第3話 廃坑工房

 目の前に大きな洞窟があった。

 巨人が二人並んで歩けるほどの大きさがある。

 入り口の前に立っているのは、二体のゴーレムだ。

 石の巨人像は、威圧的に来訪者を見下ろしている。

 ここは、かつて邪竜の化石が見つかった坑道の入り口だ。

 人間サイズの入り口は、巨人サイズまで広げられている。

 新兵器を作るための工房として、坑道を改修した結果だ。

 工房の入り口に来ただけで、エバンスはものすごく興奮している。

 鉱山に来る事自体は、初めてではなかった。

 父であるジェイコブから、鉱山の町の男なら鉱夫の仕事を知らなければ恥だと言うので、何度も連れていかれたし、ツルハシも振るった。

 だが、この工房に来たのは初めてだ。

 いつもは、関係者以外立ち入り禁止になっている。

 秘密を守るためだ。

 それは、責任者であるマクガソンの孫であるエバンスでも例外ではない。

 エバンスも幼い頃から、マクガソンが工房で何かをしているのは知っていた。

 興味があって何度も連れていってくれと頼んだが、断られた。

 いくら駄駄を捏ねても無駄だった。

 それが今、念願かなって訪れる事が出来るようになった。

 まさに感無量である。

「行くぞ」

 立ち止まって感動しているエバンスをよそにマクガソンは、さっさと入り口をくぐって行く。

 入り口には、ゴーレムだけではなく人間の見張りもちゃんといる。

 彼らは、普段は壁を削って作った詰所に滞在している。

 見張りは、来訪者の姿を見て一瞬緊張した様子を見せるが、相手がマクガソンだと知ると、緊張を解いて会釈する。

 マクガソンは、軽く挨拶を交わした後、魔法の明かりをつけて進む。

 工房だからといって、坑道の中には明かりはつけられてはいない。

 距離が長く広いので、燃料代がバカにならないからだ。

 目的の場所までは、不気味な暗闇の空間だけが続いている。

 その代わり、分岐することも曲がりくねることもなく最深部へと真っ直ぐに導く。

 一人だと心細くなる道のりを、マクガソンは黙々と進み、エバンスは忙しなくキョロキョロと見回している。

 何もないうら寂しい道を進んでいるとマクガソンは、西で起こっている戦いのことを考えてしまう。

 マクガソンが『竜の剣計画』を始めて60年が経つが、今だに魔王は討たれていない。

 むしろ、人類圏にある二台強国が滅んでしまった。

 軍事大国であるギガンテス帝国と、宗教国家のホーリーベル法皇国。

 どちらもラピタス王国の南西と、北西にあり犬猿の仲だ。

 そのため、国境線でいつも小競り合いをしている。

 それと同時に、周りの小国に、無茶ぶりな要求をして来た。

 東の果てにあるラピタス王国も、無関係ではなかった。

 当然のように無茶なことを言ってくるので、いつもギリギリの交渉をしていた。

 周りから嫌われていた大国も、もはや存在しない。

 原因は何かというと、協調できずに足の引っ張り合いをしていたからだろう。

 西の小国を、次々とき潰して来た魔王軍は、当然ように二つの大国に進軍を阻まれている。

 最初は拮抗していたものの、徐々に押され始める。

 武功を競っていた両国だったが、危機感から慌てて同盟を結ぶ。

 しかし、長年いがみ合ってきた両国が、同盟を結んだからと言って簡単に足並みを揃えることなどできない。

 手を組もうと言っておいて、相手を出し抜くことしか考えていない。

 戦後のことで、取らぬ狸の皮算用をしているうちに滅ぼされてしまったのだ。

 ギガンテスとホーリーベルが自業自得で滅んだため、人類の生存圏は大幅に狭まった。

 魔王軍の快進撃は、今も続いている。

 ラピタス王国も、いつ戦火にまみえるかわからない状態である。

 マクガソンが、辺境にありながら集める事ができた情報はここまでだ。

 最前線は好転しているかもしれないし、悪化しているかもしれない。

 何とももどかしい思いを、毎日している。


 戦場に思いを馳せているうちに、坑道の最奥にやってきた。

 行き止まりだと思える場所には、工房を思わせる物はない。

 代わりにスコップとツルハシを持ったゴーレム達がたたずんでいた。

「じっちゃん。新兵器ってどれだ?」

 ゴーレム以外に目立つ物は見当たらない。

 マクガソンが言う物が本当にあるのか疑問に思ったエバンスは、思い切って尋ねてみる。

「下だ」

 エバンスは、マクガソンが指差す方を見る。

 すると、自分が通路の最奥に来たのではないことを理解する。

 ゴーレムがいる向こう側は、長い下り坂になっている。

