第3話 絶対関わりたくない乙女ゲーム 3
エアリスは警戒を解いたように壁ドンしていた腕を外した。
そもそもわたしに警戒される要素なんか無いはずだ。
(なんといってもわたしはただのモブに過ぎないんだから)
わたしは、はあ…そっと安堵のため息を吐いた。
その様子を横目でみていたアベルは静かにわたしに質問してきた。
「薬学科なのは分かったけど、君の魔力値を是非教えてほしいな」
魔力値は特に個人差があるが、市井の人も含めて一般的な魔力が無いとされる人達の魔力値は、3~9レベルまでとされる。
1や2レベルの人はほぼ存在しない…とされるらしい。
理由はあった筈だけど、何だったかちょっと思い出せないのだけど。
「…魔力値ですか?」
「うん、そう…僕にちっちゃい声でいいから、教えてくれないかな?」
あくまでニッコリと微笑み優しく…猫撫で声のアベルだが。
わたしにとっては嫌な予感しかしない。
昔の妹情報によれば、彼は性格にけっこう難ありの男だったはず…。
しかもこの細目になる薄笑いは、アベルが何か良からぬことを考えている時のくせらしい。(これも妹情報である)
「ええと…」
ここで嘘をつくべきか、否か。
『ここで嘘をついてもすぐにアベルにバレるな』
と思ったわたしは嘘無く伝える事にした。
「
「え!?マジ!?」
エアリスはぎょっとした声を出したけど、質問した当のアベルは薄笑いを浮かべたままだった。
「…本当にゼロなの?」
もう一度アベルには念押しをされてしまう。
「はい。入学後、測定したらゼロだといわれました」
測定器に故障があるのではないか、と何度も確かめてみたらしいが、機械の故障では無く、本当にわたしの魔力値は『0』らしい。
けれど、この情報に何か問題があるのだろうか。
「ねえ、きみさ…魔法学科の基礎学は、学園で学んでいるはずだよね?」
アベルがまた質問してきたが、まるでわたしが常識知らずみたいな言い方をしてくる。
『分かってる筈だよね?』と念を押すときの口調だ。
「…はあ…?」
何が言いたいんだ。
この嫌味な美形は。
わたしの返事がよほど間の抜けたものだったらしいく、エアリスが親切にフォローしてくれる。
「一年生の時にやっただろう?魔法と人間の繋がりの章で。それ、共通学科だと思うぜ」
(おお、やさしいわ)
とエアリスに感謝しつつも、でも12歳かぁ…その時はまだわたしがジェニ―の中にいなかったからなぁ…分からないのよね。
おぼろげに残るジェニ―の記憶を辿れば、『ああ…もしかして、これかな?』的なものは浮かんできた。
ここの世界のこの国の人間は、母親の胎内にいる時から、血液を通して魔力のやりとりをして魔力の流れに慣れるらしいのだ。
これは身分に関係なく、皆一様にそうなるらしい。
『だからどんなひとにも、市井の人々にもどんな
というのが通説なのだ。
「…あ。あ―…そう、でしたね」
アベルはそっぽを向き名が返事をするわたしの方を覗き込んだ。
「
そう言うなりアベルは片腕はわたしの横の壁に、もう片方の手はわたしの顎をくいっと持ち上げた。
アベルのサラサラのプラチナブロンドの間から、綺麗なパパラチアサファイアのような瞳が覗いて、わたしの緑色の目と真正面から合った。
すると、彼はいきなり花が咲くように笑った。
「…君、やっぱりとても可愛い。
(…え?え?ええ?コ、コロンボって何?)
しかも…なぜにっこり笑うの?ちょっと不気味なんだけれど。
「…髪の色がぼくの目と同じ色だね。とても…とても綺麗だ」
いやいや、あなたの目は宝石で、わたしの髪色ってどうみても野菜のキャーロなんですけど。
(キャーロって前の世界でいう人参に似た野菜である)
わたしは心のなかで冷静にツッコミを入れた。
なんだ、なんだ。
いきなり怒涛のごとく、お世辞がイヤミ君の口から出てきたんだけれど?
するとアベルはわたしの下ろした後ろ髪を、すいっと手ですくい取り
「不思議だ。懐かしい花の香りがする…」
とわたしの髪にそっとキスを落とした。
わたしは思わず驚きの余り、身動き出来なくなってしまった。
(…ど、どうしちゃったの?この子、どういう事?)
わたしの中身がいくらアラサーでも、いきなりの距離の詰め方に驚くんだけど。
「おい、アベル、…いきなりどうした?流石に
注意するようなエアリスの声がする。
「――ここでやるのは止めた方がいい」
ここでわたしは、やっと気が付いた。
アベルがわたしに何をしようとしているのか。
これは、
強い魅了の魔法ほど、相手を意のままにできる、洗脳と同じなのだ。
その方法は、まず相手の『目』を奪い『耳』を奪い『身体の一部』に触れる。
この過程で魅了の魔法の準備は完了するのだ。
これで魅了の魔法が成功すれば、次はもっと手間なく好意と魅了を植え付けられる。
最終的に相手に触れずして魔法をかけることができるようになる。
(強めの催眠術に似ているかもしれない。初対面の相手にかけるのは、最初が一番面倒なのだ)
『魔族』ならこんな手間をかけずに、いきなりの力業で強引にかけてくる為、魔法が解けても精神的に後遺症が残ることが多い。
「あの…止めて頂けますか?」
わたしは思わず、アベルの手をぱんっと振り払ってしまった。
「理由はわかりませんけれど、魔法省の
わたしの一連の行動に『信じられない』といった表情をするアベルに対し、ぴしゃりと言った。
「少なくとも…貴族の子女に対する振る舞じゃありませんわ」
『あんたのやってることはめっちゃ無礼よ!』
とアベルに言わんばかりに、わたしは両腕を組み、鼻息も荒くはっきりと言ってやった。
「ぶはっ!」
思い切り吹き出す声がきこえて、わたしは自分の横を見た。
「いや…我慢できなくて、悪い…」
わたしの隣にいたエアリスは片手を口元に持っていき、更に笑うのを我慢しているようだった。
「だって…だって俺今までアベルの魔法が効かないヤツ見たことがねえよ。その上にあんなに怒られるなんて…」
エアリスは、ヒーヒー言いながら笑い続けている。
(この人…笑い上戸なの?)
別にそんな言われる程強い言葉にはしていないし、エアリスの笑いが止まらなくなるような事をした覚えは無いけれど。
(むしろわたしとしては、
すると、わたしの前からアベルが身体をスッと引いた。
ふとアベルの方を見ると、ショックを受けたのか彼の表情が抜け落ちて、美しく青白い能面の様になっていた。
「…何故僕は…」
と小さく呟いている。
(え?一体何なの?怖すぎる…このカオス・トライアングル)
目の前に青ざめたアベル、その横に笑いこけるエアリス、そしてあっけにとられるわたしの三つどもえだった。
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