第6話 絶対なめちゃいけない乙女ゲーム 1
わたしが頂いたポーションを飲もうと虹色の小瓶を傾けた時、ふと思い当たった。
(アベルは何故ポーションや軟膏を準備してくれたんだろう…?)
もしかして…考えられるのは――と思い、わたしはアベルへこそっと言った。
「あの…何か勘違いされているかもしれませんが、わたくし魔法が全て効かないという訳ではありませんわ」
アベル自身の魔法レベルは学園時代より、マスタークラスの設定だったはず。わざわざポーションなど使わずとも、
魔力の少ない庶民や魔力を余分に使いたくない冒険者が使う軟膏やポーションを使うってことはわたしに魔法全てが効かないと思っているからかも…と考えたのだ。
(いやでも、高級品を準備してくれたのよ、たかが靴ずれに)
「…そうなの?」
アベルはやはり勘違いしていたらしい。
(やっぱりね)
わたしは頷いて答えた。
「はい、そうです」
でも、単純にアベルの心遣いが嬉しかったのでわたしは笑ってお礼を言った。
「…でも、ありがとうございます。嬉しかったです。色々考えてくださったと分かって」
「いや…」
アベルは顔を赤らめると、そのまま目をそらしてしまった。
(わー、頚まで真っ赤だ)
勘違いしたのが、そんなに恥ずかしかったのかしら。
ポーションを飲むよりも、回復魔法をかけて貰った方が手っ取り早い。
アベルにお願いして魔法をかけてもらうと、靴擦れと足のだるさはすぐに無くなった。
「すごいですわ、アベルさま。ありがとうございます。すっかり痛いのも取れて傷も良くなりました。さすがアベルさまですわ」
思いっきり
魔法省の副長官様直々に魔法で靴擦れを治してもらう事なんて、この先あると思えないし。
「では…この軟膏と使わなかったポーションは、お返ししますわ」
わたしが軟膏の容器と未開封の虹色の小瓶をアベルに返そうとすると、
「それはきみにあげるから持っていて」
と言ってから、アベルは恥ずかしそうに続けて言った。
「僕も
(…ん?なんだって?)
アベルがなにを言っているのか、よくわからない。
わたしは思わずエアリスを見た。
「アベル様が仰っている事がわたくし…?」
「さっき、俺に噛みついて『エアリス!』って言ってただろ」
(あれ?呼び捨て?そんな失礼な事した?覚えていないわ)
ーーーーー
馬車は帝都の公道をスピードを上げながら駆け抜けていく。
(うん?なんだろう)
最初に気づいたのは音だ。
徐々にだけど大きくなってくる超音波の様な不協和音。
頭に直接ぶつかって耳にキンキンと金属音の様な音だ。
わたしは、知らず知らずのうちにかがんで耳を押さえていたらしい。
エアリスがわたしの肩を支えて心配してくれる。
「どうした?馬車酔いか、大丈夫か?」
「エアリス…お前にもあれ、見えるか?」
アベルが目を細めて馬車の窓の外を見て呟く。
ひと帝都の中でもひと際高い建物…あれは大聖堂かしら?
2週間後の建国祭が盛大に行われる場所だ。
何故かその上で細い光がひゅんひゅんと舞っていて、あの不協和音はその光がぶつかって奏でる音だった。
不協和音は、レース編みの様な繊細で美しい模様の魔法陣をどんどん編み上げて繋げている。
「…何がだ?アベル、何が見えるって?」
どうやらエアリスには不協和音は聞こえず、あの魔方陣も見えていない様だ。
次の瞬間、わたしはハッと気づいた。
アベルの瞳がオレンジ色の焔のように光っているのだ。
「…侵入者を発見した。確保する」
その無機質な声音に、私は思わず彼を見つめてしまった。
アベルは御者に『馬車を一度止めてくれ』と命令して、エアリスとわたしに告げた。
「エアリス、お前達はこのまま大公のところに向かってくれ。僕は後で合流する」
少しだけ私と目が合ったと思った次の瞬間、アベルは止まった馬車の扉を素早く開けて、大聖堂の方に走っていった。
アベルの姿はすぐに夜に紛れて見えなくなってしまった。
わたしはエアリスと二人で馬車に取り残されてしまった。
何故か言いようのない不安だけがどんどん大きくなっていく。
わたしの表情を見たエアリスは、落ち着かせる様に言った。
「落ち着け…アベルは大丈夫だ。今まであいつが魔法の勝負で負けたことはないんだから」
(そうなの…?そうか、アベルは天才魔法士。そういう設定だったもんね。でも…)
エアリスは殆ど聞こえない位低い声で、呟いた。
「…そうだ。わざわざその為に公爵が連れてきたんだから」
「え…?}
(え…わざわざ連れて来た?どういう意味?)
エアリスの言葉の意味が分からず、わたしはエアリスを見た。
その瞬間――大聖堂の上で、数個のオレンジ色の強く光る光と細い糸の様な光がつくる美しい魔法陣とが激しくぶつかった。
そして耳を覆う程の不協和音と激しい炎が空一杯にドーム状に広がった。
そしてその炎が落ち着いたかと思うと、また小さなレース編みの様な魔法陣が無数に宙に浮かんだ。
わたしはその魔方陣を見て、はたと思い出した。
そして思わず言葉に出していた。
「…エアリス、ダメだわ…アベルはあの相手に勝てないかもしれない。助けに行かなきゃ」
わたしは震える手でエアリスの上着を引っ張った。
「このままだと…アベルが死んじゃうかもしれない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます