第9話 絶対なめちゃいけない乙女ゲーム 4

眩しい。

眼が開けられない。


左胸の…心臓の辺りもとても重苦しかった。

息を深く吸えなくて、わたしは浅い呼吸を何度も繰り返した。


(…どうしてこんなに周りが明るいの?今って、真夜中じゃなかったっけ?)


アベルは?

リリスは?

どうなったの?


(…あ…)

光の中からツインテールの影がこっちにゆっくりと歩いてくるのが見えた。


彼女はコツコツと靴音を立ててわたしに近寄ると、私の側に立って見下ろした。


「リリス…」

(わたし…バルジエラル悪魔を呼び出すのに失敗したのかな)


『失敗したんだろうな…リリスがまだここにいるんだから』


「ね…わたしも負けちゃったの…?」

倒れたわたしは、リリスを見上げるようにして尋ねた


「ほんと…ばっかみたい」

リリスはわたしの横にしゃがみ込み、整った長い爪で左胸をツンと触った。


「あんたぐらいの命じゃバルジエラルあいつを呼び出した時点で、もうキャパオーバーだよ」

リリスの長い爪が触れた瞬間、左胸の重苦しさがスッと無くなって、わたしの息をするのが楽になった。


リリスは心底つまらなそうにわたしへ言った。

「あの坊やのせいでバルジエラルは吹っ飛んだよ」


(坊や?アベルの事?でも…あの状態でどうやって?)


わたしの表情を読んだ様にリリスは、私へ説明した。

最初ハナからあいつは本気で戦ってやってなかったし…」


そこでリリスはぐるりと目を回した。

「…やっと本気になったんじゃない?」


リリスはパンと膝を叩いて立ち上がると、わたしへと改まった様に尋ねた。

「さあ、ボク、もう行くね。あ、でも…あんたに一つ聞きたいんだけど、あの呪文…何で『退去』にしたのさ?『殺せ』でも『滅せよ』でも良かったでしょ?」


わたしはリリスをじっと見つめた。

(リリスに乙ゲーの話しをしても分かってもらえないよね…)

 

それに割とゲーム内のリリスの事も気に入ってたって事も、きっと彼女には通じない話だろう。


わたしは説明のしようがなくて曖昧に濁して笑った。

「…結界がとっても可愛くて、すごく気に入ったからかな」


夜空に広がり…光るピンクのレースのティーコーゼ。

あれは確かに幻想的でとても美しかった。


「あんな綺麗なものをつくれるひとだから…」

とわたしが続けると

じゃないけどね」

リリスはぴしゃりと言った。


「…あ、そうだった。へへ…」

わたしが気の抜けた笑いをするしかなかったけれど、リリスは呆れた様に『変な子だね…ほんと』と呟いた。


「あんたとの勝負ゲームは保留よ…いい?今度はあんたの土俵で勝負してやるから」

そう言ったリリスの表情は逆光ではっきり見えなかったけれど、これは取り敢えず危険を回避出来たって事でいいのかな。


わたしは嬉しいのと、安堵で思わずリリスへと云ってしまった。

「…うん、じゃ今度はうちにおいでよ。カードゲームで勝負しよう。可愛いお菓子やドレスもたくさん準備しておくから」


あっさりと断られるかと思いきや、リリスは大きく頷いた。


「…了解。ちゃんと覚えておいてよね」

リリスはそう言うと、ポンっと音の煙と共に消えてしまった。


(あれ?リリスって魔族じゃなかったっけ)

我が家でお茶会を開いたとして、きちんと尋ねてこれるんだろうか?


 ーーーーー


リリスが消えた途端、夜の風が戻ってきた。

虫の声、土や草の匂いがも感じられるいつもの夜だった。


大聖堂の上には細い猫の爪のような三日月がかかっている。


(…月が出ていたのね。気が付かなかったわ)


わたしは痛む身体を起こして辺りを見渡した。

でも、アベルの姿は……無かった。


「そんな…何処…?」

わたしは立ち上がってもう一度まわりをしっかりと捜した。


すると、大聖堂の建物入り口近くに見覚えのある魔法省の制服が見えた。


(魔法省の…、あそこまでアベルは飛ばされちゃったの?)


ドレスをたくし上げて歩こうとした時、内ポケットにアベルから貰ったエクストラポーションが入っていたのを思い出した。


(貰って置いて良かった…!これを飲んで貰おう)


アベルは身動き一つせず、うつ伏せで倒れているようだ。

うっすらと月明りに光るプラチナブロンドが浮かび上がっている。


「アベル…アベル!しっかりして…ん?…」

その横たわる身体を思い切り揺り起こしてわたしは、はたと気づいた。


なんだろう、この違和感は。

倒れている背中がすごく小さく感じのだ。


あれれ?

わたしは慌ててアベルを仰向けにしてみた。

小さな身体はコロンと簡単に向きを変えることが出来た。


(あれ…?)

そこに横たわっていたのは、18歳の『天才魔法士』と言われている、魔法省副長官アベル=バランタインではなかった。


それよりもっとずっとずっと幼い…戦いで傷ついているとはいえ、白皙の美少年の姿のアベルだったのだ。

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