第35話 アベル=フェリクス 1

僕は彼女が義父上と共に侯爵家の馬車に乗って出発するのを見送った。


(…義父上といっしょであれば安心か)

先程の事もあった為、ジェニーの事が心配だったが、義父上と一緒であれば、何かあっても大丈夫だろう。


「副長官、これから教団の建物内は捜索しますか?」

背中から僕の部下に声を掛けられたため、慌てて『分かった、行こう』と促した。


教団の裏口から入る必要があるが、が教団員サヴィニアンか待ち構えている可能性が非常に高い。


この大事な建国祭の催し前で派手な戦いに発展するのはお互い避けたいところだが。


(まあ…どこまで譲歩するかは…お互いの駆け引きになるな)


僕は教団の裏口方向へに早足で歩きながら、別場所で義父上に渡してあった薬を解析していた部下の一人から、声を掛けられた。


「副長官、先程の教団の…の成分の分析が終わりました」

「例の薬とは、教団員サヴィニアンが勧めた薬だな?早速報告してくれ」

「はい。先程の薬の主な成分は、オベリアンリリー、ルード…」


僕はそこまで聞いて『分かった。そこまででいい』と報告途中の部下に手をあげ話を遮った。そして、僕の後に続く部下達に振り向いて言った。


「僕とジェニ―嬢への監禁・暴行罪以外の容疑を追加する。違法麻薬捜査と押収も行うぞ。大捕り物になるかもしれないから、騎士団にも連絡してくれ」


『オベリアンリリー』は強力な幻覚作用と強い依存性のある大陸からの植物で、その危険性から、デルヴォー帝国内への持ち込みは許されていないのだ。

 

『ルード』も同様だが、強い催淫作用がある媚薬成分の一つだ。

娼館などで違法に炊かれる事が多い植物で、それが原因で摘発される店が続出している。


(許せない。そんなものを直接彼女ジェニ―に飲ませようとしてたなんて…!)

先程に続きまた自分のなかに燃え上がる怒りで、ギリッと僕の奥歯が鳴った。


 ーーーーー


僕はさっきまで僕の腕の中でうとうとしていた彼女の寝顔を思い出していた。

彼女は…ジェニファー=エフォート嬢はとても…とても可愛い。

僕の最初の友達の『キャーロ』のコロンボ妖精に似ている。


何故か一目見て、彼女の事が気になって仕方がなかった。

(こんな気持ちは…生まれて初めてかもしれない)


正直在学中の彼女のことを、僕は全く知らなかった。

 

王立魔法シークレット学園ガーデンはデルヴォー帝国貴族が通う唯一の学園だ。


学園に入学してから――所謂『魔力が一定の規定量に達しない』薬学科学生と魔法学科の僕等は、使う校舎も完全に違う為にほとんど接点が無いのが実情だ。


しかし勿論例外もある。


この国の基本が、魔力・能力重視が故に、庶民の…ローゼリット嬢のように魔力がずばぬけて高い場合は、市井出身でも十分学園に入学出来る事例はままあるのだ。


その反対に、貴族のジェニファー=エフォート嬢の様に、魔法学科に入るのに十分でない魔力量ではあるが『シークレット・ガーデン学園卒業』の学歴がほしい場合は、高い入学金を出して『薬学科』に入るのだ。


特に、大事な子供の学歴に箔を付けたい貴族は大抵がそうする傾向がある。


彼女…ジェニファー=エフォート嬢は魔力が『ゼロ』というこの国の人間としてはあり得ない状態なのに、何故かマスタークラスの魅了(僕の事だ)の魔法もかからない…という、とても稀有な女の子だ。


彼女といると――とても胸が苦しくなる。


昔の…アベル=バランタインではない、何も出来なかった自分と最愛だった姉上の事を思い出してしまうから。


僕は、本当のバランタイン公爵家の生まれではない。義父上と直接的な血の繋がりがある訳でもない。

 

実は、公爵夫人の遠い遠い血縁が僕の本当の父上だ。


僕の本当の名はアベル=フェリクス。


北にある魔物が多く出没する暗黒の森に近い、ちいさな領地のフェリクス子爵の一人息子だった。

 

僕には5歳年上の姉が居た。

栗色の髪、くりくりの瞳は茶色の彼女は、肌に小さなそばかすがあった。


僕がフェリクス家に誕生した時に、この髪ととても珍しいオレンジ瞳の色から、

「数百年ぶりのフェリクス家が祀る

と家中から期待をされたが、が全く発現する気配の無いまま、とうとう5歳になってしまっていた。


周りからの過度な期待と重圧を感じて、いつしか人と接するのを怖がって避けるようになった僕にも、姉上はいつも気を遣ってやさしく接してくれた。


姉上は土魔法が得意で、いつも優しい花の匂いがしていた。

そして内気でひきこもりがちな僕の為に色々なコロンボ妖精を召喚してくれた。


なかでもキャーロという野菜のコロンボは僕のお気に入りで、見た目が可愛い小さな女の子の姿をしてる、僕の最初の友達だった。


『楽しいコロンボ』という曲を姉上と歌ったり、僕が手を出すとぴょんぴょんとその上にとび乗って、そのまま僕の手のひらでくるくるまわった。


時に僕の指を相手にダンスをしたりする姿も可愛らしかった。

それを見ているだけで心がほんわかと温かくなったのだ。


 ーーーーー


それは長雨が続いた月の事だった。

 


今までにない降雨量だったために、父上の持つ小さなフェリクス領の各地で川の増水と反乱が起こり、領地内の人々が困難に陥っていた。

 

父上と実家の家が冠水したと聞いた母上は、視察と物資補給を兼ねた旅行へ出ることになった。


そのため暫く僕と姉上はフェリクスの屋敷で留守番となってしまった。


続く雨がまた酷くなった夜、僕が部屋で寝ていると、何故か屋敷の外でごうごうと凄い音がした。

 

するといきなり姉上が部屋にとびこんで来た。

 

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「アベル…アベル起きて!」


(眠い…姉うえの声がする)

「眠いよ…、何なの?」


僕は思いっ切り姉うえに身体を揺らされたのだ。


「アベル…大変、大変なの。屋敷の後ろの大きい川がとうとう決壊してしまったの。このままだとお屋敷の中にまで水が流れ込んでくるわ。逃げなきゃ、起きて」


「ん…?うん…分かったよぅ…」

僕は半分寝ぼけながら、姉うえの声に急かされてベッドからズルズルと下りた。


「ここは土地が他のところよりも低くなっているから、溢れた川の水は一気に、ここにたまってしまうわ。一度お屋敷を出て…高い場所を捜して、上に登らなきゃいけないかもしれないわ」


そう姉うえが言い出した時には、僕は驚いてしまった。

「ええっ!?だって…今いるこの場所だってお屋敷の2階だよ!?」


姉うえは僕の大好きなぽよぽよした眉毛を八の字に寄せた。


「わかってるわ。でもここに居たら…」

姉うえがそう言ったのと同時に、凄い轟音とドカン!という衝撃が屋敷全体を揺らしたのだった。

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