 60年前、邪竜の化石のあった場所は、坑道から下降する縦穴の先にあった。

 それを、長い年月をかけて坂道にしたのだ。

 奥に眠る物を運び出す時のために。

 ここからさらに下って行くのだが、年寄りの足では、さすがに危ない。

 そのため、人間が上り下りできるように、坂道の両端には、ちゃんとした階段が作ってある。

 年寄りでも歩きやすく作られた長い階段を降りると、今度こそ目的の場所に到着した。

 そこは、一言で言うと乱雑としていた。

 巨人が、5、6人ぐらいは並んで立てるぐらいの空間に、色々な機材がおかれている。

 百人ぐらいの煮炊きができそうな大きさの錬金釜。

 巨人用に見える鍛治の炉に金槌。

 それを振るうと思われるゴーレム。

 まさに、秘密の工房といった感じがする。

 それらの専門の機材の間を通り抜けることで、本当の最奥へとたどり着く。

 目的の場所へとたどり着いたマクガソンは、頭上を照らしていた魔法の明かりを上昇させる。

 高く上がるにつれて魔法の明かりは、光量を増して行く。

 それにつれて、この地の主とも呼べるものが姿を現わす。

 かつては、邪竜の化石だったものが、まったく違う姿になって存在している。

「ゴーレム?」

 魔法の明かりに照らされて、浮かび上がった姿を見たエバンスがつぶやく。

 目の前にあるのは、黒鉄の巨人。

 微動だにしない姿からは、生命力は感じられない。

 それゆえにエバンスは、これをゴーレムと思ったが、どこか疑問形だ。

 なぜなら、エバンスが見知ったゴーレムとは、だいぶ容姿が異なっていたからだ。

 道中にも出会ったが、一般的なゴーレムは、無骨な大男の姿をした岩の塊が多い。

 しかし、ここにあるのは線が細く手足が長い。

 腹部には背骨しかないように見える。

 見た感じの印象は、フルフェイスの兜を被って胸甲つけたスケルトンといった感じだろうか。

 全身が黒いのと相まって、とても不気味に見える。

「違う。これはゴーレムなどではない」

 新兵器が、単なるゴーレムだったら肩透かしだと思っていたエバンスに、力強い否定の声がかけられる。

「これは、今までのゴーレムの概念を覆す超兵器。マギウスコロッサス だ!」

「マギウス…コロッサス ?」

 初めて聞く言葉と、いつになく興奮しているマクガソンを見て、エバンスは戸惑った顔になる。

 よくわからないといった顔をするエバンスのためにマクガソンは、はしゃいでいる子供のように説明する。

 マギウスコロッサスとは、マクガソンが開発した新しいゴーレムだ。

 今までのゴーレムの概念を超えた存在であると思ったので、新しい名称を与えたのだ。

 従来のゴーレムは、安価で手に入る岩や土でできている物が多い。

 そのためか、力は強いが動きは鈍い。

 この欠点を解消するために、まずは材料から見直すことにした。

 様々な考察をした結果、マクガソンはモンスターの骨格に注目する。

 ゴーレムの動きが鈍いのは、土や岩の塊を魔法で無理やり動かしているからだ。

 ならば、最初から動くことができるようになっている動物の骨を使えばいいと思った。

 しかし、モンスターの素材は需要が高い。

 解体された部位は、あちらこちらで利用されている。

 また、場合によっては、死体は重いので丸ごと持ち帰らず、必要最低限の部位だけ解体して持って帰る人もいる。

 そんな中で、なんとかゴブリンの骨格を手に入れたので実験を行う。

 結果は失敗だった。

 ゴーレムコアを取り付けたゴブリンの骨格は動かなかった。

 原因は何かと調べて見ると、どうやら魔結晶にあるようだ。

 ゴーレムコアに使う魔結晶は、元々一つだった物を二つに割って使う。

 割った片方はコアに、もう片方は命令を送る魔道具へと、それぞれ加工される。

 送信側と受信側が元は同一の魔結晶から作らないと、ゴーレムは動かすことができない。

 どうやら、この法則が影響を与えている。

 すなわち、モンスターの骨格と魔結晶が同一の個体からの物でないと、ゴーレムを動かすことができないのだ。

 仕方がないので、ゴブリンより大きなモンスターの骨格と魔結晶を手にいれる必要が出てきた。

 ゴブリンの魔結晶は、小指の先ほどの大きさしかないので、分割するのは難しい。

 ただ待つだけでは希望の物を手に入れるのには時間がかかる。

 そう思い、自ら冒険者を雇って素材を取りに行った。

 その結果、大きなクマのモンスターを仕留めることができた。

 望む素材を手に入れたことで、マクガソンの研究は前に進む。

