第28話 絶対お家騒動だよね?乙女ゲーム 6

ルートヴィッヒ皇子は、ベアトリス嬢があきらめて自宅に帰ると思っていた。


所詮は結婚前の深窓の令嬢だ。

男の私室に夜(しかも婚約破棄した男の部屋だ)入るなんて常識ではありえないし、そのような勇気のないだろう。


侍従たちが寝る前のワインを準備し着替えをする為、ルードヴィッヒが服を脱ぎ始めた時だった。


「…失礼致しますわ」

小さくノックして扉が開いて、ベアトリスがするりと入ってきたのだ。


ルートヴィッヒは思わず舌打ちしそうになるのを我慢した。

(どこまでしつこい女なんだ)


入ってきたのに気づかない振りを決め込んでベアトリスを無視し着替えを続けていく。


ルードヴィッヒが着替えているのにハッと気づくと、彼女は頬を赤く染め慌てて顔を伏せた。


普段ほとんど半裸で眠る事が多いため、ルートヴィッヒは夜着用の下履きの上にガウンを羽織る。


くっと首を上げて合図し侍従たちを下がらせた。


警備用キーパーが作動しないなら、彼女が危険物を持ちこんだりしている可能性はないだろう。…多分だが。


ベアトリスは

「お願いします。お話をしたいのです。ルートヴィッヒ殿下」


ルートヴィッヒは今度は隠そうとせずため息をついて首を振った。


「――何故ここまでする?」

ソファに座りワイングラスを傾けた。


「…何故だ。ヒューゴの…大公家の為か?

 それとも、自分の父親ランカスター侯爵に強要されているのか?

 君には既にだろう」


ベアトリスはその言葉に反応し、注意深く聞いてきた。

「…それはどういう意味でしょう?」


「君はもともとヒューゴと婚約するはずだったのでは?」

ルートヴィッヒは続けた。


それをヒューゴが退魔の剣ニギライを持ったため皇宮の勢力バランスが崩れるのを恐れた皇帝父上がランカスター侯爵に圧力をかけた。


ランカスタ―家が、これ以上パネライ家に近づくのを防ぐ為だった。


ベアトリスは睫毛を伏せて呟いた。

ご存じだったのですね」


その言葉にルードヴィッヒのイライラは思わず頂点に達した。

「その何でも知っているかのような言い方と表情を止めてくれ!」


ベアトリスは、ルートヴィッヒの怒りに対し臆することなく近付いた。

「…ええ。わたくしは何でも知っております」


ルートヴィッヒの目を見ながら、

「学園内でのわたくしの悪評…ほとんどが貴方皇帝方一派がながしたということも」

ルートヴィッヒは何も言わない…しかし色素の薄い瞳はどこまでも無表情だ。


『退魔の剣事件』の後婚約式が行われたが、ルートヴィッヒはベアトリスに対しとても冷淡だった。…礼儀上では丁寧に対応してくれてはいたが。


あの湖でのことも無かったかのように、ベアトリスをあからさまに避けた。


そして反対に、ヒューゴは必ず近くに置いた。

まるで監視するように。


学園でのルートヴィッヒの成績はかなり上位で優秀ではあったが、皇族らしからぬ女性、飲酒などの素行が悪く良く問題になった。


誰も…先生も注意できない中、敢えて意識的に生徒会会長の自分がベアトリスがが厳しく対応することもあった。


でなければ学園内の秩序は保てないと思った為だ。


だからこそ明るく可愛らしいローゼリット嬢が、ルートヴィッヒと恋に落ちても仕方ないとも思っていた。


ローゼリット嬢は何というか…様々な貴族の常識とは異なる価値観の女性で、最初からルートヴィッヒの心をがっちりと掴んでいた。


そして、勉学より魔法学の方がずっと得意だった様だ…今後の聖女認定を受ける資格があるほどだから。


ベアトリスも最初は、その行動に眉をひそめる事もあったが、余りにも裏表が無い明るいその性格に好感を抱くようになったのだ。


それに一緒にいるルートヴィッヒの顔に、以前のような屈託の無い笑顔が見られる事もあった。

それに少なからず嫉妬する自分もいたが、やましくなるような後ろ暗い事は何もしていない。


なのに、いつの間にか元に戻ってしまった。

…あの冷たい皮肉っぽいルートヴィッヒに戻っていた。


その反対にローゼリット嬢は徐々に元気が無くなり、学園に登校しなくなり――姿を消してしまった。


そして――。

悪評が残ったベアトリスは完全に事態の蚊帳の外に置いていかれたままだった。


(一体何が起こったのか分からない)

ヒューゴすらも「わからない事が多いから」と口をつぐんで教えてくれない。


ベアトリスはずっと考えていた。

ローゼリット嬢は何故姿を消したのか…。

そして彼女は


『ルートヴィッヒ皇子は――何かを知っているのではないか?』

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