第9話 昼食の誘い

 次の日の昼休み、いつものように教室を出るために鞄の中から総菜パンを取り出そうとしていると目の前に人影が現れた。



「翼!」


「(この声、聞き覚えがあるな)」



 普段教室でよっぽどの事がないと会話を交わさない、彼女の声に似ている。

 嫌な予感がして顔を上げると、そこには弁当箱を持って微笑む幼馴染の姿があった。



「どうしたんだよ? 突然俺の所に来て」


「せっかくだから一緒にお昼ご飯を食べようと思って声をかけたんだ」


「昼ご飯を食べようって‥‥‥いつも一緒にいる友達はどうしたんだ?」


「湊達の事?」


「名前はわからないけど、たぶんそうだと思う」



 この前大声で七海が名前を言っていたから間違いはないだろう。

 自己紹介はされてないけど、なんとなく彼女の名前だけは覚えた。



「それならさっき別の友達と食べるって断りをいれてきたから大丈夫だよ」


「その割にはみんな俺の事を睨んでいるような気がするんだけど、気のせいかな?」


「気のせいだと思うよ。それは翼の勘違いだよ」


「どう見たって俺の勘違いじゃないような気がするんだけどな」



 七海とよく話している女子2人は興味津々といった感じで俺達の事を見ているけど、その隣にいる男子達は違う。

 特に夏山? と呼ばれていた男子生徒の視線が鋭く、まるで親の仇を見るような目で俺の事を睨んでいた。



「七海、1つ提案なんだけど」


「何?」


「今からでも考え直して、友達の所に戻るという選択肢はないか?」


「ないよ」


「ないのか」


「うん。だって昨日翼も言ったでしょ。あたしの交友関係に口を挟まないって」


「ただし評判の良くない生徒とつるむなら、口を挟むとも言ったぞ」


「ふ~~~ん。翼は自分の評判が良くないって、自分で認めるんだ」


「‥‥‥‥‥どうだろうな」



 自分の評価なんて1度も気にしたことがない。

 だから具体的に周りからどう思われているか考えたことがないし、わからないというのが本音だ。



「あたしは翼の悪い噂なんて、1度も聞いたことがないよ」


「その分いい噂も聞かないけどな」


「いい噂も悪い噂も聞かないってことは、少なくとも悪い生徒じゃないと思わない?」


「確かに七海の言う通り、悪い生徒ではない気がする」



 なんだか七海の手のひらで踊らされている気がしないでもないけど、話の展開的にそう答えるしかない。

 聞きたい答えが聞けて満足したのか、彼女は俺の腕を掴んで立ち上がらせた。



「それならいいでしょ。早くお昼ご飯を食べに行こう」


「おい、ちょっと待て!? 俺をどこへ連れて行くつもりだ!?」


「それは内緒。ついてからのお楽しみだよ」



 そのまま七海は俺を教室の外へと引っ張って行く。

 その間クラス中の視線が、俺と七海に向けられていた。



「(俺は別にどうなってもいいけど、こんなことをして七海は大丈夫なのかよ?)」



 俺みたいな地味な奴と一緒にいて、七海の評判に傷がついたらどうするつもりだ?

 せっかくできた友達が離れて行っても、俺は責任取れないぞ。



「こっちは階段だけど、中庭に行くの?」


「中庭もいいんだけど、そこよりももっといい場所があるの」


「中庭よりもいい場所? そこはどこなんだ?」


「それは着いてからのお楽しみ! 今はあたしについてきて」


「わかった」



 七海にそう言われたら、俺も黙ってついていくしかない。

 今は彼女の言葉を信じて、ひたすら階段を登っていく。



「七海、いつまで階段を登り続けるんだ?」


「もう少しだから。頑張って歩いて」



 このまま登り続けたら、最上階にたどり着いてしまう。

 しかしそんな事はお構いなく、七海は階段を登り続ける。



「(一体最上階には何があるのだろう?)」



 この階段の先に何があるか、俺にはわからない。

 それは七海だけが知っている事である。



「着いた!! 今日はここでお昼ご飯を食べようと思います!」


「ここで食べるって‥‥‥このドアの先は屋上だろう?」


「うん。そうだよ」


「この学校って屋上を解放してたっけ?」


「解放してるみたいだよ。この前ちゃんと先生に確認したから大丈夫」


「ならいいけど‥‥‥」



 一抹の不安は残るけど、そういう話なら問題はないだろう。

 ここは七海の言葉を信じて先に進むしかない。



「ほらほら、天気もいいんだし早く行こう」


「あっ、あぁ」



 七海と一緒に屋上の扉を開く。

 扉を開くとそこはコンクリートと安全柵で覆われた開放的な場所だった。



「ここが屋上か」


「うん。この前友達と一緒に来たんだけど、見晴らしがいいから気にいってるんだ」


「確かに景色はいいようだけど、ちょっと暑くないか?」


「それならあっちに行こう」


「あっち? あっちに何があるんだよ?」


「日差しの関係で、ちょうどこの時間は日陰になっている場所があるの。だからそこで食べよう」


「本当にそんな場所あるの? こんな開けた所に?」


「あるよ! 今案内するから、あたしについてきて」


「わかった」



 七海に案内されるまま連れて来られた場所は入口とは反対側の場所である。

 その場所はこの時間ちょうど太陽が隠れるような作りになっており、彼女の言った通り日陰になっていた。



「確かに。ここなら暑くないな」


「でしょ!! あたしが見つけた、おすすめスポットなんだ」


「そうなのか。さっき話していた友達もこの場所で一緒に食べたのか?」


「食べてないよ」


「えっ!? さっき屋上で一緒に昼食を食べたって言ったよな?」


「うん。確かにこの前天気が良かったから、みんなで屋上に来てご飯を食べてたんだけど‥‥‥」


「けど?」


「みんな口を揃えてこの場所は暑すぎるって言ってて、教室に戻ったんだ。ちゃんと日陰の場所もあったのに。それでもやっぱり戻ろうって言われて、教室へ戻ったの」


「それは‥‥‥大変だったな」


「うん。結局殆ど景色を見ないうちに移動したから、1回ここでちゃんと食べたかったんだよね」



 どうやら今日七海がこの場所を選んだ理由は、彼女が外の景色を堪能したかったらしい。

 インドア派の俺とは違いアウトドア派の七海の事だ。教室にずっといるのが嫌だったのだろう。

 太陽にあたって眺めのいい景色が見える所で食べたいというのは、実に彼女らしい発想である。



「それじゃあ食べようか」


「そうだな。ぼやぼやしていると昼休みが終わる」



 それから俺達は日陰になっている場所に腰を落とし、屋上で昼食を食べ始めた。


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続きは明日の朝更新します


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