 大グマの骨格で作られたボーンベアゴーレムは、まずまずの性能だった。

 ストーンゴーレムよりは早く滑らかに動くようになったが、マクガソンは満足せずに、さらなる性能の向上を目指していく。

 魔術師学園にいた頃は、ここまで研究したところで卒業となり論文を提出した。

 ゴーレムの素材といえば、土や岩が主流だった時代に、かなりの衝撃を与えたはずだ。

 その後は、研究者にはならず、貴族の義務を果たそうと宮廷魔術師になった。

 研究で完成させたゴーレムは、仕事で重宝することになる。

 マクガソンは、荒事は苦手なので、その手の仕事をするのに便利だった。

 それと同時に、貴重な実戦データを取ることができた。

 おかげで、ゴーレムの改良も順調に進んだ。

 実績を上げている最中に、邪竜の化石と出会えたことは、まさに運命と言っていいだろう。

 これまでの経験を活かせば、今までにない素晴らしい物が作れるに違いない。

 その考えは正しく、成果となるものが目の前にある。


 マクガソンの説明を聞いてみてエバンスは、首をかしげる。

 話を聞くだけだと、今までより早く動けるゴーレムができたとしか思えない。

 【マギウスコロッサス】という新しい名称をつけるほどなのだろうか。

 確かに見た目は、今までのゴーレムとは違う。

 思わず見とれてしまうほどの格好良さと、神秘性を兼ね備えて見える。

 エバンスは、疑問を口にしようとするが、熱い語りを終えたマクガソンは気にすることなく進んでいく。

 マギウスコロッサスは、櫓で固定されており、そこには階段が付いている。

 マクガソンは、櫓の階段を上っていく。

 最上階までは登らず、胸のあたりにある足場を進む。

 正面に立ったマクガソンは、襟をめくった後、首元に手を当てて何事かをつぶやく。

 そこには、赤い宝玉がついたチョーカーが見えた。


 ガコン


 マクガソンのつぶやきに応えるように、マギウスコロッサス胸部装甲が左右に開く。

 中には、本体と同じ色をした球体が存在している。

 その球体も、H型の線が入り、上下に開かれる扉となる。

「これは!?」

 中を覗いてみてエバンスは驚く、なぜなら座席が見えたからだ。

 マクガソンが、新たに作り出したゴーレムにマギウスコロッサス という名称を与えたのは、これが中に人が入って動かすようにできているからだ。


 マクガソンが、ボーンゴーレムを改良していくにつれて問題点が出てきた。

 それは、高い運動性を得るにしたがって操作がしづらくなるというものだ。

 最終的には、マクガソンの反射神経では動きを制御することができなくなった。

 魔法使いの運動神経では無理でも、戦士職の人間ならどうだろうか?

 そのように考えたが、問題がある。

 魔道具は、持ち主が魔力を送って動かす。

 ゴーレムの場合は送信機になる。

 剣や槍ぐらいの魔道具なら、戦士でも機能を使うことができるが、ゴーレムほどの大きさの物だと必要とする魔力も多くなる。

 魔法職でない戦士は、ゴーレムを動かせるほどの魔力は持っていない。

 また、動かすのにも訓練がいる。

 根っからの戦士に、訓練して動かせるようになるだろうか。

 そこまで考えてマクガソンは、着眼点を変えて魔法戦士に注目した。

 魔法戦士は、器用貧乏と世間の評価は低いが、魔法が使えて運動神経が良いというところが理想的だ。

 そう思ったマクガソンは、操作方法にも新しい試みをしている。

 それが、この有人起動システムだ。

 これなら送信機を使って考えながら動かすよりも、戦士の運動神経を生かした操作ができるのではないか。

 マクガソンは、自ら乗り込んで試運転をした。

 歩かせるだけだったが、手応えはあった。

 これなら操縦者の能力を遺憾無く発揮してくれるだろう。

 そうなると、後は操作する人間だ。

 腕が良くて、信頼できる魔法戦士が必要だ。

 マギウスコロッサス は超兵器だ。下手な人間に渡せば世界は滅ぶ。

 別に大袈裟に言っているわけではない。

 マクガソンは、心血注いで邪竜の化石から巨人を作り出した。

 手にした者が、神にも悪魔にもなれるだけの力を与えたと思っている。

 そうしないと魔王に勝てないと思ったからだ。

 そこで、マクガソンが出した答えは…。

「エバンス。お前が乗れ」

「ええっ!?」

「マギウスコロッサス 【ドラグソード】には、お前が乗るんだ!」

 自分の孫を、理想の操縦者にすることだ。

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