第26話 ぜったいお家騒動だよね?乙女ゲーム 5

サヴィニアンの男が案内した裏口は分かりにくい建物の物陰にかくれるような場所にあった。


しかもご丁寧に魔法で施錠までしてある。

 

男は扉を開錠し、わたしたちについてくるよう指示した。


中は薄暗い廊下が続いている。

細い廊下は覚えられないようにとわざと分かりにくく作ってあるのだろう。


「さあ、こちらです…」


アベルへの欲望の灯ったいやらしい目線を隠しもせず、男は案内していく。

アベルは「分かりました」と続き、その後ろにわたしも付いて歩いた。


(…警備が厳重ね。やっぱり何かやばい薬なのは間違いなさそう)


一つの扉にたどり着くと、更に男はその扉の開錠の呪文スペルを言った。

 

扉は鈍い赤で光り、サヴィニアンの男はその扉を開いた。

そこには、地下に続く階段がある。


「あっ…靴紐がほどけちゃった」

アベルが唐突に言った。


「お願い…お姉ちゃん結んで」

アベルが屈んだので、わたしも靴紐を直す為アベルの足元に屈んだ。


彼は小声で

「…ジェニー、聞いて。あの先の通路は多分魔法をブロックする素材で出来ている。

 全く魔法が使えなくなるわけじゃないと思うけど、正直今の僕の状態で君を守りきれるか自信が無い」

 

下向きの睫毛もプラチナブロンドだ。その長い睫毛が少し震えている。


アベルの魔法が滑らかな手の動きで上着の袖の刺繍と同じ尾の長いオレンジ色の小鳥を出した。

「ここからは僕だけが行く。あの子が案内するから君は戻ってくれないか。そして父上に連絡して欲しい」


「――嫌ですわ」

わたしは早口で即答した。


「だったら尚更あなたを置いてわたくしだけ戻る事なんて出来ない。そもそもわたくしのワガママで行きたいと言ったのがきっかけなんですよ?」


わたしは立ち上がった。

アベルはわたしの言葉を聞くとまた下を向いて吐き捨てるように言った。

「頑固者…!」


(頑固者!?)

思わずむっとしてしまった。

それは、以前のわたしが両親や妹に喧嘩の度に言われた言葉だったから。

 

わたしが言い返そうとした時、アベルは独り言のように呟いた。


「…どうして分かってくれないんだ。もう嫌なんだ…キャーロが歌う箱の中で…」


(…キャーロ?)

アベルへ質問しようとすると、

「どうです?直せましたか?」

 いつの間にか後ろに立っていた男から声を掛けられてしまった。


『いけない…』とわたしは慌てて

「はい、できました」

と返事し歩き出そうとすると、わたしの片手が引っ張られた。

 

アベルがわたしの片手をグイと掴んだのだ。

何時ものように美しい…でも蒼白い顔色で彼は言った。


「ジェニー。お願いだ、約束して。絶対にこの手を離さないって」

 そして今までになく――ぎゅっと強くわたしの手を握った。



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一人の女性が皇子オレの部屋の前で近衛兵ともめている様だ。


マントを深く被り、顔が分かりにくい。

以前見たような光景に思わず


(ローゼリットか?)

と一瞬勘違いしそうだったが彼女アレは地下だ。

地下の部屋に居るはずなのだ。


――その女の姿をはっきりと確認して少なからず驚いた。


ベアトリス=ランカスター侯爵令嬢だったのだ。

誰よりも礼儀や作法に厳しい彼女がこんな時間に供もつけず…いや約束も無いのに来るなんて有り得ない事なのだが――。


「ルートヴィッヒ殿下」

ベアトリスは完璧なカーテシーをした。


彼女は完璧な淑女だった。

所謂いつも多くの女性の手本になる様な完璧な女性だ。


「なんだ?こんな時間になんの用事だ。…先日君とは婚約を破棄すると言ったばかりだぞ」

「わかっております。それと婚約破棄の件、わたくしは了承などしておりません」

「君の了承の有無など知ったことか、破棄すると云ったものは破棄をしたのだ」


「婚約とは相手あっての契約ですわ。相手に了承も得ず一方的に告げて終わりとはおかしな話ではありませんか」

ベアトリスはきっぱりと答えた。


昔から彼女はそうだ。

(男で生まれれば良かったのに)

と言われるほど、きっぱりした性格だった。


令嬢でありながら、幼い頃はヒューゴとともに剣を嗜み、頭も切れたから女性で初の領主もしくは騎士団員になってもおかしくなかったが、それらは全て皇子オレとの婚約でたち切れになったという。


(確か…ヒューゴの母の妹だったか)

ベアトリスはヒューゴの従妹にあたる。

 

順調に行けばオレでは無くヒューゴと婚姻を結んでいたかもしれないが。


ヒューゴに似た端正な美しい顔、長い黒髪、気の強そうな大きな瞳。

同い年だが、彼女はいつも自分の方が年上であるかのような顔をする。


婚約する前から…それがいつも何故か気に食わなかった。


「悪いが、廊下ここで立ち話をするには疲れすぎている。帰ってくれ」

自室の扉を侍従が開けた。

 

扉が閉まる直前にオレはベアトリスに試すように言った。


「完璧令嬢の評判を落としてでもどうしても話したいと言うなら、が自らオレの部屋に入ってくればいい」

 

オレはベアトリスの目を見て薄く笑った。

「――君が選べ」

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