第20話 絶対始まってるでしょ?乙女ゲーム 5

 思いっ切り手を振り、かましたはずのわたしのパンチは楽々とリリスに避けられてしまった。


「ジェニー…なぜの?」


 リリスはわたしの突然の抵抗に驚きを隠せない様だった。


(うう…。でもやっぱりわたしのへなちょこパンチは当たらなかったのね)


「あんた…一応伯爵令嬢のくせにオトコをグーパンで殴ろうとするなんて…」

 リリスは呆れている様子で呟いた。


(あきられようが何だろうがこれ以上好き勝手されるなんて冗談じゃないわ)


 わたしは怒りのあまり声が震えるのを止められずきっぱり言った。

「リリス…もう出て行って!。友達になれるかと少しでも思ったわたしがバカだった。――残念だけどこんな事されるなんてもう無理」


 いつの間にかリリスは妖艶な男性姿から最初の少女の姿に戻っていた。

「…あんた魔族と人間でトモダチって冗談でしょ。今までどれだけ対立してきたと思ってんの?」

と嘲笑うかの様に言う。


 その言い方に思わずムッとして

「今まではそうかもしれないけど」

 わたしはリリスを真っ直ぐ見ながらつい大声で言ってしまった。


「わたしはなれるって思ってたからお茶会誘ったんだもん!」

(コドモか!)

思わず自分で自分にツッコミをいれる。

友達になれるかもなんて、わたしの勝手な思いこみだとわかってはいるけれど。


 彼女は本物の『夢魔リエルスタリゴスゴメル』で、乙ゲーのスチールでみた可愛いもの好きで小生意気なリリスじゃないのかもしれないけれど。


(うう…わたしアラサーなのに)

子供じみた言い争いに不覚にも涙が出そうになる。


 リリスは何も言わずわたしの顔を見たままその場に立っていた。


 わたしは自分の髪飾りの入っている飾り箱をクローゼットから取り出して、その中からレースのついたリボンを数本取り出し,ぎゅっとリリスの手に押し付けた。


「これ、お餞別。あげるわ。さよなら」


 ずっとずっと気になっていたのだ。

スチール画でも実際に見ても、リリスの可愛い髪型に髪飾りが一つもついていなかったのを。


 リリスは手に押し付けられたリボンをじっと見ていた。


 わたしはそのままリリスを見ずにベッドの中に戻り、布団を頭から被って丸まった。


 しばらくリリスはわたしの部屋にいたようだったが、夜明けと共にその気配も消えた。




 翌朝おなじみになったバランタイン公爵家の馬車がやってきた。


 小公爵アベルが来ると思い、いそいそと待っていたわたしのダンディーなお父様は、馬車のドアが開いて中から『冷血公爵』レイモンド=バランタイン公爵閣下が直に現れ、わたしを馬車に完璧にエスコートしてくださるのを、衝撃映像を見たかのように口をパクパクさせて見送ってくれた。(いや、わたしもびっくりしたけれどね)


 アベルはすでに馬車内で待っていた。


「おはよう。ジェニー。今日のドレスとても可愛い、君によく似合っている」


 アベルは今日も朝からキラキラとした笑顔を振りまいている。


(…うーん。こんな誉め上手なキラキラキャラだったけ?どっちかと言えば無表情&ツンデレの病みやすいキャラの筈だった気が…)


 ちょっと地味でちょっとふっくらしたしたジェニーはどちらかと言えば派手な色は似合わない。

 

 今日のドレスは淡いイエローだが、極力シンプルなデザインのものだ。

 スッキリ見えるように鎖骨が少し見える程度の襟ぐりが開いている。

 妙な膨らませ方をしたドレスは更に膨張して見えるので、なるべく身体のラインが綺麗に見えるものをチョイスするようにしている。


(…いや、可愛いのはアベルの方でしょう)

 

 アベルは今日も貴族子弟風の紺スーツだが、襟や袖の一部分にオレンジ色と銀色の繊細な花と尾の長い鳥の刺繍が入っている。

 

(花と鳥の刺繡が似合う男子ってなかなかいない…と思うぞ)


「…おはようございます、アベル様。ありがとうございます。」

と挨拶すると、アベルは向かいの椅子からするりと動いて私の隣に座った。

 そのままわたしの両手を小さい両手できゅっと包む。


「…アベルって呼んで欲しいって言ったよ?」

 キラッキラのパパラチアサファイアの光を湛えた両目で見上げた。


「あ…アベル…これでいいですか?」


「ん?…よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれる?」

 きらきらアベルに圧倒されながらやっと言うと、アベルはニコッと笑ってきれいな耳を寄せてきた。


(やだ…これがいわいるあざと可愛い女子…じゃなく男子ってやつ!?)


 レイモンド閣下はわたしたちのやり取りを黙って聞いていたけれど

「アベル、そろそろジェニファー嬢が困っているぞ」

と助け船を出してくれた。


(…ホントにあざと可愛い男子は心臓に悪いわ)


 

 大聖堂へ続く大通りは賑わっていた。

建国祭までまだ1週間以上あるというのに小さな屋台なども出ていて、

午前中にもかかわらず、すでにお祭り騒ぎのお店もあるようだ。


 特にデルヴォー広場は軒並み賑やかで、建国祭の派手な飾りや旗をあしらう店が多く、多くの人が買い物や食事を楽しんでいた。


 馬車はデルヴォー広場を右に曲がった。そのまま真っ直ぐ進むと大聖堂に到着する。ちなみに広場を左折すると皇宮である。


 しばらくしてから馬車が止まった。


 大聖堂に到着したようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る