第17話 絶対始まってるでしょ?乙女ゲーム 2
「ジェニー、こちらへ」
言葉に詰まるエアリスの様子を見るとアベルは中庭へ案内してくれた。
無言だったが、わたしの手をさりげなく取って引いてくれている。
中庭から温室へ行く道だろうか、その先に優美な温室の建物が見える。
アベルは歩くのを止めると前を向いたまま言った。
「…ごめん。あの場にきみを置いておきたくなくて」
何故アベルが謝るのかわからなかったけど、エアリスもわたしが居ると言いにくそうだったから
「…ちょうど散歩したいと思っておりましたの。連れ出して頂いてありがとうございます」
と言った。
アベルは前を向いたまま少しうなづいた。彼が握った手にほんのすこし力がはいる。
アベルの手は小さかったが温かかった。二人でゆっくり温室までの道を歩く。
彼のつむじはちょうどわたしの目の前だった。
前を歩くアベルの髪が、風と沈む太陽の名残でオレンジ混じりに輝く。
そろそろ日が暮れて、一番最初の星がまたたく時間だ。
夕焼けと夜の混在する空はなぜか郷愁を誘う。わたしは前の世界の夕日が沈む風景を思い出していた。
風はまだ肌寒い。
はやく建物の中に入った方がいいのだろう。
でもこうしてアベルと歩く道が終わるのを、ほんのちょっとだけ残念に思う自分がいる。
もうすぐ温室の入り口に着くという時だった。
「…最初は」
アベルは前を向いたままぽつりと呟いた。
「最初はきみが何を隠して居るのか、君の秘密を暴くつもりだった」
「でもきみが自分の身も顧みず結界のなかに入って来て、
アベルはその場で足を止めた。
「ありがとう、ジェニー。
きみは本当は守りたかった秘密を、僕の為に明かしてくれたんだね」
アベルは振り返ってわたしに微笑んだ。
とても儚げな微笑だった。
「ありがとう…きみのおかげで僕の大切な記憶も思い出せたんだ」
完全に夜になる前にわたしは
まだエアリスとレイモンド閣下は取り込み中らしくアベルだけ見送ってくれた。
アベルは小さい姿ながら馬車への手を貸してくれた。
わたしは夕方の彼の微笑みを思い出してアベルに伝えた。
「できれば、彼の手伝いをさせてほしい」と。
「ジェニファー嬢は帰ったか」
レイモンド公爵は文献を調べる為に掛けていた眼鏡を外した。
「はい。義父上。彼女が調査を手伝ってくれるそうです」
レイモンドは顎を撫でながらアベルを見た。
「そうか…お前
「エアリス
とアベルが尋ねるとレイモンドは少し笑った。
「気づいてたか。彼女自身が怪しいとは思わんが…色々と不確定要素が多い娘だな」
レイモンドはアベルが黙っているのを見ると
「…エアリスだが、今は眠っているが…予想以上に強い魔法だった。しばらく様子を見ながら治療する必要がありそうだ」
と続けた。
「『
「いや…もっと」
レイモンドは適切な表現をする為、言葉を選んでいるようだった。
「端的に言えば…魔族が良く使う『
レイモンドは指先で頭を突いた。
「エアリスが彼女に軽い好意を持っているとしよう。その好意を間違った方向に思い切り押す。エアリス自身に間違っていると気付かせない様に」
「この魔法の特徴は強烈な渇望感を抱く事だ。直接恋心を焼印の様に脳に刻まれる様な物だからな。普通の人間ならその強烈な刻印に、短時間でも正気を失うことがあるかもしれん。エアリスはある程度魔力耐性があるが、同時に奴の魔力も抜かれていた。準備や時間をかけずにこんな事は、わたしでもできない。いや、…人間では無理だろう。」
アベルは頷いた。
「…魔族の仕業ですね」
「そうだ。これで、ここ数十年国境で防げたものが入ってきたのは確定だな」
(…アレがそうか)
アベルは思い出していた。
大聖堂の前に立つ黒い大きな影。強大な魔力、そして…大聖堂を覆う禍々しい結界。
「エアリスはどうやら自分の夢を媒体にされたらしいぞ」
「…夢ですか?」
アベルが尋ねると、レイモンドはクスクス笑っていた。
「ふふ…聞きたいか?――中々興味深い内容だったぞ」
両眼がいたずらっぽく光る。公爵閣下はちょっとサドの傾向があるのだ。
「…いいえ義父上、結構です」
その義父の態度に嫌な予感がして、アベルが賢明に答えた。
「何だ、つまらん」
レイモンドは声を上げて可笑しそうに笑った。
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