第31話 絶対お家騒動だよね?乙女ゲーム 9

「魔法が全く使えなくなるという訳ではないのですわね」

「…そうだね。でも大分魔法効果を弱められている気はするよ」

「弱められる…?」

「うん。こうやって直接触って掛けられれば、まだ効くみたいだけど」


アベルはサヴィニアンの男を1時間程眠らせたらしい。


「忘却の魔法もかけたいところだけど、僕等の事を他の教団員に話している可能性もあるしな…」

と呟いたアベルは、倒れた男が他に何か持っていないかごそごそと教団服と身体を探った。


するとサヴィニアンの首から、サヴォー神のシンボルらしい印が刻まれた石のペンダントを下がっているのを見つけて、男の首から外した。


「これはこの部屋と同じ素材で出来てるね。結界の干渉を受けない様に教団員サヴィニアンが持っているんじゃないかな」

 

アベルはそう言って自分のポケットにペンダントをしまった。


そして眠る男をベッド近くまで二人で引きずってきて、ベッドの足元に転がっていた拘束具をつけ、壁の金具に繋げた。


「僕がやるからいいよ」

とアベルが言ってくれたので、その間椅子に座ってわたしは待っていた。


アベルがあまりに手慣れた様子で拘束具を装着し終えたので感心して見ていると、小首を傾げたアベルに訊かれてしまった。


「ジェニー…、こういうのに興味があるの?」

「はえ?興味?」


意味が分からず思わず聞き直すと、わたしの前に立ったアベルは、そのままわたしの手首をそれぞれの手で握った。


「してあげようか?…ほら」

と、きゅっとアベルの小さな両手に力が入る。


「あんなゴツい道具を使うのは…痛そうだから」


パパラチアサファイアの瞳が甘く煌めいて、そのままじっとわたしを見つめる。

少年のままの姿なのに、匂い立つような色気のある声でわたしの耳元で囁く。


「…可愛い手枷を作ってあげようかな。白やピンクでふわふわした素材の。それなら痛くないし、可愛いし…ね?」

「あ、あの…?」


(『ね?』じゃないっての)

今それどころじゃ無い状況なのにもかかわらず――。


少し口角を上げて悪そうに笑うアベルは、とっても背徳的でクラクラするほど魅力的ではある。


そのまま誘惑されたくなってしまう危うさもあって

(どうしよう…子供のアベルにドキドキしてしまうわ)


だから、わたしにの趣味はないんだってば。

ええ、小児愛ショタコンも緊縛趣味も無いはずなんです。


わたしが顔を赤くして『え?…はえ?』と挙動不審になってしまったのを見て、アベルは少し笑って手を離した。

「冗談だよ、ジェニー」


(ああ、ビックリしちゃったわ)

アベルにSっ気があるのかと思ったわ。


「あながち全部冗談でもないんだけれどね」

と小さくアベルが呟いた声に、わたしは気が付かなかった。


 ーーーーー


「とりあえずこの部屋を出ようか」

わたしはアベルとこの監禁部屋を出ることにした。

扉をそっと開けて辺りを見渡すけれど、人気は無かった。


(この部屋…大分階段を下がったけど、地下何階分くらいだろう?)


「アベル…どうしましょう?地上に戻りますか?それとも…」

とわたしは『結界』があるであろう通路の奥を見た。


「見たいけれど…用意が十分じゃないし、一度地上うえに上がった方がいいかな」


アベルの言葉で今回は地上に戻る事にして、わたし達は上へと階段を上り始めた。


先に行くアベルは軽やかな足取りでのぼっていく。


(はぁ…完全にジェニーは運動不足ね。めっちゃ息が切れるわ…)

大分上ったと思うんだけど…地上はまだかしら?


アベルが心配そうに、わたしの方へと戻って来て

「大丈夫?ジェニー、ゆっくりでいいよ。もうすぐ上に着くはずだから」

と言ってくれる。


(めっちゃ足手まといになってるわ、わたし…)

情けなく息を整えながら手すりを掴みつつ、ゆっくり階段を上っていると――少し先に行くアベルが立ち止まった。


そのまま人差し指を立てて『しっ』とわたしを制した。


(ん?)

すぐ上の方でなんだかバタバタしているみたい。

バタン、バタンと扉の開閉の音がする。


それからいきなり2~3人の教団員サヴィニアンが階段を降りてくる音がした。


「端っこに隠れて。そこから動かないで」

アベルはそう言ってポケット内のペンダントを私に渡すと、直ぐに音も無く階段を駆け上った。


「うわっ!…うおおおおおおっ!」

まず何かに階段にぶつかる音がして、野太い男の悲鳴と階段を落ちる音がした。


その後「熱い…!」「しびれる!」

何人かの男の悲鳴が続いたが、急にしん…と静かになると


「ジェニー、もう上がってきて大丈夫だよ」

とアベルの声が上から降ってきた。


階段の途中で教団の制服を着た男が一人、踊り場に二人が倒れている。


その男たちの近くにアベル少年は立っていた。

 

男の近くでナイフが一つ転がっている。

アベルはそれを階段下に向かって蹴ると、血の滲む頬をグイと拭った。


(なんてこと…頬が切れて、…血が出ているわ)

「アベル…頬が…」

「あとで治癒魔法を使うから大丈夫だよ。それより先を急ごう。また奴らが来るかもしれない」


私の肩に手を置きアベルが言った瞬間。


アベルの後ろで倒れていたと思っていた男が音も無く起き上がり、ナイフを素早く懐から取り出すのが見えた。


そしてアベルを襲おうとそれナイフをアベルに向かって振りかぶった。


「アベル!後ろ!」

後になって冷静に考えれば、アベルならあんな攻撃をうまく避けられていたのかもしれない。


けれどその時は無我夢中で、わたしは咄嗟にアベルの身体を引っ張り、自分の腕の中に彼を抱え込んだ。


次の瞬間…熱さと衝撃がわたしの肩を襲った。

男のナイフが、アベルを抱えたわたしの肩を真っ直ぐ突き立てられたのだ。

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