第39話 絶対カオスですって!乙女ゲーム 2

エドモンド=オーギュスト公爵閣下は、陛下のいるデルヴォー城に出勤する前の、この一時間のお茶の時間をこよなく大事にしていた。


城に参上すれば、また膨大な仕事が待っている。

まさに息つく間も無いほどだ。


朝のこのひと時が、これから戦場へ向かうエドモンドのやすらぎの一時なのだが。


(…なんなのだ。トラブルか?)


居心地が悪そうな我が息子エアリス、そして申し訳無さそうなアベル、一番ふてぶてしくソファに座る自分の双子の兄レイモンドの三人組が、何故我が癒しの時間に…何の用事で押しかけてきたのか?


レイモンドには

『自分が空いているのはこのお茶を飲む時間ぐらいしか無いので…。(邪魔しないで欲しい)』

と遠まわしに、今は時間をとるのが難しいと伝えたつもりだったが。


そもそも、エアリスが高レベルの暗示魔法にかかったのを兄の家で治療するといった辺りから、きなくさいと嫌な予感を感じていたのだ。


だいたいいつもそうだ。

厄介事はいつもレイモンドが風のように連れてくる。


そしてお決まりの台詞はこうだ。

『俺がつくったトラブルじゃない。俺の


(レイモンドのじゃない。それはいつもわかっているのだが)

エドモント公爵閣下はため息をつき、栗色の髪を揺らした。


問題は、どうしてわたしエドモンドがレイモンドの起こした問題の尻ぬぐいをする役目になるのか?という事なのである。


 ーーーーー


話しはじめたのは、アベルだった。


国境の『結界の破れ』の件は国の大臣であれば皆知っていることだ。


もちろんエドモンドも魔法管理省と帝国立騎士団が共同で調査しているのは知っていた。


調査がなかなかはかどらないことも知っていた。


ただエドモンドも他国との貿易や調整、直に行われる建国祭に伴う来賓への対応と準備に現在は目まぐるしいほどに終われ、最近の結界のついての情報収集が疎かになっていたことに気づいた。


『大聖堂に秘密の結界がある』のくだりはにわかには信じがたい。

  しかしエドモンドとアベルが行った調査である以上、誤った捜査内容の可能性も考えられない 。


皇帝陛下―義兄上が一体何を隠しているのか…エドモンドも考えが及ばないが。


「…建国祭までは…か」

エドモンドは繰り返した。


「そうだ。そうヒューゴは言っていたそうだ…何か心当たりは無いか?」

レイモンドはとエドモンドに尋ねた。


フランシス陛下の言葉の『建国祭』というのがキーワードになるのではないか?とレイモンドはエドモンドへと言った。


そこでふとエアリスが『そういえば…』と切り出した。


「そういえば皇太子ルートヴィッヒが、建国祭でくだんのローゼリット嬢をつもりらしい…という噂です」


ローゼリットの名前が出ると、アベルが突然はっと気づいたように、慌てて何やら分厚いひとつの冊子を取り出した。


それは年度別に冊子になっているらしい。

アベルの取り出した冊子の途中にしおりが挟まっている。


「これは調査のために一時的に借りたもの、大聖堂を訪れた信者サヴィニアンの名簿です…だから破損させないでくださいね」


そう言って言ってから、一番その危険性のあるレイモンドに念押しした。


レイモンドはその分厚い冊子を見つめて

「…おまえ、これ何年前のものだ?」

とアベルに訊いた。


「今義父上にお渡しした物は6年前のものです。実際僕が調べたものは10年前からなのですが…」

「こんな細かい字のものを10年前のから調べていったのか…?」


そこには信者の名前・住所がびっしりと書いてある。

「エドモンド、これは老眼鏡が必要になるかもしれんぞ」


義父が軽口を叩くのを無視して、アベルは続けた。

「こちらに伺う直前にみつけたものです。ひとつ…気になる箇所があったので、是非見て頂きたいのです」


そう前置きしたアベルは、栞の挟まった名簿のあるページ部分を指でなぞった。

すると…書いてある文字がぼやけて、二重になっている。


「そこの部分は魔法文字になっています。本来書いてあった文字を文字を被せてあります」


「良く見てください…そこに、ローゼリット嬢の名前が書いてあります」

 

レイモンドはその部分を見つめた。


そこにはローゼリットの名前が書いてあり――その横に、『死亡』の文字を書かれていたのを、しっかり消してあったのだ。

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