第48話 リエルスターリゴスゴメール 5

わたしは執事を呼んで、お父様が今邸内にいるか確認してもらった。


幸運な事に、いつも忙しいお父様は今日はエフォート邸に戻っていたらしい。

わたしはお父様の部屋に赴いて、近々のパーティでランカスター侯爵家主催か、ベアトリス嬢が出席しそうなものがないか確認してもらった。


そして良さそ気な物をピックアップして、お父様にパーティ出席の許可を頂いた。


優しいお父様はわたしが社交界に興味を示したことを喜ぶ反面、今微妙な立場になっているベアトリス嬢に近づくのはいかがなものかと心配していたのだが。


(そうよね。卒業パーティで婚約破棄を宣言されちゃったんだから)


そうこうしている内に日も暮れて、バランタイン侯爵邸から返事が戻ってきた。


それは、またも大きな花束と共に

(何?この甘々メッセージ…どうしちゃったの?アベル)

『明日10時頃エフォート邸に迎えに行くね。はやくジェニーに会いたい』

などのアベルの美しい直筆メッセージ付きだった。


(うーん、魔王のくだりを説明したらそれどころじゃなくなるだろうな…)

とメッセージカードを読みながら考えていると


「ねえ、あの鳥男のところに行くの?」

とリリスが声を掛けてきた。


リリスはわたしが『待っていて』と言ってから、その言葉どおり数時間、静かに椅子に座ってわたしを待っていたらしい。


「あ、ご、ごめん…リリス」

わたしは慌ててリリスへと謝った。


招待状の中からベアトリス嬢が出席しそうなものを探したり、お父様の部屋に行って話しをしたりしていて、うっかり途中からリリスの存在を忘れてしまっていたのだった。


 ーーーーー


リリスは日が落ちて薄暗くなる部屋に、スッと立ち上がった。


わたしはリリスにソファに座るように勧めたが、彼女はそのまま無言で窓辺まで歩いて、そこに座った。


わたしはリリスの態度を不思議に思いながらも、『探索するのにバランタイン公爵家の助けを仰いだらどうか』と提案をした。


「どうかしら?…アベルたちは大聖堂の調査をしているし、侯爵家だから皇宮とかの情報も得やすいし…一番適任だと思うのよ」

とリリスに告げた。


すると開口一番、リリスはつまらなそうに

「ボク、あの鳥男のところには行きたくない」

と言い出した。


(鳥男…ってアベルのことかしら?)

『人間の協力を仰ぐのが嫌』なら話しは分かるけれど、なんでピンポイントで、リリスがアベルの話を出すのかが分からない。


「リリス…なんだか我儘言っていない?自分から『手伝って』って言ったよね。早く『魔王』とローゼ…いえ、桃色の髪の女の子を見つけたいんじゃないの?」


「だって、ボクか弱いから、公爵家でいじめられるかもしれないし…」

「いや…リリス、最後アベルをボコってたよね。わたし見たんだけど」

「それに、ジェニ-がなんだかうきうきしてるのが気に入らないし」


「は…?う、うきうき…って、別に…そんな…」


(端から見てそんなにうきうきしてたかしら…?)

確かにアベルへ毎日届けてくれるお花のお礼に『ハンカチに刺繍でもしようかな』とは思っていたけれど。

 

いきなりそれをリリスに指摘されて恥ずかしくなる。

リリスはじっと無言でわたしを見つめていた。


なんとなーく…気まずい雰囲気が漂うのを、わたしは感じ取っていた。


大学生時代、とても仲が良いけれど『ただの男友達』に過ぎなかった男子に、違う男性の話をした途端、『…は?お前まさか、ソイツの事気に入ってんの?』と妙に細かく追求された時の様な、めんどくささ…お分かりいただけるだろうか?

 

(これ以上厄介事はごめんだわ)

そう思ったわたしは、立ち上がってドレスやリボンを片付け始めた。


「今日はもうお開きにしましょうか、リリス。そろそろ帰ったほうがいいわ」

「ボク、帰らない」


リリスは足をブラブラと揺らしながら、わたしへと答えた。


「は…?ここにずっといるつもり?もう…帰ってよ」

そして油断も隙も無いリリスに警戒しながら、浴室でのことを思い出して、わたしは顔が熱くなるのが分かった。


「…わたし、お風呂でされたこと忘れてないからね」

そう思わず言ってしまってから、わたしはリリスを見た。


日が暮れて空が薄暗くなっている為なのか、リリスの表情はよく見えない。

でも――彼女がくすくすと嗤っているのは分かる。


「でも、ジェニー…知っているでしょ?ボクは何もしてない。魔法も使っていないし、君に必要以上触れていない」

「でも…だってリリスがあんな風にわたしを…」


「…わたしを?」

抗議したわたしの言葉を掬い取ったリリスは、妖艶に笑いながら続けた。


「…わたしをどうしちゃったの?…ふふ、教えてよ」


最終的にそこでわたしは言葉に詰まってしまった。

(…悔しいし、恥ずかしい)


屈辱であるけれど、確かに何もリリスはしていない。


愛撫の様に身体には触れず、魔法も使わず――ただ『囁いた』だけだ。

彼女の『囁き』でわたしが勝手に…と言われれば、反論のしようが今は無かった。


「ちょっと、せめてドレスを片付けるのを手伝ってよね!」

とわたしは腹立ち紛れにリリスへ言うと、部屋を片付けるためにきびすを返した。


それからメイドを呼び、部屋に灯りを入れて貰った。


「…あと絶対に一緒のベッドで寝るのは止めてね」

わたしはリリスへ念押しするのを忘れなかった。


リリスは『はぁーい』と気の抜けた返事をした後に、

「…ボクは眠らないでここにいるよ」

と薄笑いを浮かべてわたしを見つめた。

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