第4話 王都からの使者
思いがけない言葉にエバンスは、目を見開いて驚く。
「オレが!?」
何を言っているのかわからずエバンスは、思わず聞き返してしまう。
それに対してマクガソンは、力強くうなずく。
マクガソンが、エバンスの頼みを聞いて工房に連れてきたのは、ドラグソードの操縦者になることを伝えるためだ。
エバンスは、幼少の頃から剣と魔法が使えるように教育されてきた。
魔法は宮廷魔術師であるマクガソンが、剣術は父であり町一番の剣士であるジェイコブが教えた。
全ては、この日のために。
マギウスコロッサスを操縦するのには、戦士と魔術師の両方の能力が必要になる。
それと同時に、強大な力に飲まれて暴走しないだけの心の強さも必要だ。
エバンスの性格は、ワンパクだが一本気なところがある。
父の手伝いで自警団の仕事をしているが、選ぶって威圧的な態度をとることはない。
他の自警団員から多くのことを、積極的に学んでいるし、同年代の子供達からも頼られる頼もしい少年に成長している。
肉親に甘いと言われるかも知れないが、ドラグソードを預けても大丈夫ではないかと、マクガソンは思っている。
自分の考えに間違いはないと思い、マクガソンはエバンスの方をチラリと見る。
予想だにしなかったことを言われて初めは驚いてはいたが、エバンスの感情は時間とともに喜びへと変化していく。
ドラグソードを一目見た時から、畏怖と神秘を感じていた。
続いて搭乗者になるように言われて喜びの感情が溢れて興奮している。
気分が高揚しているエバンスは、突撃しそうな勢いでドラグソードへと近づいていく。
そのままの勢いで操縦席に滑り込もうとするが、慌てたマクガソンに止められる。
エバンスは、マクガソンの態度を以外に思って不思議そうな顔になる。
話の流れから、このまま乗り込むことになると思っていたからだ。
「今日はダメだ!」
お預けをくらった子犬のような顔になったエバンスは、なぜと尋ねる。
情けない孫の姿に、心が和むのを感じながらもマクガソンは、答えを言おうとする。
しかし、続く言葉を中断させるように、けたたましベルの音が鳴り響く。
これは緊急事態を知らせるためのものだ。
洞窟の入り口から工房までは、結構な距離がある。
そのため、緊急時には入り口にある詰所から合図を送ることができるようになっている。
和んだ雰囲気が消し飛んだマクガソンは、一大事がおこったと理解し、足早に工房を出る。
一瞬で厳しい表情になったマクガソンを見て、ただならの気配を感じたエバンスも駆け足で付いてくる。
工房に来た時よりも短い時間で戻って来たマクガソンを、知らせを持って来た男が出迎える。
「大変です。長老!」
マクガソンの姿を見た使いの者は、口から心臓が飛び出しそうな勢いで叫ぶ。
「王都から、王妃様が来ました」
「なんだと!?」
使いを落ち着かせようとしていたマクガソンだったが、予想外の知らせを聞いて腰を抜かしそうになるくらい驚く。
「どういうことだ!?」
逆に驚き聞き返すが、相手は連絡係りでしかないので答えようがない。
ここにいてもラチがあかないと思ったマクガソンは、急いで町に戻ることにする。
客間に高貴な出の人間だとわかる女性が座っている。
年の頃は10代半ばといったところだろうか。
長い髪を一房に編み込んでおり、いらだたしい顔をして先端をいじっている。
彼女の名はシスティア、王妃と共にアンチブンの町に来た国王の妹だ。
現国王とは10才以上年の離れたシスティアは、魔術師学園を首席で卒業した才女だ。
卒業した後は、宮廷魔術師として勤めており、序列も二位と実力を示している。
にも関わらず、魔王との対戦では最前線に立つこともなく、正反対の東の果ての地に来ている。
システィアは側室の子だが、兄弟仲は悪いということはない。
幼少の頃より可愛がられていた。
だから、自分がここにいるのは、手柄を立てるのを恐れてのことではないということはわかっている。
肉親の情から、避難する王妃と子供達のための護衛の任を与えたのだとわかっている。
そのことに歯痒さや無力感を味わうことがないように密命を与えられた。
勝気な性格のシスティアは、早く密命を達成して戦場に赴きたいと思っている。
そのためには、目的の人物とどうしても合わなくてはならない。
