第5話 情報屋 山口良一
昼休み。俺はコンビニで買った総菜パンと財布を持ち教室を後にする。
教室を出て学食に向かう人達の人ごみに紛れた結果、誰にも気づかれず教室を出ることに成功した。
「ふぅ~~~。よかった、七海に気づかれなくて」
もし彼女に見つかったら、絶対教室にいるように引き留められていただろう。
昼食は出来れば1人で食べたいので、余計なお節介を焼かれなくてよかった。
「さてと。そしたら今日はどこで食べようかな‥‥‥」
「よっ、翼。久しぶり!! 一緒に飯でも食べようぜ!」
「どこへ行けば静かに食べれるだろう。そういえば裏庭にあるベンチあったな。あそこなら人がいないはずだから、そこへ行くか」
「ちょっ、待てよ!? 俺の事を無視しないでくれ!?」
面倒くさいのに絡まれたと思い無視していたけど、どうやらその作戦は上手くいかなかったようである。
昔なんとなく聞いたことがある声の人に肩を掴まれてしまったため、しょうがなく振り向いた。
「久々だな、翼。元気にしてたか?」
「えっ!? 誰!?」
「そんな冗談ばかり言って。俺だよ、俺!! 翼はこの顔を忘れたのか?」
「忘れたというか初めて会いますよね? 俺こんな大きい黒縁眼鏡をかけた人、知りあいにいませんよ」
俺の過去にいた友人はみんな裸眼かコンタクトをしていたはずだ。
こんな大きな眼鏡をかけた人、見たことがない。
「お前本当に俺の事がわからないのか?」
「わからないも何も、そんな大きな眼鏡をかけた人。俺の友達にはいなかったけど?」
「それならこれでどうだ? 眼鏡を取れば、誰だかわかるだろう」
「あぁ~~~!? お前、もしかして山口良一? 同じ中学だった?」
「やっとわかったか。そうだよ。俺はお前の唯一無二の大親友、山口良一だ」
特徴的な細めとやけにとんがった眉を見て、やっと思い出した。
彼の名前は山口良一。俺の中学でも一部界隈で有名だった人物である。
「驚いたな。眼鏡をかけてたから、誰かわからなかったよ」
「むしろ眼鏡をつけただけで、俺の事が誰かわからなかった翼にびっくりしたよ」
「それよりも視力はよかったのに、何で眼鏡をかけてるんだ? 必要ないだろう?」
「イメチェンだよ、イメチェン。今は眼鏡男子がモテるらしいから、それにあやかったんだ」
「あやかるって、別に眼鏡をかけなくてもモテる奴はモテるだろう」
「翼はわかってないな。ちゃんとおしゃれをしてないと、女性からはモテないんだぜ!」
「逆におしゃれを追求した挙句、ダサい格好になってモテなくなった人に言われたくない」
良一はそこそこ顔はいいはずなのに、女性に全くモテないのはこういう所だろう。
流行の最先端を追いかけすぎたあげく自分に似合わない格好をした結果、逆にダサいと言われ周りの女性から引かれている。
「そんなこというなよ、親友!!」
「悪いけど、俺は良一の事を親友なんて思ったことないぞ」
「連れない事言うなよ!! 俺達中学時代、ずっと一緒にいたじゃないか」
「ずっと一緒にいたじゃなくて、付きまとっていたの間違いじゃないか?」
「えっ!? それって何のこと?」
「とぼけるなよ。焦りすぎて、額から冷や汗かいてるぞ」
彼がとぼけたって無駄だ。中学時代の話をしていて、俺は全て思い出した。
当の本人は覚えてないような表情をしているけど、俺の目はごまかせない。
額から滝のような冷や汗をかいている所をみる限り、あの事を忘れてはいないだろう。
「まぁ、中学時代の事はいいじゃないか。今はこの高校を満喫しよう」
「調子のいい事ばかりいって。一体何が目的だ?」
「それはもちろん翼と七海ちゃんの夫婦漫才を観察‥‥‥‥‥‥もとい監視する為だ」
「言い直しても同じ意味だよ!! 前から思っていたけど、お前は俺達のストーカーか!!」
良一のやつ、中学時代の事を全然反省していないじゃないか。
むしろ反省するどころか、前よりも行動が悪化していると思うのは俺だけだろうか。
「そう言うなって兄弟! そんな風につれない態度を取ってると、教えてやらないぞ」
「教える? 何の話だよ?」
「七海ちゃんの周りにいる人達の情報だよ」
「なっ!? お前またゴシップ記者のような事やってるのか!?」
「ゴシップ記者なんて人聞きの悪い。情報屋と言ってくれ」
情報屋。山口良一という人間を語るには、まずこの言葉が出てくる。
何故俺は彼の事をそう表現するのか。それは彼が学校全ての情報を握っているからだ。
例えば誰と誰が付き合っているとか誰と誰が別れたというのは序の口で、この人とこの人がどこにいるか。誰と誰がいついつどこに遊びに行くのかという事まで、彼に聞けば正確に教えてくれる。
しまいには教師同士の秘密まで彼は握っており、『彼はどうやってそんな秘密を知ったんだ?』と思う事もあった。
「情報屋、別名ギャルゲーの親友キャラだな」
「それはギャルゲーの親友キャラに失礼だろう」
「驚いた。良一は親友キャラを落とすんじゃなくて、リスペクトしてるんだな」
「当たり前だろう。俺は情報のやり取りはするけど、あの人達はそれ以外に主人公の恋のアシストまでしているだろう。さすがに俺はそこまで出来ないって」
口ではこういいつつも、彼は俺や七海に色々な事をしてくれた。
例えば七海と一緒に遊びに行ってこいと映画や遊園地の割引チケットをくれたり、2人で一緒に過ごせるオススメスポットを教えてくれたりと、彼には色々お世話になった。
