第2話 竜の剣計画

 本棚の並んだ書斎と思われる部屋に、白髪と長いヒゲをたくわえた老人が座っていた。

 老人は、魔法で作られた光球の下で書き物をしている。

 自身の腕の太さより厚みのある本に一心不乱に書きこむ姿には、強い信念が見て取れる。

 老人しかいない部屋にペンの走る音だけが響き続けるが、それもやがて止む。

 どうやら書くべきことを書き終えたようで、静寂が訪れてからは目をつぶって感慨にふけっている。

 しばらく動かないでいた後、大きく息を吐いてから目を開け、書き終えた本を閉じる。

 本の表題には『竜の剣計画 巻の八』と書かれており、著者は『マクガソン』と書かれている。

 ここにいるのは、アンチブンの町での邂逅から、自分の理想とする魔道具を作るために奔走した男、マクガソン・ヴァーニルその人だ。

 マクガソンは立ち上がり、年齢以上に疲れて見える足取りで窓へと近づく。

 重々しく感じる動きで窓を開けると、容赦の無い陽射しが顔面を襲う。

「…朝か」

 朝日に痛みを感じながらつぶやいた一言には、何かを達成した充実感があった。

 マクガソンは、幸福な気分にいつまでも浸っていたかったが、それをぶち壊すようにドアを激しく叩く音が響く。

「じいちゃん。朝だぞ」

 ワンパクそうな少年の声が、マクガソンをおこしにきた。

 一睡もせずに書き物をしていたマクガソンは、それほど間を置かずにドアを開ける。

「おはようじいちゃん」

「うむ、おはよう」

 おこしに来たのは、15歳くらいの黒い髪と瞳をした生意気盛りな顔をした少年だ。

 マクガソンの顔を見た少年は、朝食を食べるために居間へと歩き出す。

「おはよう。お父さん」

 少年と連れ立って居間に行くと、中年と思われる美しい女性が出迎え、朝食の準備をしている。

「また、徹夜してたでしょ」

 マクガソンの顔色を見た女性は、いつものように無茶をしていたことに気づいた。

「もう若く無いんだから無茶しないでね」

 心配する顔を向けられたマクガソンは、気まづい表情になる。

「しょうがないだろうエミリー。例の物が完成したんだから」

 マクガソンに助け舟を出したのは、エミリーと呼ばれた女性と同年代と思われる黒髪で口ヒゲのある男性だ。

 彼は、老齢な魔術師であるマクガソンとは、比べ物にならないくらい筋骨たくまし体をしている。

「うん、もう。あなたったら」

 マクガソンを庇う態度をして非難の目を向けらるが、男は気にする様子を見せずにエミリーにキスをする。

「おじいちゃん。おはよう」

 朝から熱い二人など目に入らないかのよう挨拶をするのは少女の声だ。

 声がした方には、10才くらいの金髪の少女が眠そうに座っていた。

 ここにいるのは全て、マクガソンの家族だ。

 娘のエミリーと、夫のジェイコブ。

 二人の孫は、少年がエバンスで少女がアンナという名前である。

 アンチブンの町で邪竜の化石が見つかってから、およそ60年という月日が過ぎていた。

 あれから報告書をまとめたマクガソンは、王都に戻った後、王を説得した。

 もちろん、トントン拍子には行かず一筋縄では行かなかった。

 マクガソンが自信を持って可能だとする理論も、第三者からすれば絵空事にしか見えない。

 王室の研究機関に持って行くべきだという意見が大半だったが、マクガソンはめげることなく根気強く説得し続けた。

 その結果、普段の真面目な仕事ぶりも評価されてマクガソンの考えは、『竜の剣計画』として採用されたのだ。

 説得の決め手となったのは、魔王の存在だろう

 近年になって、西の果てで魔王を名乗るものが、モンスターを率いて攻めて来た。

 マクガソンの住むラピタス王国にとっては、対岸の火事かもしれない。

 事実、ここは東の果ての国であり、魔王が現れた西の果てとの間にはいくつもの国がある。

 その中には軍事国家や宗教大国もあるので、心配することはないかもしれない。

 しかし、世の中には絶対などあり得ない。

 間にある大国が破れることも憂慮して、余裕のあるうちに新兵器を開発したほうがいいのでは無いか。

 土壇場になって、あの時の新兵器を完成させろなどと言われても手遅れになっているかもしれないのだ。

