第6話 七海の居場所

 帰りのショートホームルームが終わり、机の中にある教科書を鞄に入れていく。

 教科書を鞄に入れ終わり帰りの準備を済ませた俺は、教室にいるはずの七海を探した。



「おかしいな。教室に七海がいない」



 いつも七海一緒にいる友人グループも4人しかおらず、七海だけがいない。

 彼女の席には鞄もなかったので、そこから導き出される答えは1つだろう。



「(どうやら七海はショートホームルームの後、さっさと教室から出て行ってしまったようだな)」



 教室の中にいないという事は、既に帰ってしまった可能性もある。

 普通だったらそう考えて、家に帰っているだろう。



「となると、今日あそこにいるのか」



 七海が教室にいない時、彼女が居座っている場所に1つだけ心当たりがある。

 そこに彼女がいることを信じて、俺は教室を出た。



「俺の予想していた通りなら、たぶん七海はあそこにいるはずなんだけど‥‥‥正直自信がないな」



 その場所を彼女が気に入っていたのは入学式の時の話だし、俺を置いて先に帰ってしまっている可能性もある。

 普通に考えればむしろそっちの可能性が高い。



「とりあえずその場所に行ってみるか。いなかったら1人で帰ればいいだけだし、問題ないだろう」



 逆にこのまま彼女を探さず1人で帰った方がまずいことになる。

 明日の朝顔を合わせた時何を言われるかわからないし、しばらく俺と口を聞いてくれない可能性もあるので、最低限探したという実績を作っておこう。



「このピアノの音、やっぱりここにいたな」



 どうやら俺の予想は的中したらしい。

 俺が来たのは第2音楽室。音楽が好きな七海なら、必ずこの場所にいると思った。



「失礼します」



 もし七海以外の人がいてもいいようにあらかじめ断りを入れ、扉を横にスライドさせる。

 しかしそんな俺の気遣いも不要だった。



「やっぱりピアノを弾いていたのは七海だったか」



 彼女は心配していた俺の気持ちなんて知らず、暢気にピアノを弾いていた。

 その表情はとても気持ちよさそうで、教室にいる時とは全然違う。



「どうやら俺が入って来たことに気づいてないなようだな」



 目をつむって気分よくピアノを弾き続けているのがその証拠だろう。

 しょうがないから俺はその場で七海がピアノを弾き終わるのを待った。



「(それにしても綺麗な音色だな)」



 幼い頃から七海のピアノを聞いていたけど、腕はなまっていないようだ。

 この心地よいピアノの音色はいつも俺の心に安らぎを与えてくれる。



「(このままずっと聞いていたいな)」



 しばらく黙って聞いていると、突然ピアノの音色が止む。

 同時に七海が大きく息を吐いた。



「ふぅ。次は何を弾こう」


「せっかくだったら、Red'sの曲でも弾いたらどうだ?」


「つっ、翼!? 一体いつからそこにいたの!?」


「ちょうど今さっき入ってきたところだよ」


「そっ、そう!?」


「それよりも迎えに来たぞ、七海。一緒に帰ろう」



 七海の事を呼ぶが、彼女は一向にピアノの前から離れようとしない。

 どうやら彼女はまだピアノを弾き足りないようだ。



「(こうなったら仕方がない。気が済むまで七海に付き合うか)」



 俺は覚悟を決め第二音楽室の置いてある椅子の所まで行く。

 そして自分がいた場所から1番近くにあった椅子を掴み、七海の所へと持っていった。



「ちょっと待って!? 何で翼があたしの隣に座ってるの?」


「まだ弾き足りないんだろう? だったら七海が満足するまで付き合うよ」


「別に付き合ってほしいなんて、あたしは言ってないよ」


「俺が七海のピアノを聞きたいだけだよ。だから気にしないで弾いてくれ」


「‥‥‥わかった」



 そう呟くと七海は再びピアノを弾き始める。

 次に彼女が弾いた曲は俺もよく知っている曲だ。



「(この曲は俺と七海が好きなアーティストの楽曲か)」



 たぶん俺に気を使って、彼女はこの曲を選曲したのだろう。

 普段彼女があまり弾かない曲なので、俺に気を使っているのがまるわかりだ。



「(こんな所で余計な気をまわさなくてもいいのに)」



 今更気を使う仲でもないだろう。

 でも、その心遣いには感謝する。



「そういえば翼は何であたしがここにいるってわかったの?」


「昔から何か嫌な事があった時、七海はピアノを弾いていただろう。だからここにいると思っただけだよ」


「それなら第一音楽室にもピアノがあるじゃない。普通に考えたらあそこで弾いていると思わなかった?」


「第一音楽室は吹奏楽部が使っているから、あそこにいたら迷惑になるだろう」


「そうだね。吹奏楽部じゃない人が現れてピアノを使っていたら、驚かれると思う」


「七海は人の迷惑になることは避けるから、誰も使っていないここにいると思ったんだよ」


「ふ~~~ん、翼ってあたしの考えていることがお見通しなのね。まるでストーカーみたい」


「ストーカーなんて人聞きが悪いな。七海のよき理解者と言ってくれ」



 幼い頃から付き合っているからこそ、彼女の考えていることなんて大体わかる。

 付き合いが長い分、その辺のストーカーよりは彼女の事をよく知っているだろう。



「冗談よ、冗談。お詫びに何か翼が聞きたい曲を弾いてあげる」


「七海の伴奏で?」


「そうだよ。私に何か弾いてほしい曲はないの?」


「う~~ん、俺は特にないな。七海チョイスで頼む」


「わかった。そしたらあたしが好きな曲を弾いていくね」



 そういうとさっきまでのポップな曲からバラードへと曲が変わる。

 今七海が弾いている曲は、みんなが知っている邦楽だった。



「これはベテル〇ウスか」


「うん。あたし最近このアーティストの曲にはまってるんだ」


「それならタイム〇シーンとかいい曲だぞ。最近出た曲の中で1番いい、俺のオススメだ」


「もちろん知ってるよ。それも毎日欠かさず聞いてる」



 俺達はこうやっていつも何気なくお互いの好きな曲の話をする。

 七海とは音楽の趣味が合うので、2人でいる時はよくこういう話をした。



「そういえば七海に1つ質問してもいい?」


「そんなに改まらなくてもいいわよ。あたしに質問って何?」


「七海は部活に入らないの? 中学時代はバスケも頑張っていたし、今日も友達にバスケ部に入らないかって誘われていただろう」


「あの会話を盗み聞きしてたんだ。翼って趣味が悪いね」


「あんな場所で投げキッスなんてしてきたら、嫌でも話が耳に入るよ」


「ああっ!? あれはちょっとしたいたずらだから!? 勘違いしないでよね!?」


「そんな事俺もわかってるよ。だから俺も気にしてない」


「なっ!? 少しは気にしなさいよ!! 何であんなことをされたのに、翼はそんな冷静なの!?」


「そういういたずらは小学生の頃から散々受けてきただろう。だからさすがに俺も慣れたよ」



 最初七海に同じことをされた時は俺も恥ずかしがっていたけど、さすがに何度もやられたら嫌でも慣れる。

 それこそ過去今回以上の辱めを受けた事もあるので、今更投げキッスをされた所で恥ずかしがりはしない。



「なるほどなるほど。翼はもっと過激な事をご所望なのね」


「頼むから大勢の人がいる所で、変な事だけはするなよ」


「わかってるわよ。あたしだってちゃんとTKOはわきまえているから」


「それを言うならTPOな。TKOなんてされたら、病院に行かないといけなくなる」



 一体七海はどうやって俺をTKOするのだろう。まさか家に殴り込みに来ることはないよな? 



「(彼女はたまに突拍子もないことをするから不安だ)」



 ないとは思うけど、一応注意しておこう。

 本当にTKOされたらたまったものじゃない。



「話が脱線したから元の話に戻るぞ。改めて聞くけど、七海は部活に入る気はないんだよな?」


「今のところどの部活にも入る気はないよ」


「どうしてだ? 中学時代はあれだけバスケを頑張っていただろう」



 それこそ学校で1、2を争う程上手かったのに、どうして彼女は部活をやめてしまったのだろう。

 居残り練習をするほど熱心に練習していた彼女がバスケをやめた理由を俺は知りたかった。

 

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