第5話 絶対関わりたくない乙女ゲーム 5
お父様の言葉に慌ててガウンの状態のまま部屋を出た。
階段からフロアを見下ろすと、玄関のエントランスにある両開きの扉がしっかりと開いていて、そこに先程のタキシードはもう脱いでラフな服装をしているエアリスと、魔法(管理)省のかっちりした制服を身に付けたアベルがいた。
ガウンのままのわたしにエアリスは
「よっ」
と片手を振って挨拶してきた。
アベルはわたしの方を一瞬みたが、視線はそのまま素通りしてわたしの横にいるお父様で止まった。
「エフォート伯爵、ジェニファー嬢を皇宮につれていくが、いいか?」
と尋ねた。
こうぐう…てなんだっけ……皇宮!?
待って待って、行って何するの?
だって皇帝フランシス=デルヴォ―陛下のいらっしゃる所よ。
殿上人がいらっしゃる所に
真っ青になったわたしとおなじ位青ざめたお父様が
「…ジェニ―、出掛ける支度をしなさい」
と静かに言った。
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わたしはかなり機嫌が悪かった。
真夜中の路は大分閑散していて、街の中でも移動はスムーズだし、公爵家の馬車の中は広々としてかなりゴージャスだ。
でもお尻はやっぱり痛かった。
馬車をつくっている工房にクレームを出したいわ。
見た目だけじゃなく、乗り心地も重視せよと。
だってこのままじゃ、皇宮に到着する頃にはお尻が8等いや、16等分ぐらいにだって割れる可能性があるかもしれないわ。
「え?、尻がなんで16だって?」
エアリスがわたしがぶつぶつ言っている内容を拾って聞いてきた。
わたしはエアリスに向かってきっと睨むと、八つ当たり的に
「エアリス、一体どういうおつもりなんですの!?」
と思わず強く言ってしまった。
エアリスは両手を挙げるとちょっと困ったように
「怒るなよ。一応俺は明日にしようぜって提案したんだぜ?」
(お前が元凶か!)
わたしは思いっきりアベルを睨んだ。
アベルは一番最初の愛想の良さはどこへやら、
「一分一秒も惜しいって言ったはずだ」
けんもほろろ、とはこの事である。
「わたくしの意思は完全無視って事なんですわね!」
腹が立ったわたしは行儀悪く足を組み、おまけに頬杖もついて、窓の外を見るフリをした。
アベルはわたしの様子を見て、そっとため息をつくと、エアリスに言った。
「皇宮に行く前に、大公のところに寄る」
「ヒューゴを連れてくるのか?」
「そうだね」
そう答えたアベルにエアリスは言った。
「ヒューゴはベアトリスを慰めるので今そんな余裕なんかねえよ」
(ヒューゴって…ヒューゴ=パネライのこと?)
ベアトリスは…たしか皇太子の許嫁で、悪役令嬢の立ち位置になる女性だ。
「わかってる」
アベルはチラッとわたしを見ると
「…でも、
アベルとエアリスの話しは聞かない様にしていても自然に耳に入ってきてしまう。
(退魔って――やっぱり魔物が入ってきちゃったのかしら)
でも『プレシャス・ラブ・オブ・シークレット・ガーデン』の中でそんな『魔物云々』のシナリオなんて無かったはずなのに。
(わたしの知らないルートがあった可能性もあるけど)
まあ、実際ゲームを攻略したのがわたしでない以上、これ以上はわからないからお手上げだ。
そんなことを考えていると、向かいに座っていたアベルが立ち上がり、わたしの隣りに座った。
そしていきなり
「足をみせて」
と言ってきた。
「あ、足…?」
わたしが意味が分からずにいると、アベルは懐から高そうな容器に入った軟膏と虹色の小さな小瓶を取り出した。
そして虹色の小瓶を開けてわたしに飲むよう勧めた。
「靴擦れは辛くない?飲んで」
「わお...奮発してんな。それ、エクストラポーションじゃねえか」
エアリスが驚いた様に言った。
「…あと足に軟膏を塗るから片足ずつ出して」
「あの…(恥ずかしいんですけれど)」
結局アベルに『はやく』と急かされ、仕方なくドレスで足全体が出ないよう覆いながら、まだ少し痛む踵と爪先を出した。
アベルは軟膏を優美な指先で丁寧に塗ってくれた。
「学園での君の事を調べた。悪く思わないで欲しい。…いくつか気になる授業内容の記録があった」
そして、ちらとわたしを見ながら言った。
「例えば『混乱の魔法の授業ではクラスの中でただ一人魔法にかからなかった』とか...。『森で薬草と取る際に毒霧を吐くカエルと遭遇したが、何の防御もしていないのに攻撃が効いていないようだった』とか。…ね、どういうことなのかな?魔力が無くてそんなことが可能なの?」
「えっと…」
正直言って説明するのが難しい。
それが、わたしのチート能力だからだ。
『状態異常の絶対回避』とでもいうべきなのかしら。
(でもそれをどうやって説明したらいいの?)
ケーキに喉を詰まらせて死んだジェニーが、生き返ったらそんな体質になっていました(チャンチャン)なんてね。
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