第21話 わたしのお姉ちゃん

 お寺に木魚の音が響く。今日は姉の3回忌だ。

…早いものだ。

高校生だった私も大学生になった。


位牌の横の写真の姉は穏やかに微笑んでいる。


背も日本人にしては高く、とても美人だった。

美人薄命とはよく言ったものだ。わたしとは余り似ていない。


姉とはちょうど一回り歳が離れていたから小さい頃は面倒見てもらったけど、大きくなるにつれ共通点はどんどん減っていった。

 

彼女が海外に行くようになってからは尚更だ。


姉だけど、なんだかいつも遠く感じるひとだった。

 

海外でずっと仕事をしているからかたまに自宅にいると、違和感を感じてしまう自分がいた。


法事の後の田舎の親戚が集まる会は、大学生になっても退屈に感じる時間のひとつだ。


「もう三年になるのね。どう…?義姉さん達は少し落ち着いているの?」

お茶を飲みながら叔母さんに聞かれ、

「そうですね。おかあさんは最近少し受け入れられるようになったかな…。

 お父さんも同じだと思います。」

と答えた。


 

叔母さんは頷くと私に尋ねた。

「あなたはどう?」


「うーん、お姉ちゃんてあまり日本にいないイメージだったんですよね。ゲームとかは帰国した時に一緒にやってましたけど」


「えっ、ゲーム?ゲームなんかやってた?そうなの?あの子。…聞いたことないけど」

そんなことを叔母さんと話しながら、会は終わった。


「久しぶりにうちでご飯を食べていきなさいよ」

 

お母さんの勧めで自宅でご飯を食べてから、大学近くのアパートに帰る事にした。


自宅の仏壇には生花が沢山飾られてあり、姉の位牌と写真はそこに戻された。


私は仏壇にお線香をあげながら母に質問した。

「お母さん達は…淋しくなかった?お姉ちゃんが帰ってこなくって。その…ずっと向こうにいる時間も長かったじゃない?」


母は紅茶を淹れながら

「そうね…でも自分の好きな仕事だったみたいし生き生きしていたからお母さんが淋しいと言っていてもね…。」

半分諦めていたようだった。


姉の死因は東南アジアの村で毒蛇に嚙まれたことだった。

彼女に使う血清が間に合わなかったのだ。


なぜなら、姉の車は村で急に産気づいた30週目の妊婦の為に使われたからだ。


毒蛇に嚙まれる前のことだが、妊婦とその夫に姉自身が使う事を勧めたらしい。


街の大きな病院で無事子供は出産したが、赤ちゃんはしばらくNICUに入院しなければならなかったらしい。


もしあのまま村で出産していたら、赤ちゃんは一体どうなっていたか…。


姉の判断で赤ちゃんは助かったが、当の姉は車が使えずに死んでしまった。


(ほんと笑えないよ。他人の事を優先にしてて自分のことは疎かになるなんて)



「そういえばお姉ちゃん…ゲームやってたよ…ね」


ふと、おばさんの言葉を思い出した。

 

私も高校時代バイト代をつぎ込みながらやっていたゲーム…えーと、なんだっけ…。


あ、そう『プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン』だ。

 

攻略対象者のイケメンが次々出てきてあの当時とてもハマっていたんだ。


姉は自分でもゲームをしていたけど、私の話を飽きずによく聞いてくれたっけ。


「ス○○トゥーン2だっけ?」

母が教えてくれた。


「あれね、実はお母さんが時間潰しにやってたゲームなのよ」


え!?そうなの!?初耳だ。


母は飲みおわった食器を片付ける為に立ち上がった。


「そうそう…確か。あんたといる時に貸してほしいっていわれてね」

思い出し笑いで続けて言った。


「日本に帰ってきた時くらい家族といっしょに居たいからって。

当時はゲームに夢中なあんたと、自然に一緒にいるための方法をお姉ちゃんなりに考えてたみたい」

(お姉ちゃんらしい事、全然出来てないから。せめて側にいてお話しを聞いたり話したりしたいんだ)

と言っていた様だ。

 

わたしは涙が止まらなかった。

(なんて不器用な人だったんだろう)

側に居たいからと言えば済む事だったのに。

 

(もっともっといっぱい話をしたり出かけたりすれば良かった。

もっと…もっと声を掛けてみれば。話をしてみれば良かった)


後悔しても、もう戻らない。


だから、せめて。

せめて願わくば。

 

…今度姉が生まれ変われるとしたなら。


お姉ちゃん自身がちゃんと幸せになるストーリーを生きられたらと思う。



そう、あの乙女ゲーム

『プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン』のヒロイン、ローゼリットの様に愛されて、愛されて仕方ない人生をどうかどうか、神様――。

 

 

今度こそ…お姉ちゃんが送れますように。

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