転向か死か、それでも

 中の者たちは皆起きているようでした。窓から漏れる月光に、艶のない浅黒い肌の群れが浮かび上がりました。すべての窓は大きく開かれていましたが、それでも、汗のいやな臭いが濃く立ちこめています。

 骨が浮くほどに痩せた男たち女たちは、私と師の姿を認めると、粗末な麻の布団の上で平伏しました。


「こちらに怪しい者は来ませんでしたか」


 師が言い終わらないうちに、黒い影が小屋の奥へと駆けていきます。二匹の無遠慮な黒犬は、小屋の最奥にこんもりと盛り上がった麻袋の前で止まりました。……いえ、よく見れば袋ではなく、薄い布団をかぶった人のようです。

 師はゆっくりと歩を進め、麻袋のようなものの前に屈み込みました。


「来訪者よ、私はあなたを歓迎します。そして神の名において、私はあなたを守ります」


 現地の言葉タイノ語で、師は語りかけました。

 麻袋が一瞬ぴくりと震えました。しかしその後は全く動きません。


「男と女が一人ずつ、急にここに入ってきたんです。どっちも足に怪我をしていて、俺たちじゃあどうすればいいかわからなくて」


 労働者の一人が言いました。その間にも、黒犬はフーフーと息を荒げています。


「私たちは神の教えを伝えるためにここに来ました。教えを受け入れるなら、私はあなたをこの地で保護します……食料と衣服を与えましょう。農場での労働の前後には、二度の食事も与えましょう。そして命の尽きる折には、神の教えがあなたがたを天国へ導くでしょう」


 流暢な現地の言葉タイノ語で、師はやさしく語りかけます。

 ようやく、麻袋の中から声が聞こえてきました。


「受け入れなければ、俺たちはどうなる」

「死後は地獄へ落ち、永劫に業火で焼かれ続けるでしょう」


 師の言葉に被せ、私は現地語タイノ語で一言を付け足しました。


「受け入れなければ、あなたたちはここですぐ殺されますよ。そのような取り決めになっています」


 背後で、男たちがざわつくのが聞こえました。

 とはいえ、合意内容を他人に伝えるべからずとは、さきほどの条件に一言も入っていません。不法にこの地に侵入したのは彼らの側です、少しはこちらが有利となるべきでしょう。

 しばらくの沈黙の後、麻袋から声がしました。


「キリスト教徒は天国へ行くのか」

「善いキリスト教徒であれば」


 師が答えると、突然、高い笑い声があがりました。


「同じだ。おまえも、首長のときと同じことを言う!」


 ばさりと音を立てて、麻布が引き剥がされました。

 浅黒い肌の小柄な男女が一人ずつ、そこにはうずくまっていました。手足の切り傷からは血を滴らせ、しかし、ぎらつく目は敵意に満ちて師を睨みつけていました。


「であれば俺の答えも、首長アトゥエイと同じだ。キリスト教徒がいるところには行きたくない。二度と見たくない。地獄へ落ちたい」

「私の心もこの人と同じ。キリスト教徒のいる天国になど、絶対に行きたくない!」


 師が、息を呑む声がしました。

 一瞬遅れて、男たちの野太い笑い声が、小屋を揺るがすほどに響き渡りました。


「聞きましたかな司祭様。この者たちはやはり、呪われた異教徒だ!」

「罪に報いを! キリスト教徒の尊き血の報いを!!」

「汚れた異教徒へ、望んだとおりの死を!」


 言い終わりもしないうちに、男たちは二人を小屋の外へと引きずっていきました。

 あまりにも用意周到な動きに、私は動くことさえできませんでした。

 男たちが出ていき、木戸が閉まるとほとんど同時に、すさまじい男と女の叫び声が響き渡りました。

 耳にするだけで、魂が汚れそうな罵詈雑言の数々。獣が何かを喰らう音。

 窓の外から、濃い血の匂いが流れ込んできます。労働者たちは抱き合って震え、私は、立ちつくす師の背をただ見つめることしかできませんでした。

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