「良一はいい奴なんだけど、なんか残念な所があるんだよな」
「誰が残念だって?」
「何でもないよ。それより学校一と名高い情報屋の良一が、どうしてこの学校に進学してきたんだ?」
「それはたまたま俺の学力に合う高校がここだったからだよ。いや~~~偶然って恐ろしいな」
「本当に偶然なのか?」
「本当だよ」
「胡散臭いな」
どうにも俺は良一の事をいまいち信用が出来ない。
彼がしている事や行動全て、何か裏があるような気がする。
「(あいつは一体何を企んでいるんだ?)」
それが俺には全くわからない。
他の人には情報料を何かしら取るのに対して、俺や七海に対して情報料を一切取らないのが彼の怪しさに拍車をかけていた。
「それよりも翼は今欲しい情報があるんじゃないか?」
「俺が欲しい情報だと?」
「そうだよ。七海ちゃん、どうやら高校で新しい友達が出来たそうじゃないか」
『何でそんなことを知ってるんだ?』という言葉をぐっと飲みこんだ。
ここで俺がその話題に興味を示したら、全て
「(これ以上
そう思い出来るだけ平静を装った顔で彼と話そうとした。
「高校に進学したんだから、新しい友達が出来るのは普通の事だろう」
「そうだな。確か男子2人女子2人の5人グループだっけ?」
「(こいつ、何で正確な人数まで把握しているんだよ?)」
「そんな事調べるのなんて朝飯前だって」
「俺は今何も言ってないぞ」
「翼の顔を見れば、大体何を考えてるかわかるよ。お前は昔からわかりやすいからな」
こいつ、俺の心まで読めたのか。いつのまに良一は心理学を勉強したのだろう。
今の出来事のせいで、彼に対しての警戒心がよりいっそう上がった。
「そんなに警戒するなって。俺はいつも翼と七海ちゃんの味方だよ」
「一体何が目的で今日俺の前に現れたんだ?」
「それはもちろん七海ちゃんの友達の情報を伝えるためだよ。知りたくないか? 七海ちゃんの友達の情報」
「七海の友達の情報だって?」
「そうだよ。あの人達がどこの中学から来たとか、昔何をしていたとか知りたくないか?」
彼の言葉は悪魔の誘惑だ。七海の事を思うなら、多少の対価を払ってでも聞いておきたい事柄である。
でも‥‥‥。
「悪いけど、その情報はいらないよ」
「なんでいらないんだよ? 七海ちゃんを守る為には必要な事だろう」
「確かにその情報があれば、何か事前に対策を打てるかもしれない」
「だろう?」
「だけど俺は初対面の人をいきなり疑うような事はしたくない」
もし彼らの過去に何があったとしても、それは昔の話である。
今は更生している可能性もある以上、余計な情報のせいで人の評価を決めつけたくない。
「翼らしいな。俺、お前のそういう所好きだぜ」
「男に告白されても嬉しくないんだけど」
「そこは普通喜ぶところだろう。俺の胸で泣いてもいいんだぜ」
「悪いが俺にそっちの趣味はない」
「相変わらずの塩対応だな。それでこそ翼らしいけど」
そう言って持っていたスマホをポケットにしまう良一。
もしかするとあのスマホの中には今まで入手した様々な情報が入っているのかもしれない。
「とりあえず何か知りたいことがあれば連絡してくれ。いつでも力になるから」
「わかった。今日はありがとな」
「あぁ。またな。七海ちゃんにもよろしく伝えてくれ」
そう言うと良一はどこかへ行ってしまう。
まるでさっきまでの喧騒が嘘のように。周りは静まり返っていた。
「相変わらず良一は変わらないな」
嵐のようにやってきて嵐のように去っていく。
これから何が起こるかわからないけど、この先も良一の動向には注意を払おう。
「そういえば、良一がどのクラスにいるか聞くのを忘れてた」
俺達のクラスにはいなかったので別のクラスにいるとは思うけど、どのクラスに配属されたのだろう。
うちの学年は5クラスあるので、残り4クラスのどこかにいるはずだけど、どのクラスにいるかわからない。
「まぁ、別にいいか」
良一と中学時代連絡先を交換している。
いざという時はスマホで彼と連絡を取ればいい。
『キーーンコーーンカーーンコーーン』
「やばっ!? もう休み時間が終わる!?」
時計を見るといつのまにか授業開始5分前になっていた。
どうやら良一と話している間にかなりの時間を消費してしまったらしい。
「結局ろくに昼食を取らずに休み時間が終わった」
こんなことなら教室にいればよかった。
でも、教室にいたらいたで七海が絡んできそうだし、ゆっくり昼食が取れなかった可能性もある。
「仕方がない。今日は昼食抜きで授業を受けるか」
昼食を食べることをあきらめた俺は自分の教室へと帰る。
教室に帰って自分の席に座ると七海が眉間に皺を寄せながらずっと俺の事を見つめており、授業中気まずい雰囲気になった。
------------------------------------------------------------------------------------------------
続きは明日の朝更新します
いつもより少し長いですが、七海を早く登場させたかったのでまとめて投稿させていただきました。次話より翼と七海の話に戻ります。
最後になりますがこの作品をもっと見たいと思った方は、ぜひ作品のフォローや応援をお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます