第23話 ぜったいお家騒動だよね?乙女ゲーム 2

ルートヴィッヒ皇子・ベアトリス嬢・ヒューゴ・エアリスはみな幼馴染の間柄だった。

 

アベルは後ほど合流した形になったが、小さい頃は身分などそれ程関係なかった。


いや、関係ないと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。


フランシス皇太子が皇帝陛下になると決まった際、やはり一部貴族より、ヒューゴの父・前皇后陛下の義弟の王位の正統性の話が出たからだ。


「いくら英雄でも…どこぞの馬の骨の男と皇女の身分が釣り合うはずもない。」

と考えていた貴族は多く、またその息子が皇位にふさわしいのか…と疑問がでれば、

元々皇族のヒューゴの父の方にお鉢が回ってきても仕方あるまい。


しかし、ヒューゴの父は皇位に全く興味を示さなかったタイプだった。

 

気弱というよりは、人の前に立つことにはあまり食指が動かず(皇帝など、野心家の姉上がなれば良い)と本気で思っていた節がある。


だからなのだろう。

皇位継承権を返還せずとも前皇后陛下に暗殺されず、現在も『大公』という十分な身分を頂いて悠々自適に生活出来ているのは。


 

その為、前回の皇位継承の際の式典に大公の父と共に出席することになっても全く警戒されなかった。

 

ヒューゴ自身も長い式典に(面倒だな)ぐらいにしか考えていなかったのだ。


もしもこの後の騒ぎが分かっていたら…式典になど出席しなかった。

 

今でもそう思っている。




…異変は戴冠式の最中に起きた。


ちょうどフランシス皇太子が皇帝陛下になる儀式の文言が終わり、前皇帝陛下ルートヴィッヒ1世からフランシスの頭上へ王冠が戴かれる時である。


ヒューゴは退屈で出そうになる欠伸を嚙み殺し壁の方を向くと、一振りの剣が飾ってあるのに気付いた。

式典の間は広く豪華な白と金を基調に飾られた凝ったものだったが、その壁に似つかわしくない簡素な造りのものだ。


それが、少しずつ…振動している。

ヒューゴがそれをじっと見ていると、更に振動は激しく、大きくなっていく。


振動と共に声が聞こえてきた――“掴め”と。


異変に周囲の貴族らも気付き始めた。

騒めきが広がっていく。


そして、ヒューゴは思わず――退魔の剣ニギライ へ手を伸ばし―――掴んだのだ。


ルートヴィッヒ1世が戦場に立たなくなって以来、皇室のシンボル化し式典の間の壁に飾られていた退魔の剣ニギライが新たな主人ヒューゴを得た瞬間だった。


そして、その後の事は思い出したく無い。


「皇帝陛下がフランシス様にやっと決まったのに…」

「やはり大公殿の戴冠の方が正しかったのでは…?」


様々な雑音が生じ、父は苦肉の策として、ヒューゴを皇室付の騎士団ー皇帝陛下の番犬へ預けたのだった。退魔の剣ニギライを持たせたまま。


「…ヒューゴ、どうした?」

ルートヴィッヒ皇太子に名を呼ばれてヒューゴはハッと気付いた。


「食べないのか?気分が悪そうだな。顔色が悪い」

ヒューゴは目の前の更に視線を落とした。

どうやら朝食の皿にほとんど手をつけずにいたらしい。



ヒューゴは覚えている。

 

あの混乱の中、当時のルートヴィッヒ皇子が見たことの無い憎悪の表情と眼で自分に向かってつぶやく言葉を。


(――裏切り者!)


…天使の様に愛らしく、剣を捧げようと思っていた相手を自分が変えてしまったのだ。


「…申し訳ありません。やらなければならない仕事が山積しております。申し訳ありませんが退出してもよろしいでしょうか?」


膝のナプキンを外し、ヒューゴは訊いた。


「わかった。いいだろう」

ルートヴィッヒは了解したが、薄いブルーの瞳の視線はヒューゴから外さないままだった。剣を受け取り、ヒューゴが挨拶して部屋を出る際、後ろから声をかけられた。

「…ヒューゴ」


ルートヴィッヒは笑顔で言った。

「建国祭が楽しみだな」


ヒューゴは廊下を歩きながら先程のルートヴィッヒの言葉を反芻していた。

「聖女認定か…」

 

信者である一定の高魔力所有者であれば、サヴォ―神の大聖堂で誰であれ受ける事ができる試験ではあるが、基本的に高い治癒力、回復魔法を使いこなせるものが聖人、聖女として一般的に認定されているのだ。


(…いずれさせるだろうと思ってはいたが)

ヒューゴはジャケットの一番上のボタンを外し、落ちてきた前髪を後ろに撫でつけた。


ローゼリット嬢がサヴォー神のもとに聖女認定されれば、聖女を娶ったと夫としての名声も上がり、皇位を継ぐ際に有利になるのを狙っての事だろう。


ヒューゴは自分の執務室へ向かうため廊下を急いだ。



ーーーーーーーーーーーーー



 大聖堂はサヴォー神を祀るサヴォ-教の神官や信者――サヴィニアンが集う場所らしい。

政治と宗教が絡む事を好まなかった前皇帝ルートヴィッヒ1世と、その皇后陛下の時はあまり活動できなかったらしいが、フランシス皇太子時代から確実に復活し、彼へすりよっていった。


そしてまた、現在はその息子ルートヴィッヒにも影響がある。

 


教義の中で魔法を「サヴォ―神の御力や祝福」などと言葉巧みに言い換えるのがサヴィニアンとサヴォ―教の特徴である。

これらの事を公爵様の馬車の中でわたしはアベルから訊いた。

また、実は以前レイモンド様の政策で廃止した魔塔出身の聖者やサヴィニアンになった者も多い。


「…なるほど。ではレイモンド閣下の魔塔解体を快く思っていなかった輩が紛れている可能性もあると言う事ですわね」

とわたしは簡潔に言った。


公爵閣下とアベルは少しばかり驚いた表情をしたが、

「そうだ」と二人で頷いた。


「だからジェニー。実は警戒すべきなのは外からの敵ばかりでは無いんだ」

「わかりましたわ。気を付けます」

心配そうなアベルの顔を見てわたしはしっかり頷いた。


アベルはわたしの片手の上に掌を重ね、きゅっと握ってきた。

 彼は下を向いてまた考え事をしているようだ。


(そんなに信用してもらえてないのかな)

――危なっかしいやつと思われているのかも…


「アベルさ…コホン。」

握ったアベルの手の上にわたしのもう片方の手を載せて彼の顔を覗いた。


アベルを安心させるように言った。

「大丈夫ですわアベル。きちんとお約束しますわ。だからそんなに下をお向きにならないで」


「うん…」

アベルは小さい声で返事をすると、そのあとやっと少しだけ微笑んだ。

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