第47話 リエルスターリゴスゴメール 4

大聖堂の地下の話がリリスの口から出た時…わたしは、正直『やっぱり』と思ってしまった。


リリスの単独行動は、あの乙ゲーの中では無かった。

彼女の行動原理は全て大事な『魔王』の為と決まっていた。


(…ってことは自分のボス魔王が関わっているってことよね)

とも、わたしは予測出来た。


リリスの話を聞く程、その『半分』の意味が分からなかった。

けれどリリスにそれを詳しく訊くと、どうやら『魔力』を『分割』するらしい。


『魔力を分割する』―――そのフレーズどこかで聞いた事がある…。

と思った時、わたしは乙女ゲームの中の数ある重要なイベントの一つを思い出した。


「…あ…!」

(そうだ…そういえば、似たような名前のイベントがあった筈だわ)


それは確か…『ルートヴィヒ王子ルート』の中で起こるイベントのひとつ。


『魂のわかれ』という大きなイベントミッションだ。

これは選択ミッションでは無く、かなり大きな必須ミッションの一つだった。


悪役令嬢ベアトリスが、なぜか裏組織の魔術師の居る暗殺集団(この辺り設定がガバい)にローゼリットの始末を頼むのだ。


この辺りの『なぜ深窓の令嬢が暗殺集団に詳しいのか』など、つっこみ処が満載なのだが、魔術師集団はローゼリットを拐って、彼女は『身体』と『魂』に分けられてしまう。


魂の無い抜け殻になってしまったローゼリットの身体を抱いて、ルートヴィヒが改めて彼女への愛を認識するストーリー上の重要イベントだった。


でも、このミッション…なにせローゼリット自身は何もしない。


代わりにルートヴィッヒを動かす妹の横で、ゲームをみていただけのわたしの記憶もかなり曖昧だ。


でも確か最後の方のイベントだった筈である。


まあまあ…どう考えてもあり得ないが、『皇太子自らがアングラな地下組織に堂々とひとり乗り込み、ローゼリットの魂の入った『宝珠』的なものを取り戻す』…と、いった内容だったはず。


取り戻した『魂』を脱け殻の『身体』に戻すとローゼリットは復活し――

『華やかな建国祭のなか、聖女ローゼリットは皇太子ルートヴィッヒと結ばれたのだ』と終わる。


そしてベアトリス嬢は帝国騎士団ヒューゴらに捕まえられたのだ。

永久追放か、禁固か処刑されたかまでは覚えていないけれど。


それよりも今のリリスの話を聞いたわたしは『嫌な予感』が湧き上がってくるのを感じていた。


(ああ…でもまさか、まさか。…でもよ?あり得ない…)


しばらく黙って考えていたわたしにリリスは『大丈夫?頭バグってない?』と訊いてきた。


あまり、わたしが反応しないので心配になったのだろう。

(いや、普通にバグるでしょ)

けど『バグってない?』って聞く辺り、乙ゲーではある。


この世界で目覚めてから学園に行っている間は特に、関わり合いを完全に避けてきた乙女ゲームだけど…正直、今はもう少し知っておけば良かったとわたしは少し後悔していた。


仲良くなる…までは行かなくとも、せめて姿や顔ぐらいは見ておけばよかった。

頑張れば校舎が違うとは言え…主人公や悪役令嬢と僅かでも、接触の機会があったかもしれないのに。


モブ令嬢を完全徹底し、重要人物を完全に避けてきた為、全く彼女等の姿を見ないで学園生活を終えてしまったのだ。


「リリス…あの…炎竜の『魔王』の人間の擬態ってどんな感じ?

こう…髪とか瞳とか分かる範囲で教えてくれない?」


嫌な予感を感じたまま、改めてわたしはリリスに訊いた。


「赤がかった桃色のふさふさの髪と同じ色の瞳だよ。背はジェニーより高い女の子だ…特徴的だから分かりやすい外見でしょ?」


(ああ、やっぱり…なんて事なのかしら)


わたしは掌で顔を覆った。

忘れる筈も無い。.


妹が課金までして夢中になっていた乙女ゲーム…『プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン』。


その一番最初の画面中央に映し出される、数々の煌びやかな男子に囲まれて、屈託なく笑う可愛い女の子『ローゼリット』

――このゲームの主人公だ。


(…確定だわ)

完全に分かったしまったのだ。


『魔王炎竜ロンデリルギゼ』こそが、この世界での『ローゼリット』だったという事が。


 ーーーーー


桃色の髪に、赤みがかったピンクの瞳――。

(そんな特異的容姿の子は…ローゼリット以外いないわ)


わたしがジェニーとして転生し、このデルヴォー国に数年暮らしていて気付いた事は、人間の容姿が殆どわたしが以前いた世界と変わらないことだなのだ。


乙ゲー中の傾向として、あまり他のモブキャラには関わらないでストーリー展開は進む。

だから意識する事も無かったのだが、良くアニメに登場する様な緑色や青の髪の人はいなかった。


だから、アベルなんかの綺麗な宝石の様なオレンジ色の瞳はとても珍しい。

彼がわざと長め前髪で隠すようにしてるのも解る…。


とその時――リリスが何か喋ってるのに気が付いた。


「ジェニーに手を貸して欲しい」

リリスはわたしに言ったのだ。


(…ん?)


(んん!?…わたし?いきなり…!?)

(いやいや…む、無理じゃない?)


わたしはしがないモブキャラなのだ。

魔力も無い。

手伝うといってもそんな探索能力も権限も無いんだけど。


そして、その問題のローゼリット嬢…彼女の分かたれた魂の半分が、もしも大聖堂の地下にいるのが確定しているのならば。

残りのローゼリットの居場所をリリスが知らない以上…その彼女を探さないとだめなんじゃないだろうか?


(その彼女をわたしが探せるわけないじゃん…無理だよ…)

と思った矢先――ハッと気づいた。


(居たじゃない。今ちょうど…大聖堂を絶賛調査中の人達が…)

アベルとレイモンド閣下なら、ローゼリット嬢の探索をお願いできるかもしれない。


もし『プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン』の展開をなぞらえているのならば、ローゼリットはルートヴィッヒ皇子が彼女を婚約者に選んだ時点で皇宮の方に住まいを移ることが許されているは筈だ。


(だから、皇宮にいる可能性が一番高いのだけれど…)


なんにせよわたしに皇宮に入る伝手がない以上、アベル等バランタイン公爵家に頼るのが得策かもしれない。


「ちょっとローゼリットを探すのに…協力を仰げるかもしれないから、その人に連絡を取ってみるわね。ちょっと座って待っていてくれる?」


わたしはリリスへそう言ってから、速攻でアベルとレイモンド公爵閣下へ手紙を書いて『なるべく早くお会いしたい』旨を伝えて貰った。

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