第13話 絶対恋したくない乙女ゲーム 3
「初めまして。わたくしジェニファー=エフォートと申します。今日はご招待いただきありがとうございます」
わたしはまず細心の注意を払って、公爵閣下にカーテシーをした。
「いや、よく来てくれたね。昨夜は大変だったろう。今日は天気がいいから温室へご案内しよう」
アベルの御父上様レイモンド=バランタイン閣下は、にこやかに笑ってわたしをエスコートして下さった。
「はい…」
『よろしくお願いします』と言いかけたが(ウィン、ウィン)という妙に気になる小さな機械音が、どこからか聞こえるのに気が付いた。
気になって上を見上げ音の発生源を捜すと、邸内に向かって立っているアーチ状の屋根飾りの方から、その音が聞こえた。
わたしが屋根から聞こえる音に気を取られて上を見上げていると、レイモンド閣下は目を見張って驚いた表情をした。
「…すごいね。
それはまるで先生が生徒に対し“良くできました”と言わんばかりだ。
「
その前の3人が気になって聞いてみると、気さくにも教えて頂いたが、名前を聞いて度肝をぬかれた。
なんと前皇帝陛下とヒューゴとアベルという魔法士の巨頭達ではないか。
(なんでこんなのは分かるんだろ?…だからわたしは魔力ゼロなんだってば。妙なハードルを上げないで欲しい)
考えるに多分結界のようなセンサーが働いているのではないだろうか。
+++++
そしてレイモンド様は、バランタイン公爵邸内に入って案内して下さった。
バランタイン公爵邸はなんというか、わが伯爵邸とは別次元の建物と内装である。
中は広々として壁紙一つとっても特注品と云うことが分かる。
床の絨毯も素晴らしい高級品だった。
そればかりではない。
高級そうなタペストリーが壁にかかっているがそこに織り込んであるのは、様々な魔法の呪文に違いない。
豪華+貴重品+魔法の混合展示物か?と一瞬思う様な物も家財道具としておいてある。
そんな豪華な家具調度品と魔道具のコラボに圧倒されつつ、邸内の温室兼ティ―ルームに案内された。
温室は天井が高く、暑すぎず湿度もそれ程高くない。
レイモンド閣下はそのなかを優雅に歩きながら、わたしへと説明をしてくれた。
「ここにあるのは、薬の材料になるものから、世界でも珍しい樹や花々まで様々だ。 薬学科にいたのなら、君も知っているものが多いと思うがね」
執事さんに準備した椅子を引いてもらいわたしはそれに座った。
見上げれば温室の植物の間を、様々な種類の美しい蝶も飛んでいる。
わたしが風景や植物の香りを楽しんでいると、上座に座ったレイモンド閣下はフフッと笑って言った。
「アベルが言った通り可愛らしいお嬢さんだ。『コロンボ』にも似ているしね」
「あ…あの閣下」
わたしはどうしても気になって、レイモンド閣下に質問させて頂いた。
「…コロンボって何ですか?」
「コロンボを見たことが無い?」
レイモンド閣下は眉を上げてわたしを見てから、納得した様に頷いた。
「ああ…そうだろうね。君の『魔力』についてはアベルから聞いている」
なんだかわたしの魔力無しやらその他モロモロな情報が既にレイモンド閣下に知られているようだ。
「コロンボは妖精の一種だ」
「まあ…素敵…」
(妖精!?すごい!儚げじゃない??)
その例えに少し気を良くしていると、レイモンド閣下はちょっと笑った。
「
わたしは教科書の中の『ノーム』の姿を思い出そうとした。
(野菜?ノーム…?…たしかノームってずんぐりむっくりした…)
判明した答えのショックでわたしが何も返答できずにいると、かわいらしい男の子の声がした。
「…
そこには9~10歳くらいだろうか、昨夜倒れたままの姿のアベルが立っていた。
魔法省の制服が着れないためか、貴族の子弟らしいダークグレイの半ズボンとスーツの服装だ。
「ア、アベル様…」
「座ったままでいいですよ、ジェニファー嬢。こんにちは。またお会いできてうれしいです」
アベルは何事も起こって無かったかの様に、わたしの席の横にちょこんと座った。
執事さんとメイドも通常業務が如く順序良く紅茶や小菓子をサーブしていく。
「……あの、…お身体は大丈夫ですか?アベル様」
少年のままの姿のアベルが心配で、わたしは思わず訊いてしまった。
(元の姿に戻ってないなんて…どうして子供の身体のままなの?)
「ご心配なさらなくとも大丈夫です。」
アベルはきっぱり言ってからわたしの方を向いてにこっと笑った。
「それより、我が家の自慢の茶葉です。…どうぞ冷めないうちに」
ティ―タイム中の話題は、すでに卒業した学園の話題や最近の市井を含めた当り障りのない物から、皇室の話題まで様々だった。
「…
会いに行けてはいないが、もしかすると建国祭まで持つか、持たぬか…といった所なのだろう」
レイモンド様はカップを傾けて言った。
「前皇帝陛下がもし崩御されれば建国祭は延期か中止にせざる得ないだろう」
「それはルートヴィッヒ皇太子が一番避けたい事態でしょうね。ローゼリット嬢を連れていって、その場で聖女認定するつもりでしょうから」
アベルはカップの淵を細い指でなぞっている。
わたしはといえば二人の間でされている話題と内容の重みに、俯いたままただ会話を聞いているだけだった。
アベルがそれに気づいて
「ジェニーもう一杯いかがですか?」
と勧めてくれた。
「ハイ、ありがとうございます…」
(ありがたいけど、緊張しすぎて正直お茶の味も分からないわ…)
「あと心配なのはベアトリス嬢だが…ヒューゴは上手くフォロー出来ているのか?」
「そうですね。彼はベアトリスを妹のように大事にしているので…」
わたしはアベルのセリフに疑問が湧いた。
『ベアトリスを大事にしている』…?
そんな訳無いはずだ――少なくとも乙女ゲーム『プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン』の中では。
ヒューゴ=パネライは他のキャラより2歳年上の設定だ。
皇太子ルートヴィッヒの護衛として登場するのだが、主人公ローゼリット嬢を陰険な方法で貶めようとするベアトリスを、常に苦々しく思っている。
『あ、あれ?何か、可笑しくない?』
今更だが、わたしははたと気づいた。
そもそもアベルもエアリスも、学園在学中に普通にイベントをクリアしてれば、女主人公ローゼリットへの好感度は随分と上がっているはずなのだ。
でも卒業パーティーの時の二人や今ここでの会話だけで判断すると、何故かローゼリットへの特別な好意を抱いているようには見えないのだ。
冷静にローゼリットとルートヴィッヒ皇子について話をしている事も違和感がある。
「…ジェニー?」
(考えられるのは、なんだろう?)
小説の中の展を思い出しながら考えてみると
1 ローゼリットもしくはベアトリスが私と同じ転生者である(とか)
2 ローゼリットがルートヴィッヒルート
3 ベアトリスが転生者の場合ヒューゴルート
4 違う誰かがヒロインになっている。
5 魔王もしくは皇帝ルートが進行している。
…と云った感じになるのかしら。
「ジェニー?どうしました?」
アベルにまた声をかけられて、はっとした。
わたしはティーカップを持ったまますっかり考え込んでいたらしい。
持っていたカップの中のお茶はすっかり冷めてしまっていた。
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