第50話 絶対カオスですって!乙女ゲーム 6(前編)

『ランカスター家の百合』と言われるベアトリス=ランカスター侯爵令嬢は、今までの人生でかつてないほど苛立っていた。


愛するルートヴィッヒ皇太子は、みずぼらしい庶民出身の娘である下品なピンク髪のローゼリットを心から愛し大事にしている様に見えた。


そう。

許嫁であるわたくしよりも。


彼女の事を。


(わたしは、わたしの立場はどうなるのだ!?)


つらいが皇妃になる為の教育をあんなに頑張ってきたのに…。


『君は自分が皇妃に成りたいだけだろう』とルートヴィッヒ皇太子は言う。


妃に成りたいだけなのに、わたくしのその言葉すら彼には届かない。


ローゼリットが憎い、憎い、憎い。

 

わたしがどうしても欲しかったあの人の気持ちをこんなにも簡単に動かしてしまう――あの女。


そして百合は知ってしまった。

人はこんなにも他人を憎悪できることを。


『あの女も。…あの女を選んだルートヴィッヒもただではおかない』

 

彼等も大事なものを奪われて失う絶望を思い知ればいい。


ああ…何故、慈悲深いサヴォー神はわたしを白い百合のままにしていてくれなかったのか。


こんな底無し沼のように真っ黒な憎しみの中へ堕とされ染められるなんて。


 ★乙女ゲーム

『プレシャス・ラブ・オブ・シークレット・ガーデン  シナリオ 』より抜粋


 ーーーーーー


ベアトリスは明け方ひっそりと帰った。

ルートヴィッヒがまだうとうと眠っている頃だ。


朝起きて隣にベアトリスがいなかったので夢だったのかとも思ったが、絨毯に落ちたワイングラスと切れた唇とシーツに残る彼女の甘い香りが『…あれは現実だった』と教えてくれた。


ルートヴィッヒは昨夜の事をぼんやりと思い出した。


彼女の指に自分の指を絡めてベアトリスの中に押し入ると、彼女は腰を押し付けてキスをねだりながら『ルー…好き。好き…」と夢中で子供の様に繰り返していた。


(…不思議だ)

あんなに高慢ちきな女だと思っていたのが、たかが一夜抱いただけでまるで印象が変わってしまった。


(いや…ベアトリスだけじゃない。…多分オレも)


「…光の妖精を捜しに皆で森に行ったのを覚えてますか?」

ベッドで二人並んでいると、ベアトリスがルートヴィッヒの身体にそっと頬を寄せて尋ねた。


(…覚えている)


「ああ…覚えている」 

ルートヴィッヒがうなづくと、ベアトリスは嬉しそうに更にその汗ばんだ身体をぴたりと寄せて、

「あの時より…わたくしずっと殿下をお慕いしておりました」

とルートヴィッヒの胸の上で小声で恥ずかしそうに言った。


その様はいつもの真面目でツンとした感じは消えて、とても可憐で可愛らしかった。


(しかし…)

ルートヴィッヒは今更ながら当時を思い出して考える。 


自分が転んだり鼻血を出したりおんぶしてもらったりと、ベアトリスにひたすら迷惑をかけたのは覚えているが、その中のいったい何が彼女を惚れさせたのか今思い出してもさっぱりわからない。


そもそも自分が鼻血が出してしまったのは、間抜けな話だがおぶってくれたベアトリスの密着したのからだが自分が考えていたよりもずっと柔らかくて、それにのぼせて出てしまったのだ。


ルートヴィッヒにとっては彼女は常に特別な女の子でもあった。

 

いつも一緒にいるが、いつも自分より先に進んでいるとても綺麗で優等生な少女。

決して後ろにいる男達ルートヴィッヒを振りかえる事はないだろう。


(彼女はオレを選ばない)

そう思っていたのは――間違っていたのかもしれない。


 ーーーーーーーー


翌朝いつもより遅れて皇太子専用の執務室へ行くと、既にヒューゴはその部屋でルートヴィッヒを待っていた。


騎士団長はいつも一部の隙も無い――完璧な立ち姿である。


「…昨日ですが、サヴォー教団の大聖堂内にアベル=バランタイン魔法管理省副長官とレイモンド=バランタイン魔法管理省長官が調査に入りました」


ヒューゴはいつも通り報告を始めたが、ふと気づいたようにじっとルートヴィッヒの顔を見た。


「その唇…どうしました?」


ベアトリスがキスをした時にぶつかって切れ、少し腫れてしまっていたようだ。

ルートヴィッヒは唇を指先で少しさすった。


「…いい、放っておけ。それより報告を続けろ」


続けてヒューゴは 報告を続けた。

「魔法省から騎士団へ応援の要請があったのですが、皇帝陛下が直々に調査の中止を命じられました。そしてその事を直接アベル=バランタイン魔法管理省副長官に伝えております。建国祭までは余計な詮索や立ち入りを禁じると――…」

 

そこでヒューゴはおもむろに言葉をきり、ルートヴィッヒに尋ねた。


「…殿下はこの事を知っておられましたか?」

「…何がだ」


ヒューゴはルートヴィッヒの顔をじいっと見つめながら質問した。

「大聖堂の地下に不思議なものを捕らえている結界の事です」


「…」

ルートヴィッヒは答えあぐねていた。


『そんな事は知らない』と嘘をついてもよいが、完全にしらばくれるには無理がある。

 

自分自身ルードヴィッヒ何度か大聖堂の地下にも足を運んでいるからだ。


しかし、ヒューゴの父…ジョージ=パネライ大公に感づかれるのはまずい。

あの御仁に話が漏れる――それは避けなければ。


「結界があるのは知っている。…ただ、何を隠しているのかは答えられん」


これは父上が直接関わっている国の政策の一つなのだ。

自分はそのおこぼれをもらおうとしているにすぎない。


ヒューゴはその説明に当然だが納得していない様子だった。


けれどルートヴィッヒが

「父上の――陛下の勅命なのだろう?」

と最後のダメ押しをすると、勤勉なヒューゴはそのまま押し黙ってしまった。

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