第45話 リエルスターリゴスゴメール 2

『この世界のバランスは管理されなければならない』


神に地に落とされ、泥水を啜るがごとく生物を搾取しなければ生きられなれなくなったわれら悪魔の母は、まず子達にその事を説明した。


行き過ぎた生物の魔力と命の暴飲暴食は我ら自身の頸を絞めるだけ。

常にその子供の量は一定に管理する必要がある。


その為、世界の各地の大陸に翔び、われら古い悪魔はそれぞれその場所の需要と供給のバランスを取る役目をするのだ。


同様にその土地の魔王(魔族の王)も我らが選ぶ。

魔王は大体300~1000年毎に交替するのが常だ。


われらと違い寿命もしくは戦いで命を落とす為、在位期間がとても短いのだ。


この大陸の魔王選抜は、私『リエルスターリゴスゴメール』が管理すると決められた。


各大陸の悪魔により選抜方法は異なるが、私のやり方は、魔王の最終候補者までは私が選び、その中で争ってもらう。


大抵の魔王には悪魔らが(つまり私達だが)補佐・監視に就く。

魔王の行き過ぎた行動を防ぐ為だ。


今回魔王候補の1人に選んだのは、面白い娘だった。

『娘』といってもごりごりの炎竜ードラゴンだが。


幼い折両親ー炎竜帝とはぐれ(どうやら冒険者に攫われたらしい)、人間に拾われて成長したのだ。


なにせ自分が最近までドラゴンでなく、火蜥蜴サラマンダーだと思い込んでいたというトンでもトンチンカン娘だが、このあたりの魔物と比べると実力は頭ひとつ以上抜きん出ている。


アホそうに見えるが(…いや、実際アホだったのだが)、少なくとも彼女は炎竜帝の娘でありこの土地を無駄に蹂躙する事はあるまい。


魔王候補達の中で、彼女は戦いを勝ち抜き『魔王』の座に就いた。


それが約60年前、こく最近のことであるーー。


 ーーーーー

 

魔王の城『不夜城』は北の暗黒の森の奥深くにある。


魔王として在位してから50年ほど経ってからだろうか、彼女が突如として『ね、ちと魔王辞めたい』と私に言ってきた。


いきなり彼女は『いますぐ辞めたい』と訴えたのだ。


さすが炎竜帝の娘たる我儘ぶりを発揮してきたが、こちらも『はい、そうですか。どうぞ辞めて良いよー』と言う訳にいかない。


『魔王』選びには時間と手間がかかる――昨日の今日で辞められるわけがないのだ。


それにまだ50年しか経っていないではないか。

なんという忍耐力の無さだ。


いや…それとも私の候補者選びのミスか。

いずれにせよ、考え直して貰わなくばなるまい。



 -----


「リリス様。あたし会いたい奴がいるんだよ。だから…」

彼女はボクに訴えた。


「逢いにいけばいいじゃん」

ボクはティーカップに残る紅茶を飲み干して言った。


人間はボクにとって搾取の対象…食料エサのひとつに過ぎないが、その文化の一部分絵画、音楽、詩や、そう…ドレス、紅茶や美しい菓子は昔から好きだった。


しかしこの趣味を理解してくれる奴はいなかった。

魔物の中には教養のあるやつはいない――嘆かわしい事だ。


「だからさー簡単に逢いにいけないの!最低数日いや、一ヶ月かかるかも…」

彼女は私に向かってブレスを吐きながら言った。


(…何だ? 炎竜帝にでも会いにいくつもりか?)

部屋が煙っぽくなるからブレスは止めて欲しいものだが、どうもこの娘は不器用なのかいくら注意しても直らない。


(いや…直す気も無いのか)

ボクは掌で風を起し黒い煙を払うと

「いいよ。わかった。辞めなくても、その間だけならボクが代行してあげるよ」

と伝えた。

(選び直しする手間を考えたら代行の方がずっと楽である)


「ほんと~!?ぃやった~!!」

炎竜ロンデリルギゼはボクに向って炎を吐き出して吼えた。


(無礼者!ボクの自慢の髪が焼けてしまうではないか)

ボクは真空になるほどの風の大渦をつくり、炎竜の炎を吹き消した。


「すっごーい!さすが、始祖リリス様。あたしの炎を止められる奴なんていないのに~」

「ロンデリルギゼ…」


そろそろこちらの忍耐も限界になりそうだ。

さっさと出かけ、ちゃっちゃと用事を済ませてほしい。


「じゃあ準備しなきゃだね~」

ロンデリルギゼは、うきうきとボクに言った。

『いったい何の準備だ?』ボクが疑問に思っていると


「じゃ、あたしデルヴォーに行ってきます!」

彼女は高らかに宣言した。


ボクはこの娘ロンデリルギゼの言った内容が、一瞬理解できなかった。


(何だって?)

「…デルヴォー帝国?」

ボクはオウム返しのように質問した。


「なぜ?」

 

ボクの質問に炎竜はいらだったようだった。

「だから、会いたくなったからだって!」

『言ったじゃん!』とまた鼻から黒煙を出す。


この娘の頭の悪い言い方をボクはもうあきらめているが、まさか…。

(これは確認すべき内容だ)


ボクは慎重に質問した。

「…●●●●●●●に逢いにいくのか?」


「あったりー!解ってんね!」


炎竜の答えに、ボクはここ数百年で一番の眩暈に襲われた。


その上、まさか…まさかだと思うが――確認しなければ。


「…まさか炎竜その姿で行くんじゃないだろうな?」

「やだ!バカにしてるの!?人間の姿に変えていくよ」


ロンデリルギゼにしては、まともな事を言ったので、一瞬安心したのもつかの間…彼女の擬態レベルはせいぜい蜥蜴人間リザードマンだった。


「駄目だ。そんな擬態レベルでは、直ぐに人間にバレてしまうだろうが」

ボクはロンデリルギゼに、今すぐデルヴォー国に行くことを却下した。


理由わけはなんだ?」

ロンデルギゼに訊けば、『鬼のような嫁が死んだから』…と理由にならない事を言う。


とにかく今その姿でデルヴォー国に入れば、間違いなく討伐隊が出るだろう。

ロンデルギゼがおとなしく討伐される事はないだろうが、少なくとも交戦は避けられまい。

余計な魔力の流失と無駄な人間の損失はお断りである。


ボクはロンデルギゼに厳しく指導した。

「お前はもう少し擬態術のレベルを上げろ。そうしたら許可してやる」


ロンデルギゼは本当に不器用だ。

擬態の訓練も人間の生活を学ぶ勉学もボクの許可が出るまで、4年弱もかかったのだから。

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