第7話 部活に入らない理由
「別にバスケをやめた理由なんてないよ」
「本当にないの?」
「しいていえば、土日に1人でゆっくり過ごす時間が欲しかったっていうのが理由かな」
「なるほど。そういう理由で部活に入らなかったのか」
「そういう翼は部活に入らないの? 中学までは吹奏楽に入ってたでしょ?」
「悪いが俺も今の所どの部活にも入る気はないな」
「どうして?」
「俺も土日は1人で自由に過ごす時間が欲しいからだ」
「それってあたしと同じ理由じゃない。言い訳をするにしても、もっと別の理由があったんじゃないの?」
「どうやら長年同じ環境で育つと、思考まで似てくるみたいだ」
「何それ? 全然言い訳になってない」
「そう言われても、俺もそうとしか答えようがないからしょうがないだろう」
そもそも俺が中学時代吹奏楽部に入部した理由も不純なもので、様々な楽器に触れ最低限それらを使いこなせるようになる為だ。
当初の目的も中学時代に完遂してしまったので、高校では今まで楽器に触れていた時間をもっと別のことに使いたいと思い、部活に入らなかった。
「だったらあたしだって同じ理由よ。それ以上の理由なんて思い当たらない」
「わかった。それなら俺もこれ以上は追及しない」
しつこく聞いたところで、きっと七海は何も話してくれないだろう。
それなら聞くだけ無駄だ。時間が経って彼女が自然と話してくれるまで待つしかない。
「せっかくだから翼も何か弾こう」
「七海が弾いてるから、俺はやめておくよ」
「久々に私も翼のピアノが聞いてみたいのに、弾いてくれないの!?」
「わかった。七海がそこまで言うなら、俺も弾こう」
「やった! 久々に翼のピアノが聞ける!」
「そんなに俺のピアノを聞きたかったの?」
「うん!」
俺の下手くそなピアノを聞きたいなんて、七海も変わった人だ。
だけどこうして彼女から求められるのも悪い気がしない。
「そしたら場所を交換しよう!」
「わかった」
「早く早く! すぐにどかないと翼の膝の上に座っちゃうよ」
さすがに膝の上に乗られるのはまずいと感じ、慌てて七海と席を交換した。
そして久々にピアノの前に座って、鍵盤の上に両手を置く。
「(こうしてピアノを弾くのは久々だな)」
それこそ卒業式の後、吹奏楽部の後輩達に頼まれたて弾いた以来だ。
あまりにも久々すぎて、ちゃんと弾けるか不安になる。
「七海は何か聞きたい曲はある?」
「それならいつものやつでお願いします」
「わかった」
このやり取りだけで彼女が何の曲が聞きたいかわかってしまうのが、幼馴染の辛い所である。
俺は要望通り七海が希望した曲をピアノで弾き始めた。
「これこれ! やっぱり翼と言ったら、Red'sのメドレーよね!」
「ギターやベースが主流の曲をピアノで弾く人なんて、普通はいないけどな」
「別にいいじゃん。あたしはそういうアレンジをする人、意外性があって好きだよ」
「そうか。それなら七海の要望に応えて、少し長めのメドレーをお届けしよう」
ニコニコと嬉しそうに笑う七海にRed'sのメドレーを披露する。
今弾いている曲は昔俺の親が管理しているCDの棚から勝手に拝借して、2人で聞いた思い出の曲である。
「やっぱり翼ってピアノ上手いよね」
「そうか?」
「うん。中学に入る前は私よりもピアノが弾けなかったのに、急に上手くなった」
「‥‥‥吹奏楽部の時、結構練習したからな」
「知ってるよ。吹奏楽部の先生も、翼の事を手放しで褒めてた」
「そうなの?」
「うん。翼は今まで見てきた生徒達の中で、誰よりも努力家だって言ってたよ」
「あの先生そんなことを言ってたのか。俺の前では1度も褒めてくれたことがないのに」
「それは褒めるよりも怒った方が翼は伸びると思ったからでしょう」
「ちょっと待て。七海は何か勘違いしてないか?」
「勘違い? どういう事?」
「別に俺はあの先生に怒られてないよ‥‥‥褒められてもないけど」
「それなら翼はあの先生になんて言われたの?」
「1つ1つ問題点を指摘されただけだよ。それも細かく細微な所まで」
「それは大変だったね」
「まぁな」
あの先生はいつも俺の所に来ると険しい顔で、俺の演奏のどこが駄目でどうすればもっと良くなるかというアドバイスをしてくれた。
その度に自分の欠点を克服するため必死に練習をして、問題点を改善していったのはいい思い出である。
「たぶん先生がそういう指導をしたのは、そっちの方が翼には効果的だと思ったからじゃないの?」
「そうだろうな」
「でも、代わりにこうしてあたしが褒められてることを聞いていたからいいじゃない」
「それはそれでどうかと思うけど」
「いいの! 翼が褒められるとあたしも嬉しいんだから、それでいいでしょ」
「何で俺が褒められると七海が嬉しいんだよ?」
「翼の努力が実って周りから認められることが嬉しいんだよ。本当は翼って凄いのに。周りは認めないから」
