第10話 絶対なめちゃいけない乙女ゲーム 5

(ど…どうしよう。一体何が起こっているの?)


 こんな…アベルが子供になっちゃうなんて。


 ゆっくりと震える指を小さなアベルの鼻先に持っていく。

「…はぁ…良かった。呼吸はしてる…」

 でも顔色は悪くて呼び掛けにも反応がない。


 今の小さいアベルには、どう見ても大きい制服に所どころ穴が開き燃えた跡があり、血も滲んで見える。

 特に額の切り傷は酷く、流れた血が固まっていた。



(そうだ。ポーション!)

 虹色の小瓶をポケットから取りだして、アベルの頭をわたしの膝の上に乗せる。膝枕の状態にした。

 

 小瓶の中身がこぼれないように、慎重に開ける。

月明かりにポーションは金色に煌めいている。ゆっくりと傾けて、アベルの口に注いだ。


「あ……」

 ポーションが唇の端からこぼれていってしまった。


「飲んでもらいたいのにどうしたら…」

わたしはアベルの顔をじっとみた。


 結界が無くなった今、エアリス達はすぐくるだろう。


(それまで待つ…?)

小さな身体が力無くぐったりしている。


 わたしはぐっとポーションを口に含んだ。アベルの頭を横炊きに持ち上げる。


(さよなら、ジェニ―のファーストキス)


 そのまま下を向いて頭を下げ、アベルの唇に合わせた。

 ……が。


(歯が邪魔!)


 しっかり閉じてしまった歯が原因でポーションがきちんと口内に入らない。わたしの指を入れて、アベルの整った可愛らしい上下の歯をこじ開ける。

(ごめんね。アベル)


 それからもう一度今度は深く唇を重ねた。


 空いた歯と歯の隙間にわたしの舌を入れるとアベルは身体をびくっとさせたが、今度は歯を閉じなかった。


(むせないように…)


 わたしはゆっくり口内のポーションをアベルに流し込む。

 アベルは全て飲み込んだ。


 良かった。全部飲み込めたみたい。さすが、高級品ね。すぐ吸収されるようだ。


 エクストラポーションはものすごい勢いで身体の損傷を修復しまくっているようだった。額の酷かった切り傷もきれいに消えていく。


(…よし)


 額にかかる乱れた前髪をそっと直している時、アベルが長い睫毛を震わせて両眼を開けた。オレンジの瞳は月明りの中でも煌めいている。

 彼はわたしをみてゆっくり瞬きをした。


「…誰?」


 …誰と訊かれましても…。

(あなたがさっき「アベルって呼んでほしい」と言った相手ですが)


「…コロンボ?」

(…いや、だからそれ誰よ)


 その時大聖堂の横に広がる庭園の通り道を、ざわざわと集団がこちらに近づいてくるのが分かった。


 わたしはアベルの頭をそっと膝の上に戻した。エアリス達だった。


「アベル!」

「ジェニファー!」


 わたし達を捜す声と大勢の足音がする。


 その中でエアリスの声は誰よりも切羽詰まって聞こえた。

「アベル、ジェニー!くそ…返事してくれ!」


「エアリス!エアリス、ここ!ここよ!」

 こちらも大きく手を振り、エアリス達を呼んだ。


「ジェニー!ここにいたか」

 エアリスが気づいてこちらに走って来た。


 後ろに黒い鎧に身をつつんだエアリスと同じくらいの長身の男性が付いて来ている。

 どうやら、騎士団ガーディアンの皆さんもいるようだ。同じ黒い鎧の騎士たちは周りを警戒している。


「良かった、エアリス、アベルが」

 言いかけた時、エアリスに振っていた腕をグイッと掴まれた。


「お前は…!俺は絶対に動くなって言ったよな!」


 痛たた…腕を掴むエアリスの力が以外に強い。

でも彼の怒りの剣幕に何も言えなかった。約束を破ったのはわたしだ。


「…ごめんなさい。アベルを助けたくて…」

 慌ててエアリスとの約束を守らなかった事を謝った。


 エアリスはわたしの顔をじっと見ていた。


 何か言いたげだったが、わたしの腕をゆっくりと離した。


 次にわたしの膝に頭を預けて、うとうとしているアベルを見た。

「…これ、まさかアベルか!?」

 

 わたしが黙って頷くと、人差指をチョイチョイと動かし後ろにいる騎士を呼んだ。


「ヒューゴ。見てくれ」

 その声と共に後ろの長身の騎士が兜を外す。


 黒髪に完璧に整った顔、瞳も漆黒だ。凍てつく冬のような美貌の男性だった。


「――アベル?なぜこの姿なんだ?」

 声もカ・ン・ペ・キ。色気のあるバスボイス。


 アベルが女性的な感じの美貌だとしたら、ヒューゴは完全に男性的である。

(ヤバーい!超ドストライクなんですけれど…!!)


 何を隠そう(いや、別に隠さなくてもいいのだが)ヒューゴはわたしにとってこの乙女ゲーム

「プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン」の攻略対象者の中での一押しキャラなのだ!

(マジでかっこよすぎる…!)


 わたしがぼーっとヒューゴを見ているのに気付いたエアリスが

「…ジェニー、大丈夫か…?」と声をかけてきた。


 あ、いけない、いけない。

 生ヒューゴに見とれてしまってた。


「はい。大丈夫です。アベルが倒れているのを見つけましたが、その時にはすでにこの姿で…。持っていたポーションを飲んでもらいました。少し目覚めたみたいですど……」


 この通りだとわたしが肩をすくめると、ヒューゴはとかがんでアベルを軽々横抱きにした。


「ジェニファー嬢には悪いが…先にアベルを父親…長官の所に連れて行かねば。失礼する。」

 エアリスに言ってアベル立ち上がり、そのまま連れていってしまった。


「あとの調査は騎士団がする。エアリス、ジェニファー嬢を頼むぞ」

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