マギウスコロッサス ドラグソード

オオタカ アゲル

第1話 龍の化石

 会議室と思われる広い部屋の中、大きなテーブルを囲んで五人の男達が真剣な顔をしている。

 テーブルに乗っているのは酒や料理ではなく、同じくらいの大きさの紙である。

 そこに書かれいるのは、アリの巣を思わせるような大迷宮だ。

「ここは、もうダメだな」

 男の一人が、迷路の入り口の一つを指差す。

 迷路には、いくつかの入り口があり、中央付近にあるものにはバツ印がついている。

 男が指差した左側にも、バツ印がついている。

「また、北か南に新しい入り口を作るか」

 別の男が難しい顔でつぶやく。

 それを聞いた他の男達も、うなずいて賛同する。

 これからのことについて、さらなる話し合いをしようとしたところで、慌てた足音がこちらに近づいて来るのが聞こえてきた。

 足音の主は、扉の前で立ち止まってノックすることなく、勢いよく開け放った。

「大変だ町長。八番坑道が崩れた!」

「なっ、なんだって!」

 事故の報せを聞いて、誰もが青い顔をして驚く。

 それから茫然自失になることはなく、誰もが不安を抱えた顔で外へと駆け出して行く。

 家を出て最初に目に入る光景は、左右に連なる鉄壁のような大山脈。

 男達がいるのは、素朴だが活気のある町だ。

 出てきた場所は、町の中で一番大きな屋敷である。

 目の前の大山脈は、大陸を南北に縦断するケベルム山脈と呼ばれるものだ。

 男達がいるのは、麓にある鉱山と鉄工の町。アンチブンである。

 今しがたまで男達が会議していたのは、町長の屋敷だ。

 町長をはじめとする幹部の男達は、全力で坑道へと向かって行く。

 彼らは、それなりに年を取ってはいるが、元鉱夫なのでガッチリとした丈夫な体をしている。

 そのためか、鉱山にたどり着くまでの道中、誰も泣き言を言わずに全力疾走していた。

 鉱山には、一番年上に見える白髪の老人で、町長のピエールが真っ先にたどり着いた。

「状況は?」

 門番の男に簡潔に尋ねる。

 走ってきたピエールの姿に心配した顔になる門番。

 しかし、一喝するような声で聞かれて慌てて答える。

「はい。八番坑道を採掘中に足元が崩落。採掘していた鉱夫の何人かが一緒に落ちました!」

「無事は確認できたのか?」

「まだ連絡は来ていません」

「わかった」

 今わかっていることを聞いて思い悩むピエール達。

 詳細もわからず迂闊に動けば、二次災害がおこるかもしれない。

 じれったいが、今は待つしかないと思った。

 焦燥感を持って待ち続けていると、行動の奥から人の気配がしてくる。

 気配が人影に変わると、慌ただしく駆け込んできているのわかった。

「大変だっ、町長!」

 ただならぬ慌てっぷりに、最悪の事態がおこった事を覚悟する町長達。

「オラ、坑道の奥でとんでもない物を見つけちまっただ!」

 予想外の言葉に、誰もが顔を見合わせて訝しがる。


 枝分かれし、蛇行する坑道の再奥。

 落とし穴のような縦穴を降りると、それはあった。

 無数の松明の明かりに照らされて、浮かび上がってくる幻想的な巨体。

 大きな洞窟に収まっているのは、噂に名高いドラゴンである。

 それも、ワイバーンなどといった亜種ではない。

 真なる龍だ。

 ただし、生きてはいないが。

 もし、生きたドラゴンがいたならば、その周りを野次馬が取り囲むのを許さず皆殺しにしただろう。

 さらには、それだけに留まらず、鉱山と町が壊滅するほどの被害を及ぼしていたはずだ。

 しかし、今は化石となっている。

 それでも、骨だけとなった姿を晒していても、ドラゴンには十分すぎる威圧と魅力がある。

「すばらしい」

 ドラゴンを見ていた大衆の一人がつぶやく。

 夢見心地な表情でつぶやく男は、他の観衆と比べて毛色が違って見える。

 アンチブンは鉱山の町だ。

 だから、周りにいるのは、薄汚れてくたびれたシャツとズボンを着た筋骨たくましい鉱夫達だ。

 その中で、この男だけが仕立ての良いローブを着て、身の丈と同じくらいの長さの立派な杖を持っている。

 むさ苦しい立派な体躯をした男達の中に、優男が一人だけいて浮きまくっているのだ。

「どうでしょうか。魔導師様?」

 町長のピエールが、不安な顔で尋ねる。

 男は答えず、竜の化石を見つめ続けている。

 大好物を前にした子供のような顔をしているので、無視をしているのではなく、夢中になって周りが見えていないのだろう。

 その証拠に男は、妄想と思われる独り言を垂れ流している。

「ククク。これがあれば長年の研究を形にできるかもしれない」

 仕方がなので、背中を叩きながら、もう一度呼びかける。

「魔導師様!」

 再び呼ばれた魔導師の男、マクガソンは飛び上がるほどに驚いて悲鳴をあげる。

「な、何をするんだね!?」

 妄想から覚めたマクガソンは、不意打ちのような事をされたことに対して、恨みがましい眼差しを向ける。

 町長のピエールは、そんなものは意に介さず不満と不安が入り混じった目で睨みつける。

 抗議しようとしたマクガソンだったが、町長の目力に怯んでしまい言葉を飲み込む。

「そ、それで。どうしたんだね」

 自分が庶民に圧倒された事を、悟られないように聞き返す。

「こいつは、大丈夫かって話ですよ!」

「ああ、そうだったな」

 先ほどまで神秘的な光景に見とれていたが、自分がここに来た本来の目的を思い出して気恥ずかしい顔になる。

 マクガソン・ヴァーニルは、宮廷魔術師団の末席に属する人間だ。

 彼が、東の果てにある鉱山の町に来たのは、目の前にあるドラゴンの化石のためだ。

 今からおよそ一ヶ月前。王宮からドラゴンが現れたという知らせがきた。

 知らせを受けた王宮は、上へ下への大騒ぎになった。

 ドラゴンといえば、世界最強の名を欲しいままにする恐ろしい存在。

 厄災のごとく扱われ、出会えば間違いなく死が訪れるとまで言われている。

 そのようなものが現れたとなれば、蜂の巣をつついたようになるのは当然だ。

 一時は、アンチブンの町を放棄するのもやむなしとなったほどだ。

 しかし、続く報せで大昔に死滅した化石が出て来たのだとわかると、安心して気が抜けてしまった。

 そのためか、調査に来たのは若輩のマクガソン一人だけだった。

 マクガソンは貴族の出身だ。

 三男として生まれたため、後継者となることはなかった。

 そのため、成人して独立する時のために研鑽を続けて来た。

 幸いにして、魔術師としての才能があったため、王都の魔術学園に行くことができた。

 魔術以外にも、錬金術にも興味を持ち並行して学習してきた。

 結果、どっちつかずにはならず、両方を高いレベルで習得して卒業することができた。

 卒業後は、学者になろうかと思った。

 しかし、貴族ならば国家に忠誠を尽くすべきだろうと思い、宮廷魔術師の門を叩いたのだ。

 マクガソンは、学者気質な人間なため、戦闘は苦手だったが、持ち前の知識を生かすことができる仕事で活躍していた。

 今回、マクガソンが選ばれたのも、相手はドラゴンとはいえ物言わぬ化石なので、戦闘がないだろうと思っての抜擢だった。


 咳払いをしてから、マクガソンはさらに近づいてみる。

 たとえ化石であっても迫力と威圧感は充分持っており、一歩近ずくごとに悪寒が強くなっていく。

 精神的に限界を感じる所まで近づいたところで、改めて目を皿のようにして見つめる。

 とてつもない巨体を誇っており、大の大人を丸呑みできそうな大きな口をしている。

 六本の指のある手と腕も同様で、勇猛果敢な戦士を掴んで離さず、そのまま握り潰すことができそうなほどの逞しさを感じる。

 いつ動き出してもおかしくないほどの魔力を感じ取ることができるが、生命力は感じない。

 動く死体になるほどの闇の力も感じ取ることはできなかった。

 五感で感じ取る限りでは、目の前の化石からは動き出す兆候は見られない。

 これ以上の調査をするなら専用の機材が必要になるだろうが、このような所まで持ってくるのには大変な労力が必要となるだろう。

 今わかった範囲のことを町長に伝える。

 結果を聞いた町長は、一安心して胸をなでおろす。

 化石とはいえドラゴンが現れたのだ、今まで気が気ではなかっただろう。

 気苦労から解放された清々しい顔になっている。

「それにしても、最初は驚きましたぞ」

 安心して気が緩んだのか、緊張して堅くなっていた口が滑らかに動き出す。

「昔話の怪物が、復活したかと思いましたぞ」

 ドラゴンの化石に再び見惚れていたマクガソンは、村長の言葉に興味を示す。

 アンチブンに行くことになったマクガソンは、ドラゴンに関する資料を多く取り揃えた。

 しかし、町自体に対しては、伝聞された程度のことしか知らなかった。