眉間にシワを寄せて優雅さのない表情になってしまうシスティア。
目をつぶって考え事をしていると悪いことばかり想像してしまう。
戦場で戦う兵士達のことはもちろんのこと、王都の国王や、苦楽を共にした宮廷魔術師の仲間達のこと。
彼らが、今も無事なのかが気になってしまう。
それと、兄である国王が密命として伝えた物は実在するのか。
単なる詐欺にあっただけなんじゃないかと心配してしまう。
そういった思いが頭の中でグルグルしていると不安と苛立ちが最高点に達してくる。
一層のこと、密命などほったらかして最前線に向かった方がいいのではないか。
そのような方向に考えが傾き始めた頃、ドアが叩かれる。
返事をして用件を聞くと、待ち人が帰ってきたことを伝える者だった
町長の執務室に通されたシスティア。
出迎えてくれたのは三人の人物だ。
真ん中に座る口ヒゲ生やした黒髪の男は、町長のジェイコブだ。
館についた時に、王妃の元に真っ先に挨拶に来たので覚えている。
隣には、白髪と立派なヒゲを生やした老人が、威厳のある姿で座っている。
恐らく、この人物こそが、自分が会いたかったマクガソンだろうとシスティアは思った。
その後ろには、システィアよりは年下だと思われる少年が、システィアに見とれて呆けた顔をしている。
「ようこそいらっしゃいました。私がマクガソンです」
白髪の老人が挨拶をする。
システィアの予想が当たり、目的の人物に会えたことにとりあえず安堵する。
だが、まだ油断はできない。真に重要な案件はこれからなのだから。
「単刀直入に聞きたい。『竜の剣計画』について聞かせてもらおう」
駆け引きなどせずに、鋭い眼差しを向けて尋ねる。
嘘や誤魔化しなど通用しないという気迫をこめて。
しかし、『竜の剣計画』の名を聞いたマクガソンは、システィアが懸念するような態度は取らなかった。
狼狽することも、恐れおののくこともない。
逆に感嘆し、感慨のこもった息を吐く。
「よくぞ、その言葉を憶えてくださいました」
マクガソンは、報われたという気持ちのこもった声で礼を言う。
惚けて有耶無耶にするのではないかと思ったシスティアは、意外な反応に驚き動揺してしまう。
なぜなら、『竜の剣計画』の話を初めて聞いた時、マユツバだと思ってしまったからだ。
疎開する王妃と子供達の護衛が決まった時、システィアは王である兄に食ってかかった。
自分ほどの魔術師を、前線に投入しないのはおかしいと。
システィアは、王が兄妹として自分に愛情を注いでくれているのは理解していた。
だから、自分が王族ということで贔屓にされたなのなら、同じ職場の仲間達に申し訳が立たなくなる。
こうなることがわかっていたのか、王は人払いした部屋にシスティアを連れて来て話し始める。
60年前に極秘裏に始動した『竜の剣計画』のことを。
今の国王が、『竜の剣計画』について知ったのは10年前。先代が崩御する数日前だ。
その場には、国王以外にも、宰相と親衛隊隊長。それと宮廷魔術師団団長がいた。
『竜の剣計画』のことを知っているのは、この四人だけだ。
知っている人間を最低限にしたのは、当時覇権を競っていた二大大国のことを気にしていたからだ。
お伽話の邪竜の化石が見つかったと知れば、高圧的な態度でよこせと言って来ただろう。
何の見返りもなく奪われるのが目に見えているので、極秘にしたのだ。
話を聞いた現国王は、システィアと同じように胡乱な顔をした。
騙されて金だけ取られただけではないかと思ったからだ。
しかし、宮廷魔術師団団長が持って来た資料を見て考えを改めた。
専門的なことはわからなかったが、理路騒然としていてインチキや詐欺の類ではないとわかった。
マメな性格のマクガソンは、半年の一度の割合で途中経過の報告書を、王へと送っていた。
そのため、60年たって途中で王が変わることがあっても忘れられることなく伝わって来た。
当然、この資料はシスティアも読ませてもらった。
目から鱗が落ちるほどに素晴らしいことは認める。
その気になれば、王都でマギウスコロッサス が作れるほどだ。
だが、その選択はしなかった。
これほどの物を秘密裏に作るのは、不可能だろう。
必ず情報が露営して大国に知られることになるはずだ。
そうなると、邪竜の化石のことも知られて、何もかも奪われるかも知れない。
だったら辺境の地でこっそり作り続けて、いざという時には役に立ってもらおう。
計画のことを知っていた前の王は、そのように結論づけた。
そして、今の王の時代になって、その時は訪れた。
「さっそく明日にでもお見せしましょう」
システィアとしては、今すぐ見に行って審議のほどを確かめたかった。
資料を読んだ当初は興奮したが、馬車に揺られているうちに冷静になり、疑いの気持ちが湧き出し始めたのだ。
しかし、これから工房に行くのは止められた。
理由は二つで、一つは長旅で疲れているだろうということ。
もう一つは、今は工房がもぬけの殻だからだ。
ドラグソードは、三日前に出来上がった。
試運転で、軽く歩かせた後、盛大な打ち上げを行い労をねぎらった。
さらに職人たちには特別給与と、五日ほどの休みを与えた。
今の工房に誰もいないのは、職人たちが休みを満喫しているからだ。
彼らは今頃家族サービスをしているかもしれないし、賭場で遊んでいるかもしれない。
その中から手が空いている物を探して出向してもらわなくてはならない。
どうせ現物を見るのなら、制作に携わった職人を交えたほうがいいだろう。
それと、動くところ見せるのには、人手がいる。
なぜなら、ドラグソードは、万が一のために整備製作用の櫓に固定されている。
動けるようにするには、固定具を外さなければならない。
そのためにも、やっぱり人手がいるのだ。
マクガソンの説明を、見苦しい言い訳ではないと判断したシスティアは納得して部屋を出る。
それを見送ったマクガソンは、感慨深い表情になる。
ドラグソードの完成したのと時をおかずして王族が訪れたことに運命を感じたからだ。
「やりましたね義父さん」
ジェイコブが労いの言葉をかける。
その言葉に感極まったマクガソンは、一筋の涙を流した。
「綺麗な人だったな」
一方、時期町長ということで同席することになったエバンスは、システィアの美貌の虜になっていた。
マクガソンのことを詐欺師かもしれないと思っていたシスティアは、警戒して険しい表情になっていた。
しかし、それが返って凛々しさとなり戦乙女を思わせる美しさをまとわせていた。
執務室から出たシスティアは、自分にあてがわれた部屋には向かわず、王妃の元へと立ち寄る。
ノックをして入ると、不安な顔で部屋の中をウロウロしている王妃パトリシアがいる。
「義姉さま」
哀愁のある姿をしているパトリシアを、システィアは優しく抱き寄せ座らせる。
そのまま、そっと手を握ると冷たく震えている。
システィアは、旅の間のパトリシアの様子を思い出す。
馬車の中の彼女は、ずっと青い顔をしてうつむいていたように思う。
愛する夫から、子供達を連れて疎開するように言われたからだろう。
本当は、夫も一緒に逃げて欲しいと思っていたかもしれない。
しかし、王であるためそれはできない。
夫の側にいたいという思いもあるが、子供達のためにも早々に疎開しなければならなかった。
パトリシアには、子供が二人いる。
兄で10才になるディアマンテと、八才になる妹のジュリアだ。
二人は今、ベッドの上で抱き合いながら眠っている。
長旅の疲れが出たのだろう。
愛らし顔で眠る子供達を見守るパトリシアの表情は暗い。
未来に希望が持てないからだ。
60年続く人類と魔王軍の戦いは、極めて劣勢だ。
二代大国であったギガンテス帝国と、ホーリベル法皇国が滅んでからは人々の心に終末思想が蔓延している。
どんなに傲慢であったとしても、大国というものは心の拠り所になるのだろう。
あれほどの大国二つが敗れたのなら、自分達に勝ち目はないと思うのは当然かもしれない。
王妃パトリシアは、周りの雰囲気に当てられたかのように弱気になっている。
本来なら、もっと明るい笑顔で子供達を慈しんでいるはずなのに。
最悪の場合、子供達と無理心中をするかもしれない。
だからこそ、自分がしっかりせねばならないと強く思う。
すこやかに眠る子供達のためにもシスティアは、パトリシアを抱きしめて力強くつぶやく。
「大丈夫。希望はあります」
まだ、レポートを読んだだけの秘密兵器に思いをはせる。
マクガソンが、大金をせしめただけの詐欺師ではないことを祈りながら。
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