第32話 絶対お家騒動だよね?乙女ゲーム 10

教団員サヴィニアンは体重をかけて身体ごと、わたしに突っ込んできた。


「ああっ!」


肩を襲う熱さと衝撃――わたしは悲鳴をあげ、小さいジェニ―の身体はアベルを抱えたまま吹っ飛ばされてしまった。


「ジェニー!」

アベルは横倒しのなったわたしの腕から直ぐに起き上がった。

 

わたしの肩に刺さるナイフを見たアベルは

「ごめん、ジェニー、痛いよ」

とナイフを抜いて素早く持っていたハンカチで圧迫した。


(ああ、よかった…アベルは無事だった)


でも肩が痛くてわたしの腕も動かせない。


「待って、今すぐヒールを…」

わたしの傷に手を当てようとしたアベルは、わたしの背後を見て、無言で立ち上がった。


「…アベルどうしたの?何を見てるの?」


わたしが質問しようとした――次の瞬間、わたしはアベルの瞳がオレンジ色の炎のようにギラッと燃え上がるのを見た。


いや…今のアベルは瞳だけじゃなくて、全身が濃いオレンジ色の炎のように包まれているように見える。


『エネルギー』

わたしの中で、その言葉がすぐ頭に浮んだ。


すごい火のようなエネルギーの塊がアベルの身体の周りを生き物のように蠢いているのだ。


「逃がさない」

アベルはわたしの後ろを真っ直ぐに指差した。

他の身体は全く動かない…美しい彫像の様だ。


少し後ろに首をねじったわたしの視界の端に、わたしの肩にナイフを刺した男が立ち上がって叫びながら逃げようとしているのが見えた。


次の瞬間、目の前のアベルの炎から尾の長い鳥が飛び立つ――さっき連絡用にと出してくたような可愛らしい物ではない。


もっともっと、ずっと大きかった。

その鳥が口を開くと同時にアベルは男に言い放った。


『殺す』


アベルは伸ばした腕の指先を拳にすると、グッと内側に捻じった。


「止め――っぎゃあああああああああああ――!!」


次の瞬間教団の男サヴィニアンは瞬く間に炎に包まれた。


わたしは呆然と悲鳴をあげながら燃える教団の男サヴィニアンを見ていたが、はっと気づいた。


(あいつ、このままじゃ死んじゃうわよ!)


当たり前だけど、完全に死んでしまったら、もう回復魔法ヒールは効かない。

 

(アベルが人殺しになってしまう…!)


「アベル!もうやめて!」


慌ててわたしは声を上げたけれど、オレンジ色のエネルギ―渦の中心にいるアベルには届いていなかった。


しかも、アベルの立っている床の部分から少しずつ煙が立ち始めて、黒く変色し始めている。


「アベル!聞こえてないの!?あいつが死んじゃうてば!!」

 

アベルは教団の男サヴィニアンの悲鳴が次第に小さくなるのをうす笑いを浮かべながら見ている。

(完全に瞳孔が開いている…!)


「――もう!ばか!アベル!」

わたしは刺された肩を反対側の腕でしっかりと押さえて、何とか立ち上がった。


アベルを取り巻くエネルギーがぐんっと更に大きくなる。

もう渦の中にいるアベルの姿が見えなくなっている。


(もうもう…どうして転生しても、こんな思いばかりしなきゃいけないの!?)


でも分かってる。


だから――『んだ』


「よし!行け!がんばれ!ジェニ―!!」

と自ら大きな声を出しながら自分を鼓舞して、わたしはアベルの方に向かってダッシュして走り出した。


そして今度は、わたしがアベルを取り巻くエネルギーの塊の中に向かって、思いっきりダイブした。


へ思いっ切り跳ぶ』


わたしはそれだけを考えたのだった。


ーーーーーーーーーーー


熱気とじっとりと重い霧が混ざった…そんな感じの濃密な大気の中を、わたしはひたすらアベルに向かって手を伸ばした。

 

そして――わたしの手を、かがしっかりと握りしめた。


「…ジェニー?」


(アベルの声だわ)

でも…あの少年の声じゃない、ちゃんとした男性の声だった。


わたしはアベルに抱きしめられた。

けれどそこにいたのは、元の姿…18歳のアベルだった。


プラチナブロンド髪の前髪がサラサラと揺れて、切れ長の美しいオレンジ色の瞳がわたしをみつめている。


気が付くと周りの熱気吹き飛んでしまったかの様に消え去っていた。

そしてなんと…わたしを抱きしめるアベルは全裸だった。


「いやああああああああああッ!!あべっ…アベル服!服を着て!!」

 

アベルは、ふと気が付いた様に自分の全身を見下ろすと

「ああ…裸だった。ごめんね」

と鈍く言った。


(反応が薄すぎるわ…!)


するとアベルは裸のままで、何時ものように優雅に歩き、倒れているサヴィニアンをゴロゴロと乱暴に裸足の足で転がしながら、制服を無理矢理剝ぎ取っていった。


(…あ、あれ?アベルってこんな何というか図太い感じだったっけ?…と言うか、もっと神経質な感じだった気がするんだけど…)


袖がもう九分丈になったさび制服の上衣を着て、同じく完全に七分丈になったサヴィニアンの下のズボンを履いたアベルは、わたしの方へ振り向いて艶やかに笑いかけた。


「ジェニー、これで、もういいかい?」

なんだか芋っぽいサヴィニアンの制服が、めっちゃスタイリッシュな作務衣に見えてくるから不思議マジックである。


(うーむ。美人はどんな服でも着こなしてしまうのね…)

モデルの様なアベルの立ち姿を見たわたしは、思わずそう思っていた。

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