第19話 絶対始まってるでしょ?乙女ゲーム 4

「…ところでどうしてにうちに来たの?」


 わたしはリリスへ恐る恐る聞いてみた。

彼女の真夜中の訪問の目的が謎過ぎて怖い。

ここ数日の乙ゲーの登場人物との繋がりを考えると、リリスの再登場に悪い予感しかしない。


「…あれ?だってお茶会に招待してくれたじゃない」

紅い唇を吊り上げて、リリスはかくんと小首を傾げた。


(そうだけど、こんなに状況が混乱している今日じゃなくても…)

「待って。昨日の今日じゃない。日を改めて…」


「ジェニー…分かってる、分かってるよ。ちゃんとボクに招待状を出す気があったのはさ」

リリスは妖しく笑った。

 

「……?」

(そんなこと言ってないよね?)

――何だろう…この追い詰められる感じ。


 リリスは話題を変えるように、訊いてきた。

「そうそう…ね、さっきの覚えてる?」


「なあに?」

「ふふ…さっきボクあんたにキスしたよ?」

(??…あの…首の、タコの吸盤に吸われたと寝ぼけた時かな)


 リリスはわたしの方をむいて立ち上がった。

さっきから妖艶に笑う理由が分からないけれど、こっちは鳥肌が立つ程怖いのだ。

思わずリリスから身体を離そうとベッドの上でずり下がる。


「…ね。ジェニー、ボクね。普段は対象者には触らないんだ」


 だって直に触るとすぐ壊れちゃうものが多くってさ、と薄く笑う。

「…あんたはどうかな?試してもいい?」


 そう言うと何処からともなく現れた黒い羽根が、ザザっと目の前のリリスを隠した。

次の瞬間黒い羽根の視界が晴れると、リリスはその姿を変えていた。


 長い黒髪と赤眼はそのままだが、その姿は人間離れした美しさと妖しさを持つ細身の男性の姿だ。


 服も一般的貴族が着るようなシンプルな白いドレスシャツと黒のトラウザーパンツに変わっている。シャツの隙間から見える肌は病的なほど真っ白だ。


 紅い唇が妖しく開いてわたしの名前を呼んだ。


「ジェニー…こっちへおいで」


 いきなり、頭を強くぐわんと殴られるような衝撃に襲われた。


 の声は強烈な媚薬のようだ。


 聴くだけで身体と脳が震えて頭の中で何度も木霊の様に反響して…痺れる。

抗うことなどできない――圧倒的強制力。


 リリスはわたしの背中を片手で抱えると、もう片方の手の平と指でわたしの唇を優しくなぞった。

 

 背中をゾクゾクとした感覚が走って、思わず声が出た。

「…あ…」


 わたしの反応に目を細めたリリスは

「ふふ…可愛いね。このまま気が狂うくらい可愛がってあげようか。

 ね…気持ちよくしてほしい?そう言ってごらん?」


 リリスはそのまま指でわたしの背中と腰をそっと撫で上げた。


「ん…っ」

電流が走ったようにビクンと背中がしなる。


 頭の中を血液がどくどくと波打って、撫でられているだけなのに

その場所が痺れるくらい気持ち良くて(もっともっと触ってほしい…)

その欲求で頭がおかしくなりそうだった。


 リリスはそのままわたしの首筋に唇を寄せた。

そして甘いかすれ声ハスキーボイスで嗤って囁く。


「そう、いい子――気持ちがいいね。…指と舌どっちがかな。

 それとも欲しがりな可愛いジェニーはどっちもお望みかな?

 ふふ。どうしよう…ねえ、本当にアタマの回路が焼き切れちゃうかもよ?」


「でも、いいよね…望むならもっと強く吸ってあげる。

 …もっともっと奥深くまで触ってあげるから」

 そのままわたしの耳元で囁いた。


 ――『教えて』と。


「バランタインのおっさん達はどこまで把握してる?」

 ぼうっとする頭の霧がいきなり晴れた瞬間だった。


(これだ)

頭のなかでカチリと音がしてわたしは理解した。


 バランタイン公爵やアベル達の動向――それを知る事こそがリリスの目的なんだと。

(…これが知りたかったのね)


 エアリス=オーギュストは中枢に近いといっても人間の政治専門だ。

昨夜堕としてはみたが、彼が知っている内容はリリスにとって知りたい情報では無かったのだろう。


 リリスが望む情報は多分対魔族にも活動する魔法管理省、もしくは帝国騎士団ガーディアンズにある。


 ただ現在ガーディアンズは対人同士の闘いの訓練が主流だ。

唯一団長ヒューゴ=パネライだけが高い戦闘力・魔力と共に退魔の剣ニギライを持つ。


(リリスとしては、面倒で避けたい相手だろう)


 アベルといえば、少年化した今ではレイモンド公爵が常に側に立っている。


 そして対魔族に関しては、レイモンド公爵邸、皇宮は最高レベルのセキュリティを保っている為に入り込めない。(もちろん大公家もだ)


 だから今日公爵邸を訪れ、今夜はノーガードなわたしに何か有益な情報があったかを確認しにきたんだ。


(――何がお茶会よ!?)

結局、そんなのどうでもよかったんじゃないの!


「…リリス…」

「何…?」


 リリスはわたしのナイトドレスの前ボタンをすっかりはずしてしまった。

シュミーズの頼りない布をずらしながら、白く盛り上がったわたしの胸にキスを落としていく。

 リリスが触れられる度チリチリと皮膚とその奥が熱くなって、勝手に下腹の方も反応してしまう。


(だから乙女ゲームなんて望んでなかったのに!)

思わず奥歯がギリッと鳴った。


 わたしはかつて無いほどの怒りを沸々と感じていた。

――もういい加減にしろと怒鳴ってやりたい。


 こんなに心身ともにクッタクタに疲れているのに、連日連夜望みもしないお客が勝手に訪れては、わたしの意思に反してわたしの感情や行動を好き勝手に動かそうとする。


 そして今夜に至っては、平穏な睡眠までも脅かすのだ。


「――リリス!」


 わたしは一言吐き出すようにその名前を呼ぶと、リリスの長い睫毛が上を向くのを待たず、今度はに向かって思いっ切り正拳グーパンチを突き出した。 

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