第40話 絶対カオスですって!乙女ゲーム 3

レイモンド公爵は、プラチナブロンドの髪を掻きあげてアベルへと訊いた。

「はて…『死亡』とはなんだ?…訂正してあるって事は少なくともそう診断されたという事なのか?ふむ…、どうやら彼女ローゼリット嬢はこれによると一度死んだらしいな」

と二重になっている文字の修正部分をなぞった。


それを聞いてエドモンド公爵は、兄レイモンドの言葉をさえぎるように慌てて言った。


「いや、ゾンビではあるまいし、『死んだ』とは何を馬鹿な事を…」

栗色の髪を振りながらエアリスとアベルの方を向き、念を押すように訊いた。


「死者が学園で勉強できるわけないだろう?お前達の同級生…ローゼリット嬢はきちんと生きた…いや、普通の娘だったのだろう?」


エアリスはアベルに訊いた。

「あの娘…普通だったか?」

「…いや、どうだろう。一般的に言えば…普通ではない気が…」

アベルは思い出しながら答えた。


アベルとエアリスが見る限り、少なくとも行動が普通の令嬢ではなかった。

『貴族』の…という訳では無い。

市井出身の彼女なのだが、むしろ『常識に乏しい』という言葉がしっくりくるだろう。


『シークレットガーデン』の入学園式の時の事だ。

 

「ルートヴィッヒ!会いたかったよ!」

彼女はいきなり厳重警備の騎士らを掻き分けて、ルートヴィッヒ皇太子にグイグイと近づき、慌てた当時の護衛騎士に途中で止められていた。


彼女は桃色の髪、少し赤がかったピンク色のくりくりとした瞳の可愛らしい娘で庶民出身だった。

 

天涯孤独で家族もいないと彼女自身が言っていたのを、アベルとエリアスは覚えている。


アベルやエアリスから見ると、非常に魔力は高いが同じくらい風変わりな娘だった。


学園生活の数年を経て、皇太子ルートヴィッヒも警戒を解いたのか、時折二人で話をする場面も見られる様になった。


しかし甘い雰囲気は全くなく、どちらかと言えば変わった珍獣を相手する気安さで皇太子は付き合いを楽しんでいたと思っていたのだが…。


だから――アベルもエアリスも驚いたのだ。


あの学園の卒業式典中のパーティでまさか、ベアトリスとの長い婚約関係を解消し、ローゼリット嬢をに選ぶとは。


そんな兆しは全くというのに。


 ーーーーー


ローゼリットは冷たい床の上で膝を抱きかかえて、うずくまっていた。   


(…ここに入れられて何日経つだろう?)

赤の混じるピンク色の特徴的な瞳は、不機嫌さを滲ませ不穏に光っている。


(ああ…イライラする!なんでこんな事になったんだ)

彼女は桃色の髪を両手でグシャグシャとかき混ぜた。


この部屋はとても厄介だ。

魔力が使えないのだから。


(待遇も悪すぎるよ!!一体と思ってんの!?)


日の光が入らない地下の部屋というのに、明かりすら満足にともしてくれないのだ。


「おーい!ちょっと!誰かいないのー!?」


誰が聞いているかわからないが、とりあえず大声で叫ぶ。

自分の声だけが、空間に虚しく反響する。


栄養を取らなくても平気だが、この人間の少女の体の中にいるとなれば話は別だ。


一日一回の粗末な食事では、この娘の体力も尽きてしまう。

 

今この娘の体が死ねば、自分はこの身体の檻から出られず、いずれ滅んでしまうかもしれない。


(ねえ!一体リリス様は何をやってるのさ!?)

勝手にになったリリスへの怒りが湧く。


思いきり振り上げた足で床を蹴るが、魔力はあえなく吸収されて、ドン!と普通の人間が床を蹴ったのと同じくらいの強さにしかならなかった。


(あんにゃろ…約束を忘れてたりして。ちょっと、リリス様…ちゃんとあたしを助ける気があるんだろうね!?)


自分は…ただ懐かしいルートヴィヒに会いたかっただけなのに、どうしてこんなめんどくさい事になってしまったのか。


そもそも…人間の口車に乗せられてしまったのが、最初のつまずきの一歩だった。

ローゼリットは忌々しい記憶を思い出した。


(身体だけ分けるどころか、まさか魂も分割する羽目になるなんて…!)

『ルートヴィッヒに会う手伝いをしてくれる』と甘い言葉に乗せられ、気がつけば、身体と魂に分けられてしまったのだ。


自分の本体の身体から離れること早6年が経つのだ。

そろそろ分かたれたもう一つの自分と、せめてなんとか連絡をとる術でもあれば。


(なんだっけ…?あの…『ケンコクサイ』だっけ?)


もうひとつの別れた自分に会えるのは、その時になるのだろうか。


この身体ローゼリットは高い魔力を保持できる器のようだが、もうそろそろこの子の身体も、それから…あたしの忍耐も限界だ。


(早くしないとが旅立ってしまうかもしれない)

せめて最後くらいは一緒に居たいと思っているのに。


ローゼリットはまるで人間がイライラする時の様に爪を噛んだ。

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