第14話 絶対恋したくない乙女ゲーム 4

その時、温室に慌てた様子の執事さんが入ってきた。


「お邪魔をいたしまして申し訳ありません。」


そのままレイモンド閣下に耳打ちすると、閣下はちょっと驚いた顔をしていた。

「何?…エアリスが?」


そしてそのまますっと立ち上がると、閣下はわたしの方を見てテーブルを直ぐに離れた。


「…何故かキーパーにエアリスがひっかかった。ちょっと失礼するよ。アベル、お前も来い」

「分かりました」

声を掛けられたアベルも直ぐに立ち上がると、わたしに謝った。


「ゴメンね。お客様をお待たせする事になるけれど、すぐに戻るからここで待っていてくれる?」

「わかりましたわ。わたくしは大丈夫ですので、直ぐに向かって下さいませ」


わたしは直ぐにアベルへと頷いた。

何か不測の事態が起こった様な慌ただしい雰囲気だったのだ。


 ーーーーー


温室を出ると、早足のレイモンドは走って後に続いて来たアベルと楽し気に会話した。


「キーパーに引っ掛かるなんてエアリスはをされたんだろうな?」

「…面白がってますね、父上」


アベルの台詞に、レイモンドは嬉しそうに答えた。


「ああ、そうだな。非常に興味深いよ。キーパーが実際に動くなんてここ暫く無いんだぞ」


(これだからオタクは…)

アベルは際立って魔法オタクな義父を見上げてため息をついた。


実際笑い事では無い。


魔力探知機キーパーは侵入者に対する非常に有能な防衛システムなのだ。


危険物の持ち込みはもちろん、暗示魔法にかかっている危険な精神状態の者にも反応する。

例え、自分が意識しない内に魔法をかけられていた場合でもだ。


しかも魔力が高く、皇族でもあるエアリスに何か仕掛けるというのは、ある意味帝国に喧嘩を売るのと同じである。


父の後について走りながら、アベルは頭に浮かびあがる疑問を止められないでいた。


(一体ここで、何が起こっているんだ?)


昨夜の敵の正体はおろか目的も分からない。


おまけに――。

(自分の力をあの時大量放出した反動で、身体が自然に自分の力をセーブをしようとしている)


医師の診察に寄れば、小児化は力と身体が上手く釣り合っていないために起こった一種の退行現象らしい。


(こんな大事な時に…!)


この腹正しい状況に、アベルはぎりっと奥歯を鳴らした。


 ーーーーーー


エアリスは珍しく朝から機嫌が悪かった。

商業ギルド長室での仕事がいつもと違って進まない。


目の前に書類が次々に積まれていく。

ガタンと音のする方向をみると、いつの間にかペンが床に落ちていた。

「…っ」


ペンを床に転がして落としてしまった。


秘書がそれを拾おうとするのを手で止めて、

「…俺が自分で拾うからいい」

今日これで何度目になるのか、仕事用のペンをゆっくりと拾った。


「は……」

顔の前で長い指を組むと、思わず溜め息が漏れた。


「――


「は?エアリス様。何か仰いましたか?…」

「…いや、何でもない」


 エアリスは手を振って侍従を部屋から出るように指示した。

 ギルドの長として纏めなければいけない会議も書類も山積みである。

 下では持て余す長い足を机の上に乗せて、足を組む。

 両手で目を抑えて考えた。


「何でだ…。何であんな…」


あんなリアルな夢を見たんだ?


 ーーーーーー


彼女は抵抗するのをやめた。


細い両手首をまとめ、片手で押さえてベッドの上に縫い付ける。

彼女の顎をもう片手でそっと上に向かせて、やわらかい唇にキスした。


何度も何度も…唇をついばんだり食むうちにうっすら唇が開いていく。

そこに俺の舌をねじ込んで、歯列にあわせてゆっくり舌でなぞる。

 

彼女の小さい舌を捜すと「んん…」と彼女は眉根を寄せた。

そのまま彼女の舌を巻き上げるよう絡ませていく。


唾液が唇の端を滴り落ちた。


「…ん、ふぁ…」

彼女の切な気な声とディープキスの湿った音だけが部屋に響いていく。


紅潮した顔が横を向いて、可愛い小さな耳があらわになった。

長い髪を手で鋤いてやってから耳朶に唇を落としていく


ぴくんと身体が上下に跳ねた。


「…好きだ」

小さく囁いて耳の中に舌をいれ、ゆっくり奥を捜して犯していく。

声が出るのを押し殺し、快楽を我慢して震える姿が可愛いかった。


「好きだよ…」


白い首筋や鎖骨を何度も優しく撫でて強く吸う。

徐々に下がりながら、幾つも彼女に紅い跡を残していく…俺のものだというように。


 ーーーーー


目覚めた時、恐ろしいほど現実との境目が分からなくなった。


目覚めた後の独り寝のベッドの横に彼女の姿を捜したほどだ。



この情欲に似た気持ちと、彼女の身体の感触がに存在しているかのようで、おかしな焦燥感にかられてしまう。

あの夕焼けを溶かしたような色あいの柔らかい髪を捜してしまう。


「ダメだ、仕事にならない。…アベルの顔でも見に行ってくるか」


そう言えば、『何か動きがあったら教えてくれ』と伝えてあった「耳」が、『今朝アベルが普通に目覚めて医師の診察を受けたらしい』と報告してきたのだ。


エアリスはふん、と鼻を鳴らして立ち上がった。


本当に、もしかしたらだが――彼女そこにいるかもしれない。

エアリスはうっすらとそんな事を考えていた。

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