七海の言う通り、俺は周りからよく誤解される。
それは俺が出来る事と出来ない事の差が激しいからかもしれない。
「(だから結果を残した時、周りから『運がよかった』って言われるんだよな)』
俺自身そう言われたことに対して何も思わなかったけど、もしかすると七海はずっと気にしていたのかもしれない。
俺が褒められると自分の事のように喜ぶ七海だからこそ、俺が人に何か言われているのを耳にして、悲しい気持ちになっていた可能性もある。
「七海の買い被り過ぎだよ」
「買い被りじゃない!!」
「それに俺は七海が言う程、大した努力をしてないよ」
「そんなことない!! 吹奏楽部内でも、翼は努力家だってみんな言ってたよ」
「それは周りが俺の事を過大評価していただけだ。実際は色々な楽器を担当していたから、演奏もそんなに上手くない」
元々ある計画を達成させるために入った部活だからこそ、1つの楽器にこだわらず満遍なく取り組んだ。
その結果どの楽器でもある程度演奏ができるけど、飛びぬけて上手い楽器はない。所謂器用貧乏の範疇で収まってしまった。
「翼って結構強情だよね」
「それを七海に言われたくない」
強情って言うなら七海だって同じようなものだろう。
頑なに部活に入らないと言ってるし、人の事を指摘する筋合いはない。
「強情ついでに質問するけど、翼は高校で話し相手を作る気はないの?」
「話し相手というなら、目の前にいるだろう」
「あたしじゃなくて、あたし以外の人だよ!! 翼っていつもクラスに入ると授業の準備をしてるか、机に突っ伏して寝てるでしょ!!」
「まぁな。毎日夜更かしして、朝早く起きてるから眠いんだよ」
「そうなんだ。それは大変‥‥‥じゃなくて!! 友達がいなくて寂しくないの!!」
「全く。これっぽっちも寂しくはない」
「そう‥‥‥」
「こうしてボッチの俺にお節介を焼いてくれる優しい幼馴染がいるから、1人でいても寂しいと思ったことはないよ」
「いっ、いきなりなんてことを言うのよ!?」
「そんな驚かなくてもいいだろう。俺は七海がこうして俺と話してくれることにいつも感謝してる。だからその素直な気持ちを伝えただけだ」
彼女は幼馴染だから俺の事を放って置けず、いつも気にかけてくれている。
その優しさは俺にも痛い程伝わっている。
「そう思ってるなら、翼も友達を作ろうよ」
「それは遠慮する」
「何で?」
「別に何だっていいだろう。人の交友関係まで、口を挟まないでほしい」
「あたしは翼の事を心配してるのに!! またそういういい方をする!!」
「俺だって七海の交友関係に口を挟まないだろう。それと同じだ」
「ふ~~~ん、翼はそういう事を言うんだ」
「何がおかしい?」
「おかしくないわよ!! 翼がそういう考えなら、あたしも好きにさせてもらうから」
「あぁ。ただあまり評判のよくない人達とつるむようなら、その時は俺も口を挟ませてもらうからな」
「わかってる。翼はいつも私のことばかり心配して、少しは自分の事も考えてよ。心配するでしょ」
最後の方は小声になっていたけど、俺の耳にもはっきり聞こえた。
中学時代からずっと七海が俺の事を心配しているのはわかっている。
それこそ休み時間にグループの友達と話している時、俺の様子をチラチラと伺っているのもその為だろう。
「よし、Red'sのメドレー弾き終わったぞ。これで満足か?」
「うん」
「そしたら今日はどうする? どこか行きたい所があるなら付き合うよ」
「‥‥‥駅前のスタダに寄りたい」
「七海はあそこの飲み物が好きだな。あれってただのコーヒーだろう」
「違うよ!! あそこのコーヒーは他の所で売っている物よりも美味しいの」
「そうか。俺には味の違いがわからないな」
「別にあたしがあそこのコーヒーが好きだからいいじゃん」
「確かにな」
「それに今日は頑張ってピアノを弾いたんだから、少しぐらい自分にご褒美をあげてもいいと思わない?」
「‥‥‥そうだな。七海の言う通り、たまには自分にご褒美をあげていいかもしれない」
「そしたら決まりね。早く行きましょう。お店が閉まっちゃう!」
「そんな慌てなくても、店は夜まで営業しているから大丈夫だ」
笑顔で俺の腕を掴む七海を見て、ため息をつく。
この太陽のような眩しい笑みを浮かべる彼女には、今後何があっても一生俺は敵わないだろう。
この先俺が未来永劫彼女に振り回される姿が容易に想像つく。
「どうしたの翼?」
「何でもない。早く行こう」
「うん!」
こうして俺と七海は下校中に駅前のスタダへと向かう。
そこで1時間ほどスタダで買った飲み物を飲みながらダラダラとおしゃべりをして、家に帰るのだった。
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続きは明日の朝更新します
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