第42話 絶対カオスですって!乙女ゲーム 5(前編)
リリスは予想以上にびしょ濡れのまま部屋に入ってきた。
絨毯や床に水滴がリリスの髪やら服から次々垂れていて、ちょっとした水溜りができそうだ。
「ちょ、ちょっと…魔法でちゃんと乾かしてから部屋に入ってよ」
慌ててリリスへと言ったわたしに、リリスは真っ直ぐわたしを見てきっぱり言った。
「ムリ。今、魔力を完全に断ってるから」
「な…なんで?」
(魔力を断っている?)
リリスは、そのままアベルから貰った小鳥の箔押しの付いたカードを指さした。
「あいつが視てる」
「は?」
(え!?…何?なにが視てるって?)
わたしの視線がカードとリリスの指との間を何度も往復する。
「あいつの鳥だよ。…あの
「え…?そ、そうなの…?」
さっき動いた気がしたのはそれだったのか。
(うーん…)
監視されてるまでは思わないけど、アベルはヒロインでもないわたしにちょい過保護じゃないかなあ…。
「この部屋で変に魔法を使うと
(あー…それは是非避けたい案件ね)
大聖堂での覚醒アベルとリリスの戦いが始まったら、エフォート邸などすぐ破壊されてしまう。
ダンディなお父様の嘆きが、もう想像できるわ。
「わかったわ。とりあえずわたしのドレスを貸してあげる」
と、そこで髪の毛からわたしの肩に落ちた水滴の冷たさを思い出した。
「お湯に浸かったら?お風呂つくってあげるから」
ーーーーー
「ね~ね~、めっちゃ、気持ちいいんだけど~?」
完全に浴室を独り占めしているリリスはお湯に浸かってごきげんだった。
(そりゃそうでしょう)
ジェニ-が特別に受注した浴槽なんだから。
(自慢のお風呂なんだから)
完全再現じゃないけど、魔法瓶の原理で浴槽をつくってもらったから
お湯の温度が下がりにくくて いつまでも暖かい。
それにしても、リリスはいつまで浴槽に入っているつもりなのかしら?
「ねー、リリス。まだ出ないの?」
「もうちょっと入りた~い…」
ばしゃばしゃとバタ足でもする様な激しい水音がする。
わたしは溜め息をついて着替えのドレスを幾つか抱えながら、浴室のドアの外に寄りかかっていた。
そこにリリスが更に声をかけてくた。
「ねー、ねー、ジェニー」
「なあに?」
(もー…早くしてよ)
「ボクの髪の毛洗って?」
「はあ!?」
(なんでわたしがそんなメイドのような事を…?)
「いいじゃん。ほら、なんだっけ?等価交換…いい事教えてあげるからさ」
(正直リリスの『いいこと』に期待できないけどーー)
「ああ、もう…わかった、わかったわ」
早く浴室から出てもらうため、わたしは口での抵抗をあきらめて、リリスの髪を洗う為に、浴室のドアを開けた。
するとそこには裸の肩をだしたまま、浴槽に寄りかかるリリスがいた。
「ふふ…いらっしゃーい」
リリスは妖艶に微笑んだ。
(あ…やば…)
わたしは警戒する事なく、すぐに浴室のドアを開けた事を後悔した。
ーーーーー
すると、わたしの脳内で警報音が鳴った。
(何だっけ。これ…このシチュ…どっかで見たような…)
「ねー、どうしたの?こっち来てよ」
リリスがわたしを呼ぶその声にハッと我に返った。
幸いリリスはわたしの高級入浴剤を惜しげもなく使ったらしく浴槽のお湯は白く濁っていて、何も見えない…筈だ。
(見てない…見えない。わたしは何も見えない…)
『見えない、見てない』とぶつぶつ呟きながら、わたしは髪を洗うシャンプーと、トリートメントの役割を果たす髪用のオイルを浴室の棚から出した。
(うわわ…リリスがはしゃいだせいか、浴室の床が結構濡れている。滑らないようにしないと…)
リリスから目線を外したままドレスの袖をまくり、スカート部分の裾も膝近くまでたくし上げて、髪をまとめる為のクリップでしっかり固定した。
これでこれ以上は濡れないだろう。
その様子をリリスは面白そうに眺めている。
そのままわたしはリリスの頭側にまわり
「じゃあ、これから洗います」
と宣言して、リリスの髪をまとめた。
顔にかからないように、手でしっかりと流すお湯をブロックしながら、何回か溜めてあるお湯をたっぷりとかけて、髪をきちんと濡らす。
シャンプーはてのひらで少し温めて泡立ててから、髪の毛に乗せていった。頭皮をマッサージしながら、丁寧に髪を洗っていく。
「上手じゃない…慣れてるね」
リリスが呟く様に言った。
前の世界では現地の子の髪を洗ってあげる事も度々あった。
こんなきれいでたっぷりとしたお湯ではなかったけど。
「…そうね。何回かやった事があるから」
とポロリと何も考えないわたしの口から言葉が出ると、リリスの忍び笑いが聞こえた。
「へー、貴族の令嬢なのに…ねえ?何処でやったの?」
(あー、しまった。口が滑ったわ)
わたしはリリスに曖昧に笑って訊いてみた。
「それは『秘密』よ…お客様ぁ、他に洗い足りない所や痒い所はございますかぁ?」
「ふふ、あんたってほんと…変わってる」
わたしは返答せず無言でリリスのシャンプーの泡を丁寧に流し始めた。
するとリリスは笑って、わたしの方へちょっとだけ振り向いて言った。
「だからその『秘密』を暴きたくなるのよね…かわいいジェニーの全てを」
「…ん?…」
(あれ?)
私のリリスの髪についた泡を流す手が止まった。
(そのフレーズ…たしか乙女ゲーム内で、聞いた覚えが…)
『…可愛いお前の全てを暴きたくなるのだー』
(そうだわ…)
その台詞をわたしは覚えている。
確かそれは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます