第27話 湖とほくろ

「こっち、ヒューゴ!こっちだよ。」

「エアリス、ルー!ちょっと待ってて!」

「まって、まって、お兄様。わたしも一緒に行きたい!」

「ベアトリス、お前は帰った方がいいんじゃ…」

「いや!一緒に行くもん」


皇宮の裏には小さな森がある。そこは『妖精の森』といわれている。

見る事が珍しい光の妖精がいるのだ。


ただ子供だけでは行ってはいけないと言われている。

 

何故なら、子供が大好きな彼らは非常にいたずら好きで、森の中でわざと迷子にさせられたりするからだ。


魔法の勉強を始めたばかりの子供たちはすぐにその話に夢中になった。


『光の妖精に会いに行こう』作戦である。

近衛兵や侍従たち、メイド皆を上手く巻いて妖精に会いに行くのだ!


皇宮のものであれば皆知っている話だし、妖精に会える場所も近衛兵は大体把握している。


『子供たちだけで行ってはいけない』と言われているのも、子供心をくすぐる言葉エッセンスのひとつに過ぎなかった。


そうだとは知らず、子供達…ルートヴィッヒ、ヒューゴ、エアリス、ベアトリスは

はじめての冒険にドキドキワクワクしていた。


森の奥へと歩いていく…。大人にとっては小さい森でも、子供の足では十分深く感じられた。

 

順番はいつもの勉強のできる並び順だ。

ヒューゴ、エアリス、ベアトリス、ルートヴィッヒである。


背の高いヒューゴ、エアリスは興味深い植物や動物に会えてどんどん先に進んでしまうので、自然と女子であるベアトリスとまだ背の低いルートヴィッヒは先頭二人から

遅れがちだった。


「ねぇ…ルー!もう少し早く歩けないの?」


ベアトリスは少しイライラしながら言った。

走って少しでも前の二人に追いつきたかったのだ。


「うん、分かった」

息の上がったルードヴィッヒが早足になろう

とした時、樹の根に足を取られて盛大に転んだ。


結果、両方の手のひら、両膝に擦り傷をつくってしまったのだ。

 

(…どうやったらこんなにお手本の様な擦り傷が出来るの?)

ベアトリスは思った。


もちろんまだベアトリスは治癒魔法ヒールは使えない。

 

今現在それをつかえるのはヒューゴだけなのだ。


ルートヴィッヒは泣きそうだった。ヒューゴ、エアリスは戻ってこない。

 

それに、こんなに膝を擦りむいてしまったら痛くて歩けない…。


ベアトリスはため息ついた。先に小さな湖が見えた。


「ルー、とりあえず傷を洗いましょ。あそこの湖まで負ぶってあげるから」


ベアトリスは最近ずっと剣を習っている。


鍛えているからか、ルートヴィッヒが自分とそんなに変わらない身長の為か、

背負うのはそれ程大変ではなかった。


湖までの短い距離を背負っていると右肩が何故か生暖かい。

 

ベアトリスが首をまわして仰ぎ見ると、ルートヴィッヒの右鼻より鼻血が流れている

ではないか。


「ルー!鼻血、鼻血出てる!」


ベアトリスが指摘すると、

「え?あ!、わあっ!」

慌てて鼻を抑えたが、すでにベアトリスのお気に入りドレスの右肩に、ルートヴィッヒの鼻血がしっかり垂れていて血の染みを作っていた。


湖に着くとベアトリスはルートヴィッヒをゆっくり背中から降ろした。

よく見るとルートヴィッヒのシャツの前にも鼻血が付いていた。

 

ベアトリスは手早くルートヴィッヒの靴下、シャツを脱がせた。


ルートヴィッヒが「え????」となっている間に下のズボンのボタンにも手をかける。


「待って、ちょっとどうして…」


洗っている間に服が濡れたらいやだし、血が付いているのもはやく洗いたい。

ベアトリスは言うと、自身のドレスをするりと脱いだ。


肩の血の染みを早く落としたかったのだ。

 

最終的にルードヴィッヒは下履き一枚にさせられた。


ベアトリスはシュミーズ一枚になると、ルートヴィッヒに言った。


「ルー。湖に入って顔と膝と両手を洗ってきて」


ルートヴィッヒはボーっとベアトリスを見ている。

ベアトリスははっと自分の恰好に気づいた。


稽古で平気で着たり脱いだりすることが多かったのであまり気にしていなかったが、

淑女になる身なのにはしたない、と今更気づいたのだ。


「は、早く…早く洗ってきて」


ベアトリスは背中からルートヴィッヒの肩を押すと湖の方へ連れて行った。


ルードヴィッヒは両膝と両手を湖の水につけて洗った。そんなに冷たい水ではない。


ホントは叫びたい程傷が痛かったが、今日は何故かベアトリスの前でこれ以上情けないところを見せたくなかった。


シュミーズ一枚のベアトリスはいつもよりずっとずっと華奢で頼りなく見えた。


その時、服を軽く洗ったベアトリスと目が合った。


「その、火をおこすから…上がってきて」


森から乾いた枝を捜して何本か重ね、ベアトリスは魔法で火をつけると濡れた洋服を

乾きやすい位置に置いた。

 

それから膝と両手それぞれにベアトリスのハンカチを裂いたものを当ててから、

火を囲んで二人で座った。


「あの…ベアトリス、ありがとう」

ルードヴィッヒがやっとお礼を言った。


ベアトリスは持っていた木の枝で火の勢いを調整しながら、モゴモゴと言った。


「別にいいのよ。お互い様って言葉もあるし…今度私が困っている時に助けてくれれば…」


…ふとルートヴィッヒの左の脇腹にほくろがあるのをベアトリスは見つけた。

「ルー、そんなところにほくろがあるのね」


ベアトリスの言葉にルードヴィッヒは

「オレ多いかも…背中もあるんだ」

くるりと背中を向き、右側の肩甲骨の下にもう一つあったそれを見せてくれた。


「ベアトリスは?」

ルードヴィッヒが聞いた。


「え?何が?」

と思わず聞いたベアトリスにルートヴィッヒが色素の薄い目で見る。

「…ベアトリスには無いの?」


優しく笑って訊かれた。

「…ほくろだよ」


何故か一瞬全てが止まったと思った。ルートヴィッヒの金の髪が炎で煌めいて――。


「わあー凄い!」

次の瞬間、そのルートヴィッヒの歓声でハッとした。


いつの間にか炎の周りと湖の上に小さな羽根のついた光の玉が浮かんでいる。

その数はどんどん増えていって…。


湖の上の小さな光はまるで鳥の群れのように動き出した。


「――光の妖精…」


ベアトリスとルートヴィッヒは目を合わせて笑った。

見ることが…会うことが出来た。


「あ!居たよ!ヒューゴ、こっち」

エアリスの声がする。

ガサガサと音がして、ヒューゴとエアリスの姿を見つけた。二人はベアトリス達を捜してくれたのだった。


「すっげー、始めて見たよ…」


エアリスは光の妖精にしきりに関心している。

反対にヒューゴはルートヴィッヒの怪我が気になって仕方ないようだ。


「…そろそろ、帰ろう」

とヒューゴが言い、残りの三人に異議はなかった。


ヒューゴは治癒魔法ヒールを使おうとルートヴィッヒに言っていたが、結局使わず皇宮へ戻った。


そして数日後の事、あの運命の戴冠式が起こってしまった。


それは今までの全てを変えてしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

弾劾裁判の後、ベアトリス=ランカスター侯爵令嬢は直接ルートヴィッヒ皇子に面会しようと決めた。


彼はあの湖のことを覚えているだろうか?

(…覚えていてくれたらいいけれど)


ベアトリスはマントを深く被ってから皇宮へ向かった。

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