第36話 アベル=フェリクス 2
僕と姉うえはあわてて廊下に出て、屋敷の階段の下を見下ろした。
見れば大量の泥と木々がエントランスの扉を破って押し入ってきた。
一階の窓も次々と割れる音がする。
(もう外には逃げられない…どうしよう…)
その時、姉うえが階段の欄干にしがみ付きながら叫んだ。
「アベル!うえの階に上がるの!」
走りながら、僕と姉うえは物置部屋に飛び込み、そこから上に行く梯子に登った。
そこは屋根裏部屋だった。
もう使わなくなって埃をかぶった家具や玩具淹れがおいてある部屋だった。
姉うえは小さな箪笥に飛び乗って、屋根に上がる小さい窓ガラスを開けようとしたが、そこの鍵はさび付いて開かなかった。
鍵を開けるために、姉上はガタガタと何度も鍵と窓を揺らしていた。
僕も一緒に手伝ったが、窓の鍵はびくともしなかった。
姉うえは絶望的な顔で、僕を見た。
その時、下の階で泥水が渦巻く轟音が鳴っている音が聞こえた。
泥水はやがてこの屋根裏部屋にも到達するだろう。
もうそんな勢いだった。
(僕はここで死ぬんだ。姉うえと)
僕は姉うえの手をぎゅっと握った。
ーーーーー
その時、屋根へ上る窓から離れて箪笥の上から降りた彼女が、埃を被ったおもちゃ箱の中身をガタガタと音を立てて出し始めた。
頑丈な木の箱でできたそれは、中身を出すと、ちいさなこどもだったら一人入れるくらいの空間が出来た。
すると姉うえは、そこに何度も土魔法をかけた。
額に汗をかきながら――何度も何度も、おもちゃ箱の中の隙間を埋めるように。
「さ、できたわ、アベル。中に入って横になって」
姉うえは僕を見上げて言った。
「早く!」
泥水が部屋に近づく音が着々と大きくなっている。
必死の形相の姉うえの言葉に、僕はただ従うしかなかった。
僕が箱の中に入って横になると、姉うえは何故かキャーロの妖精を呼び出した。
「お願い…
キャーロはにこっとしながら僕の側でくるりと回って、頷いた。
(
だって――
姉うえは僕の顔を見つめて言った。
「アベル…いい子ね。あなたは必ず助かるわ、そう信じて。
さあ…ほら、しっかり耳を押さえて。箱が閉まったら今度はぎゅっと目を閉じて。小さい声でいいから、キャーロと一緒に歌ったあの『楽しいコロンボ』を歌い続けるの…分かった?」
姉うえは僕の手を取ってそのまま僕の耳に持っていく。
その途中で、僕は不安で姉うえに尋ねた。
「…姉うえは?僕と一緒じゃないの?」
「大丈夫よ。同じような箱を見つけて…お姉ちゃんも入るから」
姉うえは僕の髪を優しく撫でて、僕の額にキスをすると微笑んだ。
「…愛してるわ。アベル」
次の瞬間一際地鳴りのような轟音が部屋に近づいて来た。
姉うえは急いでおもちゃ箱の蓋を閉めて、ガチャリと南京鍵をかけた。
木箱の中は真っ暗になった。
箱の蓋を閉める直前に、彼女は
「姉うえ!…姉うえ!!」
(噓だ…!)
僕は姉うえが蓋を閉める直前に部屋を見渡していた。
あんな頑丈な木箱は、僕の入っている一つしかなかった。
後は紙で出来た箱ばかりだったのだ。
するとキャーロが場違いな『楽しいコロンボ』を歌い始めた。
姉うえと数えきれない程、歌った大好きな曲だ。
楽しくて明るいメロディなのに――今は歌えない。
「姉うえ…姉うえ…あね…」
ぼくは耳を押さえて、泣きながら呼び続けた。
次の瞬間に木箱を轟音と叩き付ける様な衝撃が襲った。
上下左右木の葉のごとく…箱は揺られてぐるぐると回転して――。
…いつしかキャーロの歌声も姿も消えて、僕はひとりになっていた。
姉うえが土魔法をしっかりかけられた箱は、泥流にかなり流されたが、その魔法は分解はされなかった。
そして結局、両親も視察からの帰路で、あの泥流に吞み込まれた。
両親と愛する姉上を失った時、僕はコロンボと遊ぶのを止めた。
僕を助けるため犠牲になった姉上や両親をどうしても思い出すからだ。
あの時…魔力の無い筈の
彼女の姿が…あの時の姉上とぴたりと重なった。
そして僕は――最後の姉上の姿の…彼女の唇の動きを思い出したのだ。
『どうか幸せになってね』
それは…扉を閉めた時の姉上の言葉だったことを。
【プレシャス・ラブ・オブ・シークレット・ガーデンよりキャラ紹介】
――アベル=バランタイン――
『数百年にひとりの天才魔法士』と言われる程、潜在魔力と作動能力・知識共に帝国内トップクラス。
レイモンド=バランタイン魔法管理省長官の息子。
自身は学園に通いながらも、副長官の立場で長官の補佐をしている。
性格は神経質で真面目、やや潔癖症。
美しい女性的な顔立ちのスタイルお化けだが、中身は割りと男性的な性格である。
冷血公爵『レイモンド=バランタイン』の息子という立場になっているが、どうやら実子では無い様子。
これは『アベルルート』で明らかにされる様子。
また無自覚だがヤンデレの傾向があり女性を必要以上に束縛したがる面もあり。(過去に何か原因があるのかもしれない)
思いきり囲われて愛されたいひとにはお勧めだが、ちょっと、いや…かなりめんどくさい性格。
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