 すなわち、鉱山と鉄工で栄えた町だということぐらいだ。

 博識で知られる自分が、偏ったことにしか興味を持たなかったことを恥じて、素直に村長から話を聞かせてもらうことにする。

「ワシらが子供の頃には、必ず聞かされる話なんだがな」

 そう前置きする町長の口ぶりは、先ほどまでのピリピリとしたものではなく、孫を可愛がる好々爺のようになっていた。

 町長の話によると、はるか大昔に、この地には全てを喰らい尽くす邪竜が住んでいたという。

 常ねに空腹で何でも食べてしまう邪竜は、自身の縄張りにあるものを全て食い尽くしてしまった。

 ならば、次は縄張りの外にあるものを食い始めようとした時、それは現れた。

 神託を受けて神剣を授かった神の戦士が。

 当然、相手を一目見た邪竜は、食らってやろうと襲いかかる。

 戦士と邪竜の戦いが始まる。

 双方の戦いは七日七晩続いた。

 休む間も無く戦い続けたので、かなりの疲労が溜まっている。

 そのため、どちらもあと一撃で勝負がつくといった感じになっている。

 先に動いたのは邪竜だった。

 最後にして最大の威力のブレスを放ったが、戦士は神剣で火炎を切り裂いて前に進み、見事心臓を刺し貫いた。

 邪竜は、倒れて息をひきとる。

 それを見届けた神は、邪竜の亡骸を地に沈めてから、連なる山々で蓋をした。

 そして、死した後ににじみ出て来た瘴気が、山の中で届こうって変質して良質な鉄になったという話だ。

 その後、戦士は新たなる神託を受けて、いずこかえと旅立ってしまった。


 話を聞き終えたマクガソンは、地元の民間伝承に感心する。

 それから、胸の方を見てよく観察する。

 化石は左側面を向いているので、心臓がどうなっているかうかがえる。

 アバラの隙間からは、赤黒い塊が見える。

 あれは、魔結晶と呼ばれる物だ。

 モンスターが死ぬと体内の魔力が心臓に集まって結晶化した物である。

 魔結晶は、様々な魔道具の材料に使われている。

 しかし、出回っている数が少ない。

 それはなぜか?

 理由は、出来上がるまでに時間がかかるからだ。

 魔結晶は、モンスターの体の大きさと内包する魔力量に比例して、大きく質の良い物が時間をかけて出来上がっていく。

 ゴブリンの魔結晶は、小指の先程度の大きさだが、出来上がるのに五日ほどかかる。

 それより大きくて強いオークやオーガなら、さらに倍の時間がかかるだろう。

 しかし、人間は気長に待つことができないので、錬金術を発展させた。

 死んだ後に心臓を取り出して錬金術をほどこすことによって、半分以下の時間で魔結晶を作り出せるようになった。

 ただし、この方法だと、天然物に比べと質も大きさも劣る物が出来上がってしまう。

 術の都合で心臓しか使っていないのだから仕方がない。

 そのため、魔結晶が欲しい人間は、質を取るか時間を取るかのジレンマに悩ませられることになる。

 では、この魔結晶はどうだろうか?

 まず、間違いなく天然物であろう。

 ドラゴンの化石が見つかったのは、およそ一ヶ月前だ

 アンチブンの歴史は100年以上あるはずなので、その間に邪竜の化石が見つかったと言う話はなかったはずだ。

 当目から見ても、邪竜の魔結晶がどれほどすごいかが感じ取れる。

 人の頭の倍はありそうな塊からは、近づくことさえはばかれるほどの魔力が溢れている。

 この魔結晶を加工すれば、とんでもない魔道具が作れることが容易に想像できる。

 マクガソンは思った。

 邪竜の化石と魔結晶を使って自分の望む魔道具を作りたいと。

 魔術と錬金術に深い知識を持つ自分と、鍛治の技術を持つ町の人間達。

 あの素材を、力を合わせて加工すれば、自身が考案し理論は完成させている魔道具を作り出せることができるだろう。

 そのためには、嘘の報告をして着服することも一瞬だけ考えてしまった。

 しかし、それではダメだと思い直す。

 どんなに世のため人のためと言っても、法を破り筋を曲げてしまったら、誰からの指示も得られず非難されてしまう。

 ならば自分がやるべきことは何か?

 それは、説得力ある報告書を作って支持者を集めることだろう。

 考えをまとめたマクガソンは、望みを叶えるべく行動を開始する。

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