 それに、予想通りに魔王が討たれたとしても、周辺諸国に睨みを効かせるのに十分使えるかもしれない。

 このような感じの説得が功を弄して、必要な資金と資材を手にしてアンチブンの町へと戻って来た。

 開発を始めてから、順調に事が運んだかというと、そうは問屋が降ろさなかった。

 邪竜は、化石になっても邪竜だった。

 素材として強固で頑丈であるため、極めて加工がしずらいのだ。

 マクガソンは、魔術師であり、錬金術師でもある。

 どちらも練度が高いため、術を使った高度な加工ができるはずだったのだが、術を浸透させるのに時間がかかる。

 融合、圧縮した素材を鍛治氏たちが加工しようとすると、ハンマーが壊れてしまう始末だ。

 困難に立ち向かっていると、当然資金も尽きてくる。

 最初、金貨にして10万枚あった資金は、成果を出せないまま目減りしていく。

 仕方がないので周辺のモンスターを狩って資金の足しにしていた。

 おかげで、宮廷魔術師をしていた時より、戦闘経験を積む事ができた。

 しばらくの間、ガムシャラになって兵器の開発とモンスター退治を並行してやっていた。

 そのためか過労で倒れてしまった。

 その時に、心身になって看病してくれた娘に恋をした。

 実は、ピエールの後に町長になった男の一人娘であることを、後になって知った。

 当時は、そんなことなど知らずに熱烈に求婚した。

 一時は仕事を忘れるほどに。

 彼女の方も、筋骨たくまし鉱夫の中で育ったためかインテリの優男が珍しく新鮮に映った。

 マクガソンの行う都会的なプロポーズに心打たれて付き合い始める。

 やがて、二人の仲は父親であり町長である男に知られることとなる。

 相手は、いつ王都に帰るかわからない人間だということで最初は反対されたが、マクガソンがこの地に根をおろす覚悟があるのを知り承諾した。

 やがて結婚したマクガソンは、次期町長としての仕事もするようになった。

 さらに仕事が増えて、忙しさは増したが苦にはならなかった。

 そのうち娘のエミリーが生まれた。

 母親譲りの美しさと、父親が舌を巻くほど賢く育ったエミリーは成長して、町一番の剣士で自警団の団長でもあるジェイコブと結婚した。

 元気な孫も生まれた。

 妻は、二人目の孫であるメアリが生まれた後に死んでしまった。

 とても幸せそうな死に顔だった。

 悲しみに囚われ自暴自棄になってしまったが、家族と仲間達の支えもあり立ち直る事ができた。

 ちょうど良い機会だと思い町長の座を、娘婿のジェイコブに譲った。

 それからは、ラストスパートだと言わんばかりに開発に没頭して来た。

 そういった時間の経過の中で、ついに研究開発していたものが完成したのだ。

 完成までに60年という月日を消費したのだから、感動もひとしおだろう。

 昨夜も、徹夜して報告書を書き上げ、そのままの勢いで資料の編纂も行った。

 年をとると徹夜はこたえるが、今は清々しい気分になっている。

 黙って朝食を平らげる、今のマクガソンの頭の中は他にやり残したことは無いかということだけだ。

「じいちゃんは、今日はどうするんだ?」

 食事を終えて、かたずけの手伝いをしているエバンスが聞いてくる。

 いつもなら、朝一で工房の方へと向かうのだが、しばらくは、その必要はなさそうだった。

 やる事が思いつかずに考え込んでいると、エバンスが勢い込んで言ってくる。

「何も無いんだったら、じいちゃんが作った物を見せてくれよ!」

「ダメよ。おじいちゃんは、また徹夜したから休まないと」

 好奇心旺盛な息子を、母親がたしなめる。

 マクガソンは、微笑ましい気分で親子の触れ合いを見ながらも、エミリーを制してエバンスの望みを聞く事にする。

「かまわんよ。一休みしたら一緒に見に行こう」

「やったぜ!」

「だから、それまで勉強をしていなさい」

「ええ〜」

 自分の望みを叶えてくれたことは嬉しいかったが、勉強と聞いて嫌な顔をする。

 エバンスは、祖父であるマクガソンから魔術を、父であるジェイコブから剣術を学んでいた。

 本当は、どちらか一方を選んで集中して学習したほうがいいのだろうが、とある理由でこのような教育方針となった。

 そのため、今のエバンスは剣も魔法も使える魔法剣士となっている。

 どちらも使えると言えば聞こえはいいが、魔法剣士はどっちつかずで中途半端な存在だと思われている。

 事実、マクガソンが今まで出会った魔法剣士は、剣も魔法も専門職には及ばない中途半端な人間ばかりだった。

 それに比べれば、自分の孫であるエバンスは違うと、マクガソンは思っている。

 手前味噌かもしれないが、宮廷魔術師である自分と、町一番の剣士であるジェイコブが育てたという自負がある。

 どちらかを極めた人間と戦っても見劣りしないという自信があった。

 最強の魔法剣士と言っても過言では無いかもしれない。

 食事を終えたマクガソンは、後のことは家族に任せて、自分は部屋に戻って一休みする事にする。


 太陽が中天に上ろうとする時間に、マクガソンは孫のエバンスと共に鉱山への道を歩いていた。

 鉱山までは、それなりに距離がある。

 そのため、馬車に乗ることを勧めらるが、せっかくなので孫とのんびり歩いて行く事にした。

 鉱山と町の間には森が広がっており。

 その中を、一本の道筋が通っている。

 この道を通って、二人は会話しながら歩いている。

 主に話し込んでいるのは、エバンスの方だ。

 エバンスは、最近になって自警団の仕事を手伝うよになった。

 大人たちに混じって、町の見回りをしている。

 酔っ払いの喧嘩を止めるのにも駆り出された事があった。

 今歩いている森の中も、狼、猪、熊といったタイプのモンスターがたまに出る。

 なので、森に出てくるモンスター退治も自警団の仕事になっている。

 本当なら、老人と少年の二人だけで、この道を歩くのは危険なのだが、魔術師であるマクガソンが一緒なので問題ないと思われている。

 ショートソードとスモールシールドで武装しているエバンスは、モンスターが出たら自分が倒すと息巻いている。

 エバンスは、見た目どうり机にかじりついて勉強するよりも、体を動かしている方が好きな少年だ。

 魔術師のマクガソンとしては、もっと勉強をして知識を深めて欲しいと思うところもある。

「エバンスは、魔法より剣の方が好きか?」

「そういうわけじゃ無いけど…」

 エバンスは、勉強は苦手だが、魔法が嫌いという訳では無い。

 魔法には、剣術には無い魅力がある。

 剣だけでは勝てないモンスターも、魔法を組み合わせる事で勝てるようになった時もある。

 自警団の仕事でも、魔法を使う事で乱暴者を最小限の被害で取り押さえる事ができた。

 宮廷魔術師をしていた祖父に、魔法を教えてもらえたことは嬉しいし誇らしくも思っている。

 それでも、エバンスが勉強を苦手としているのは、魔道書は読んでて眠くなるからだ。

 魔道書に書かれている言葉は、どれもが小難しくて回りくどい。

 エバンスからすれば、気取った大人が偉ぶって難しい言葉を使っているようにしか見えなかった。

 なぜ、祖父であるマクガソンが、あんな物を読み解く事が出来るのか、全く理解出来なかった。

 ちょうど良い機会なので、エバンスは常日頃から感じていた不満をぶつけて見た。

 それを聞いたマクガソンは盛大に笑い出す。

「なんだよ、笑うなんてひどいぞ、じいちゃん!」

「すまんな。今まで考えて見た事もなかった事だからな」

 エバンスが言っている小難しくて回りくどい言い回しとは、王侯貴族の間で使われている宮廷言葉のことだろう。

 魔術師になる人間は上流階級の人間である事が多い。

 素質があっても育成に時間と金がかかるからだ。

 マクガソンだって、貴族の家に生まれていなければ宮廷魔術師になれたかはわからない。

 ひょっとしたら中途半端な魔法剣士になっていたかもしれない。

 そのような訳で、生まれがいい人間の集まりになるので、使う言葉も必然的に宮廷で使われる言葉使いになっているのだ。

 マクガソンにとっては、当たり前に使いこなしていた言葉だったので、エバンスのような疑問は感じなかった。

 だから、魔道書の書式が小難しくて回りくどいと言うエバンスの感想が新鮮に感じた。

 目的地までは、まだ距離がある。

 ちょうど良いと思ったマクガソンは、歩きながら宮廷言葉の講釈をする。

 その間のエバンスの表情は、ありがた迷惑といった感じだった。

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