第4話 絶対関わりたくない乙女ゲーム 4

「あ…あの…アベルさま?」

恐る恐るわたしはアベルに声をかけた。

 

アベルは青白く無表情で、こちらを見る事も返答も無い。


(あちゃー…対応間違えたかな。めっちゃ怒ってる?…やっぱり謝るべきかしら?)

これだから乙女ゲームは苦手なのだ。


間違えた言葉や態度一つで簡単に嫌われたり、なぜかしつこく根に持たれたり…選択肢を間違えるとこちらが大ダメージを負う可能性がある。


「大丈夫だ、気にしなくていい」

頭の上から声がして見上げると、わたしの頭を安心させるようにポンポンとして

「あいつは色々な初めての事に対応できてないだけだからさ」

とエアリスがにっと笑った。


(わあ…もしかしてエアリス…フォローしてくれているの?)


わたしはエアリスをじっと見上げた。

「…その、色々手荒くて、悪かったよ」


栗色のくせ毛を搔きながら恥ずかしそうに言った彼の耳朶が少し赤くなっている。

 

(あら…これはちょっと可愛いかも)

「あと…、一応あいつアベルの為にも言い訳させてくれるか?」


 ーーーーー


ここデルヴォー帝国は、北が暗黒の森に接する位置にある国である。


その他の国境近くの国々は、比較的友好に交易できているが、暗黒の森より更に北の土地は魔物が跋扈する魔獣地帯で、デルヴォ―は常に北からの魔物の襲撃に備える必要があった。


実はそれが完全に落ち着いたのは、そんなに昔の事では無かった。

たった60年程前の事なのだ。


デルヴォー帝国に完全な平和が訪れたのは、現皇帝フランシス=デルヴォー陛下のお父上(つまりルートヴィッヒ皇太子のお祖父様)が殆どの魔物を討伐したからなのである。


その時にこれ以上魔物が入ってこれない様にと、帝国の魔法士たちと国境沿いの森の周囲に強力な結界を張ったのだそう。


(へぇ…知らなかったな。しかも乙女ゲームにそこまで細かな設定が

 あったなんて…)

意外に舐めちゃいけなかったのね、乙女ゲーム。


「そして先日、まぁ…」 

 

エアリスがアベルの方をちらと見た。

アベルはやっと気づいた様に、エアリスの言葉に『駄目だ』と頚を真横に振っている。


エアリスはアベルの様子を見ると、フッと(何故か馬鹿にする様に鼻で)笑って無視するように言葉を続けた。


「結界の一部が破られていたのを魔法省のアベルの調査団が発見したんだ」

と小声でわたしの耳元に告げた。

その瞬間、アベルの舌打ちが小さく聴こえた気がする。


(えっ!?でも…でも、それって、やばくない!?)


「そう…国家的な非常事態だよな」

エアリスは自分の言葉に深く頷いた。


(だって、いままで結界をモノが、国の内に入ってきたって事でしょう!?)


そこまで聞いたわたしははっと気付いた。

どうして、エアリスはわたしにこんな話しをするんだろう?


(なんかさ…イヤな予感がするよ~!?)


わたしはじりじりと壁伝いに移動しながらも

「あのー…大変ですわね。お二方の邪魔になってはいけませんので、わたくし、これで失礼させていただきますわ。おほほ…では、では…」

と背を向けて、わたしがその場から去ろうとした時。


「…結界は破ったあとを巧妙に隠してあった」

そこでいきなりアベルの声だ。


(あー!止めて止めてよ、聞きたくない。わたし、厄介事には巻き込まれたくないんだってば…!)


「皇帝陛下に報告するまであと正味二週間程しか時間がない。これを建国祭までに解決せよとの達しが陛下からあったらしい。

何としてでも究明しなければならないんだ。

だから…使猫の手でも借りたいのが現状なんだ」


なんか――使えない猫って…失礼ね。

(アベル…もう少し言い方を考えられないのかしら)


でもこの場合は使えない猫で結構よ。

このゲーム自体に関わり合いになりたくないんだから。


わたしは息を大きく吸うと、アベルの方を向いて一気に喋った。

「そうですわね。ほほ、使えない猫が粗相をして皆様の足を引っ張ってはいけませんわね。わたくし陰ながら応援させていただくとして。

ああ、いけない、それからこの件に関しては、わたくし必ず他言無用にする事をお約束いたしますわ!…それではごきげんよう」


顔の筋肉が引きつりつつも、精一杯優雅に笑い、靴ずれで痛む足を何とか必死に引きずって、会場を後にしたのだった。


 ーーーーー


「ハハッ…あーあ、逃げられたな。どうする?アベル」

 

どこか楽し気にジェニファー=エフォート伯爵令嬢を見送るエアリスに対し、彼女の背中をじっと見つめた魔法省副長官アベルは、無表情に言った。

 

「必ず捕まえるさ…『ゼロ』も気になるしな」



 ーーーーー


「ああー!疲れた!足痛いし、アタマ疲れたし!もうダメ!」


早々に会場を後にしたわたしは屋敷自宅に馬車で戻った。


パッとドレスを脱ぎ、化粧を落として入浴も済ませ、すっかり眠る支度を済ませたわたしは侍女らが皆さがってから快適な寝室のベッドの上で文句を言いながらゴロゴロしていた。


せっかくの学園の卒業パーティーの最後に盛大なケチがついたことで多少不安になっていた。


すると部屋をノックする音が聞こえて、遠慮がちなメイドとお父様の声が聞こえた。


「ジェ、ジェニー、ジェニファーまだ起きているんだろう?ここを開けてくれないか」


(…なんだろう?珍しい)

こんな時間にお父様が部屋に来るなんて。


わたしは寝間着の上にガウンを引っ掛けてから部屋のドアをそっと開けた。


「…何かありましたか?お父様」

「…ジェニファーお前は学園で何をしたのだ?」

いつも素敵ダンディにセットしている髪の毛がやや乱れている。


(え?何をした…どういう意味)?

わたくしむしろ、何もせずにモブに相応しい学園生活を全うしていましたが。


お父様は今にも倒れてしまいそうな程、真っ青になって小声で言った。

「…今ちょうど…が来られた」

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