第37話 アベル=フェリクス 3

レイモンド=バランタイン公爵は、侯爵家の馬車でジェニファー=エフォート嬢を彼女んの自宅まで送り届けた後、侯爵邸へと戻った。


託した仕事の内容的に『長丁場になるだろう』というレイモンドの予想に反し、アベルは既に大聖堂の調査より公爵家に戻っていた。


が、その表情は優れず、アベルは言いにくそうに報告を始めた。


「捜索を開始したのですが…」


アベル達がもう一度捜し出した裏口から、教団内の廊下を歩いているところで、廊下の向こうから、でっぷり肥った大司教と教団員サヴィニアン達が姿を現した。


そして自ら扉の前に立ちはだかり

「…幾ら魔法管理省といえど、我が教団の尊厳を踏みにじろうとする行為は見過ごせませんな」

と地下へと降りる扉をがっちりガードし始めたのである。


扉の前で睨み合いになりあわや一触即発――の雰囲気になったところで、

帝国シークレット騎士団ガーディアン団長ヒューゴ=パネライが到着した。


そして…信じられないことなのだが、

「ここは退け。アベル=バランタイン」

と言ったのである。


ヒューゴはアベルを真っ直ぐに見てから、重々しく口を開いた。

「すまないが…皇帝陛下の勅命である」


フランシス陛下が

『何人たりとも建国祭が終わるまで、を脅かすことは許さぬ。」と帝国シークレット騎士団ガーディアンに命令したのだ。


これは『魔法管理省』も例外では無いという事だ。


「ヒューゴが…?」

(何故だ?…おかしいぞ)


レイモンド公爵は不審に思った。


国境の結界が何者かによって破られ、その調査を『魔法管理省』がしているのは了解済みの筈だ。


それにいくら私的にサヴォ―教に皇帝兄上が傾倒しているとはいえ、ここまで政治の…『魔法省』の仕事に直接口出しする事態はあり得ない。


大聖堂地下にいる(ある?)異常かつ危険な『結界の正体』を明らかにする…これはあくまで魔法管理省レイモンドの管轄の事件と調査であるにもかかわらず。


(これではまるでかのようではないか。


(最もで最悪なシナリオはと言う事になるが…。)


レイモンド公爵はアベルに言った。

「こいつは…エドモンドに会いに行く必要がありそうだな」


『エドモンド=オーギュスト宰相公爵』

所謂…エアリスの父である。


(エドモンドと相談せねばなるまい。一体…フランシス皇帝陛下兄上は何を考えているのか?)


 ーーーーー


早速エドモンド=オーギュスト公爵に早々に使いをやった。


エドモンドも宰相としての仕事に多忙を極めている。


弟エドモンドの所から戻って来た遣いの手紙に目を通したレイモンドは、アベルへと伝えた。

「短い時間ではあるが、急遽明日面会出来ることになった。

治療がひと段落したエアリスも一応連れ帰ることになる」


それからレイモンドは話題を変える様にアベルへ言った。


「そうだ…ジェニファー嬢彼女に、お前のここに来るまでの話を少しだけしたぞ」

「…何か彼女は言ってましたか?」

「そうだな。『真相はそうだったのね。辛過ぎるわ…アベルルート!』と激しく号泣しとったぞ」


レイモンド公爵の言葉にアベルは首を捻った。

「『真相は』?…『アベルルート』…ですか?」


(一体何のことだ??)


レイモンドは思い出したようにプッと吹き出した。

「いや、よく分からんが…それにしても本当に令嬢らしからぬ大胆な泣きっぷりで…」

「義父上…」

「いや、すまん…思い出すと…」


レイモンドは口をずっと押さえて笑いを我慢している。

(ジェニーは一体どんな泣き方をしたんだ…?)

とアベルは返って興味が湧いた。


「でも、こうも言っていたぞ。『わたくし…アベルが必ず幸せになれるようにお手伝いします!』とな」


義父上にジェニーが一生懸命話す姿がアベルには想像できた。

思わず微笑んだアベルは、改める様にレイモンド公爵へと言った。。


「父上…、今までありがとうございます」

「何だ、いきなり。どうしたんだ?」

「今まで、実の子の様に育てていただいて…それから、その外見もです。僕のためでしょう?なかなか心を開けなかった僕の為に気を遣って…」


レイモンドは自身の金髪と濃い青の瞳を、手の一振でアベルと同じプラチナブロンドとオレンジの瞳に変えた。


「ああ、これか?実はリリアンにはの方が素敵だと言われてな。まあ…気に入っているんだ」


世間では『冷血公爵』といわれている義父が、どれだけ自分アベルや妻であるリリアンに気をつかっている対応してくれているのか…皆は知らないのだ。


「義父上…愛してます。いつもありがとうございます」


アベルは思わず手を伸ばし、レイモンド公爵――義父を抱きしめた。

レイモンドもしっかりとアベルを抱き、その背中をぽんぽんと叩いた。

 

公爵家の息子にふさわしくあろうとアベルが日々血の滲むような努力を

繰り返してきた事を、レイモンドは知っていた。


「…わたしもだよ…アベル。お前は私の自慢の息子だ」


 ーーーーーー


レイモンド公爵は妻リリアンを溺愛したが、リリアンが生まれつき病弱な為か、子供に恵まれなかった。


側妻をとることも拒否したレイモンドは、魔法の才能のある子供をいずれ養子にする事で、まわりの意見を封じた。


その時に丁度良い話をリリアンから聞いた。


リリアンの遠縁にあたる家系だが、どうやら『鳳凰の能力を体現する子供がいる』が大分北の――田舎の領地にいるらしい。


もしそれが真実ならば、養子としては十分だった。


本当に『古から存在する鳳凰を遣える』子供ならば、自分よりも多くの魔力を秘めている可能性がある。


先方のお伺いを立てて返事が良ければ、その子を養子に迎える為の準備を始めようかとしていた矢先だった。


フェリクス子爵の領地が、大土砂災害にあったと聞いたのは。


レイモンドは直ぐに出発した。


夜通し移動し、馬車で2日かかるところを1日半で到着したが、領地全体が災害の為ぬかるみ、屋敷跡についたのは夕方になってからだった。


 ーーーーーー


「ひどいな…」

レイモンド公爵は思わず声に出していた。


領主の屋敷としては小さな建物はほとんど倒壊し、土石流によって潰し流されていた。


少年が生存しているかがほとんど絶望視された頃、レイモンドはわずかな魔力の波動を感じた。


こんもりと土が盛り上がる中、濃いオレンジ色の光が見える。

 

レイモンドは服が汚れるのもかまわず、そこを手で無我夢中で掘り始めた。


奇妙な土の塊だった。

手で払っていくと箱型なのがわかった。

 

そこの蓋部分から、オレンジ色の光が洩れ出ているのだった。


レイモンドはナイフを取り出し、土の塊ごと蓋を開けた。


そこにはプラチナブロンドの少年が…淡く光を放ちながら丸まり、横たわっていた。


傍らには何かの花が転がっている。


「あ…ね……え」

少年はほとんど気を失っていたが、箱から抱きかかえて出そうとした時に

小さく呟いた。


箱には何重にも土魔法がかけられた形跡があった。

それはなかなか素晴らしい強さと精度のものだった。


少年が泥に沈まなかったのはこの魔法があったからこそだろう。


「…見事な土魔法だ。一体誰が…」

(とっさにこれだけの魔法をかけたのはいったい誰なのだろうか?)


箱の底に残されたまましおれている花をレイモンドが拾った時、…幽かにどこかで歌声が聴こえた気がした。

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