第16話 絶対始まってるでしょ?乙女ゲーム 1

 一時間程でエアリスは目が覚めた様だった。

目が覚めそうだと連絡を貰ったわたし達は、温室からエアリスのいる部屋に移動したのだ。


「ジェニー…」


 わたしの姿を確認するとゆっくり起き上がり、エアリスは青い綺麗な瞳でわたしを見つめた。少し焦点が合ってないように見えるが、大丈夫だろうか。


「エアリス、気分はどう…?」

 わたしはエアリスが横になっていたベッドに近づいた。エアリスは何故かわたしの顔をぼうっと見つめている。


「…エア――きゃっ…」

 エアリスは様子を訊くわたしの手首を無言で掴んで強引に引き寄せた。

 彼の使う少し男っぽいコロンの香りがして、カーっと顔に血が昇る。


「お前に…逢いたくて、逢いたくてたまらなかった」

 人目も憚らずぎゅっと抱きしめられてしまう。


(――え!?)

 今度は頭から血が引くのを感じた。


(何なの?昨日会ったばかりなんですけれど…)

 …それに、その台詞は。


 ここから『プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン』のキャラ紹介からエアリスの解説を引用させてもらおう。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 いつも飄々としていて、何でも優秀に、器用にこなしてしまうエアリス。

 皇族に連なる生まれだが彼に皇位が廻る事は無く、近づく女性たちもそれをわかってに近づき都合のいい愛をねだる。


 彼がプレイボーイと言われてしまう所以ゆえん


 中途半端な自分の立ち位置をエアリス自身が一番冷静にみている為、今ひとつ女性に対しても本気になれない。


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 今の彼のセリフはローゼリットへの本気の告白のひとつだった…気がする。


つまりよ…つまりとても大事なセリフだということよ。

とても昨日会ったばかりの女性にかけるような言葉じゃない。


わたしは首だけ動かして、同じようにベッドサイドにいたアベルとレイモンド閣下の方を見た。

 

レイモンド閣下は目も丸くしてエアリスとわたしを見比べている。

何故か目を細めたアベルの表情は厳しかった。


エアリスが目を覚ましたら、しばらくそのまま様子観察したいという二人の言葉もあってエアリスのなすがままになっていたが、わたしは思い切り首を振って助けを求めた。

(もういいよね!?そろそろ助けて!)


「エアリス、目を覚ませ」

 アベルは掌で小さい輪の形をした光を作りエアリスの額に当てた。

 光がエアリスの頭に吸い込まれるとエアリスの眼に焦点が戻る。


 そのまま下を向いてわたしの顔を確認すると、

「ぅわあっ!!」

 慌ててわたしのからだを離した。

(ちょっと何なの?オバケを見たみたいなその反応…)

 と思っていたら、今度は反対側から引っ張られて、思わず後ろによろけた。


「ジェニー…ごめん、大丈夫かい?」


(…うん。大丈夫だけど。えーっと何なんだ)

 わたしはこの新たな状況が飲み込めずにいた。

ちいさなアベルがわたしを背中から手を廻して抱きしめていたからだ。


「ジェニー…」

 アベルは心配そうにわたしを見つめている。

彼がまだ背が低い為に、アベルとの顔の距離が近い。

二つのパパラチアサファイアがサラサラの前髪の間からキラキラと輝いていた。


(...おお、尊いわ)


 でも待って。考えれば(いや、考えなくてもね)一応ジェニファー嬢は伯爵令嬢。

しかも嫁入り前の妙齢の女性よ。

本人に許可なく無体とまではいわないが、いくら公爵家のご子息エアリスでも簡単に抱きしめていい身分の女性ではない。

 

 アベルらが過剰に気遣うのも当然なのかな?…と言う割りに、アベルはしっかりわたしを抱きしめているけど。


(もしかして少年の姿だとノーカンなのかしら?)

ここの世界のルールが良くわからないわ。


 「…大丈夫ですわ。心配してくれて(?)ありがとうございます。」

 わたしは前に廻されたアベルのまだ華奢な腕をトントンと叩いた。

 

 しばらくすると彼は気が済んだのかわたしからそっと離れた。

(恥ずかしくなっちゃったのかしら)

耳が紅くなっていて…なんだか可愛い。


 しかし、その場を何とも言えない重苦しい空気が流れるのがしんどかった。

仕方なく、わたしは下を向いて表情の見えないエアリスの腕を軽くはたき、

「…ほほ!いやですわ、エアリスさまったら。幾ら恋人候補が多数いらっしゃるとはいえ、どちらの女性とお間違えになられましたの?」

 明るく言ってみたが、エアリスは更に下を向いてしまい、さっきに輪を掛けて微妙な雰囲気になってしまった。


 レイモンド閣下は立ち上がってエアリスに声をかけた。

「エアリス、お前は取り敢えずわたしが治療するから、とりあえず、いつ のか覚えていたら教えてくれ」


「そんな…覚え自体がないんですよ。大体、魅了でも洗脳でも俺にはある程度耐性があるんですよ。触られた瞬間すぐわかるから、雑魚レベルの魔術師じゃ無理ですよ」


「…まあ、そうだな」

レイモンド閣下は、思い出したようにパチンと指を鳴らして

「そういえば――侍従の話しだと夢見が悪いと言っていたそうだな」


エアリスはぎょっとした表情をすると、珍しく顔を赤く染めた。

「いや…」

ちらとわたしを見た気がする。

「…それとは、…関係ないと思いますよ」


「判断するのは、わたしだ」

「う…いや…」

レイモンド閣下の言葉にエアリスは心底言いたくなさそうだった。

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