

 年を感じながら開けた後は、魔法の明かりで照らし出す。

 それなりに広い空間の壁際には、棚や工具が並んでいるが、真ん中には布を被せられた一際大きなものが鎮座している。

 マクガソンは、過ぎ去った時を思い出すかのように布を取り払う。

 出てきたのは、見事なクマの骨格標本。

 しかし、これは学術的なものでも、趣味で作った物ではない。

 魔術師であるマクガソンが、心血を注いで作ったゴーレムだ。

 その証拠に、左胸には魔結晶で作られたゴーレムコアがある。

「立て! ベアード」

 手にした送信機の役割を担うスタッフに魔力を流して起動させた。

 指令を受けて目が光ることはないが、力強く立ち上がる。

 顔を上向かせて口を大きく開けるが、雄叫びが響くことはない。

 そこには、なんとも言えない哀愁がある。

 変わることのない勇姿に満足したマクガソンは、ベアードを四足に戻す。

 そのまま並んで堂々と家を出る。

 しかし、そこで足が止まってしまう。

 土壇場になって恐れをなしたのかというと、そうではない。

 マクガソンは、恐怖に歪んだ顔ではなく何かを思い出した顔になる。

「そうだ。どうせ総力戦になるのだ。あれも出すべきだろう」

 ベアードを残して、マクガソンは踵を返した。

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