第8話 絶対なめちゃいけない乙女ゲーム 3
わたしはピンクのレース編みになっている空を見上げたまま言った。
「…とっても繊細でキレイ」
美少女は少し驚いた様にわたしを見つめた。
「え?あんた、アレみえるの!?」
「…うん見える、すっごく可愛い」
「でしょ?でしょ!?綺麗でしょ?あんた、見る目あんね!」
何故かそう彼女は嬉しそうに言って、地面に横たわるアベルを指差して言った。
「少なくとも、あいつよりハナシはわかるよ」
(…いけない。アベルが放ったらかしになってしまった)
わたしは慌てて美少女へとお願いをした。
「あの、お願い、その子を返してくれないかな」
「ダーメ、返さない。でもさぁ…あんたの事は気にいったから、あんたはこのまま帰っていいよ」
「そんな…」
わたしが絶句して黙っていると、彼女は首をカクンとかしげてその真っ赤な唇にアルカイックスマイルを浮かべた。
「あれ~?ボクかなりあんたに優しくしてあげてるけどなあ?」
不穏な空気を滲ませてそう言うと、アベルの背中を思い切り踏みつけた。
アベルが小さく呻く声が聞こえる。
「ぅうっ!」
「大体こいつはボクとのゲームに負けたわけ。だからボクの好きにしていいでしょ?」
アベルは踏みつけられたその拍子に少し起き上がってこっちを向くと、わたしの顔を見て叫んだ。
「なぜ、ここに……!ぐっ!」
美少女がまたアベルの背中を容赦無く踏みつける。
「幾らデッカイ魔力を持っていても、た・か・ら・の持ち腐れっての。このまま負け犬は黙って死にな」
そのままブーツの踵で何度も何度もアベルの背中や頭を踏みつけた。
アベルの顔が苦痛で歪んでいるのが見える。
わたしは心臓が早鐘のように打つのを感じながら、目をぎゅっと閉じた。
(…言葉が上手く出てこなかったらどうしよう)
緊張と恐怖で、口の中がからからになっているのが分かった。
(ジェニファー…覚悟を決めるのよ。この世界に来て短かったけれど…)
「…いいわ、じゃあ…」
わたしは彼女の赤い目を真っ直ぐに見つめた。
「わたしともゲームしようよ。リリス」
ーーーーー
ゴスロリの美少女リリスは、アベルの背中を踏むのを止めた。
彼女は、わたしの顔を探る様にじっと見つめた。
「…ヘ~え、ボクの名前をなぜ知っているのかなあ~?…あんた何者?」
(そのセリフを聞くのは2回目だなあ)
『プレシャス・ラブ・オブ・シークレットガーデン』乙女ゲームの中で、リリスは魔王の側近中の側近だ。
魔力も桁違いに大きい。
乙ゲー中では、『魔王』に恋心を持って近づくローゼリットを目の敵にして、魔力を使って排除しようとする。
『魔王』攻略ルート時のラスボス的存在なのだ。
でも――本来であれば、出会えるのはここでは無い。
魔王ルート時、魔王に会いに行った時のみの発生するのだ。
通称『リリス』彼女は太古からの夢魔で、スチールそのままとっても綺麗だけど、いわゆる『男の娘』である。
可愛いらしいものが大好きな
わたしはドレスの胸元のボタンを外していった。
胸の谷間に挟んでおいた小刀を取り出す。
リリスはそれを見た途端、甲高い高笑いをして叫んだ。
「あはははははは!ねえ、バッカじゃないの!?そんな小っちゃな可愛いナイフじゃ、ボクに傷ひとつだってつけられな…」
と、――リリスはいきなり笑うのを止めた。
わたしの肌とシュミーズにわたしの血で描いた模様を見たからだった。
「あんた…それ」
リリスは真顔になって
「――
それからリリスはわたしが描いた模様が
「アンタ…それに払う代償をわかってんの?」
わたしへと確認する様に聞いた。
「うん。分かっているわ」
わたしはしっかりと頷いた。
その言葉に、何故かリリスは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
嫌ってほど分かってるのだ。
(だから出来れば使いたくなかったけど)
魔力も魔道具も持たないし使えないわたしが今、
(…お父様、ごめんね。今まで、さんざん心配かけて)
青ざめても恰好良くていつもダンディーなお父様の顔が浮かぶ。
それを言うなら前の世界でもそうだった。
わたしは生前、父や母それから…妹にいっぱいいっぱい心配や迷惑をかけた事を思い出した。
(…だけどアベルはこの国に本当に本当に…必要な人だから許してほしい)
わたしはたかがモブだもん。
いても居なくてもそんなに問題が無い筈だ。
わたしは小刀を開き、右の掌に刃をあてた。
手の平に血が滲んで、軽い痛みが走る。
そう、呪文は
わたしの悪魔の呼び出しに何か反撃してくると思いきや、リリスはただわたしを見ているだけだった。
すると、そこで倒れたままのアベルが言った。
「止めろ。ジェニー…」
わたしの話す『呪文の日本語』はアベルには分からない筈なのに、アベルは何が起こるのか予測しているみたいだった。
「頼むからやめてくれ…」
わたしはアベルを見つめながら思った。
(…ああ、ローゼリットの場合は
でも現実はそんなに都合よく乙女ゲームの様には進まないんだ。
わたしは更に手の平に刃を滑らせながら、痛みを我慢して呪文を唱えた。
「…我、大陸におわす暴食の悪魔バルジエラルに乞う。夢魔リエルスタリゴスゴメルをこの場より
わたしはそのまま、右手の掌で左胸の心臓をぐっと押しながら、目を閉じた。
「…対価はわが
わたしが押さえた胸の辺りから黒い渦の煙が生まれた。
あたりに硫黄のような匂いが強くなってきて、悪魔バルジエラルがわたしの召喚でやって来る。
黒く渦巻いた煙はわたしの全てを包もうとしている。
そして完全に包み込んで――飲み込もうとしていた。
その渦の隙間からわたしが最後見たアベルは、わたしに手を伸ばしたまま、何かを叫んでいた。
そして――。
そしていきなりわたしの世界が全て光に包まれた。
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